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12、野望の始まり
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ラムセスとホルエムヘブは配下の者に沙良を送らせ、エジプト軍拠点将軍執務室にやってきた。ホルエムヘブが人払いを命じ、二人は座り込んだ。
「確実に仕留める」
ラムセスの第一声に、ホルエムヘブが無言で力強く頷く。お互い、なにを考えているのか理解しているようだ。
「だが、約束してくれ、ホルエムヘブ」
「約束?」
「成功したら、間違いなくアイがファラオになるだろう。アンケセナーメンの暴挙を突かれれば、王太后は嫌とは言えまい。とはいえアイは高齢だ。長くは続かん。その次はあんただ。あんたがファラオになるんだ」
ホルエムヘブは目を見開き、絶句したようにラムセスを見つめた。
「俺とてファラオの座を目指していた。正直に言う。だが、気が変わった。俺のしたいことは、このエジプトを変えることだ。あんたと組んで、今の制度を根本から変えたいんだ。俺はこんな性格だから、きっと頂点がすべき仕事は向かんだろう。あんたの下で、あんたと一緒にエジプトを変えたい」
「…………」
「確実に仕留める。だから、約束してくれ。ファラオになって、エジプトを変えると」
「ラムセス……それでいいのか?」
ラムセスは射殺すほどに鋭い視線をホルエムヘブに向けた。
「俺はあんたを信じている。いや、あんただけを信じている」
ラムセスの言葉を受け、ホルエムヘブは小さく、だが力強く頷いた。
「わかった。約束する。私たち二人でエジプトを変えよう。生まれ変わったエジプトを、親父殿の墓標に捧げよう」
二人は固く手を握り合った。
互いの目を見、その研ぎ澄まされた視線の力を無言で確認する。同じ男に育てられた親友同士だ。誰よりも互いを理解している。
やがてホルエムヘブが表情を弛めてラムセスに言った。
「一つ聞くが、気が変わったのは、いつだ」
「いつとは?」
「つい最近じゃないのか?」
ラムセスの複雑な表情を、ホルエムヘブはジッと見つめている。
「サーラが現れてからじゃないのか?」
「…………」
「サーラは不思議な女だ。勘もいい。度胸もある」
ラムセスの顔に苦笑が浮かんだ。
「度胸があるんじゃなくて、思ったことを口にしているだけだ」
「同じだ。お前の嫁に相応しいことに違いはない」
「よせよ。あいつはいずれ自分の世界に帰る。そのために母上が骨を折っているんだ。俺もそれでいいと思っている」
「…………」
「生きる世界の違う女だ」
「そうかな」
「そうだとも! ホルエムヘブ、お前はサーラがどこから来たと思っている? 東の果ての国から来たと本気で思っているのか? そんなもの、口から出まかせだ。あいつは――」
ホルエムヘブの厳しい目を見てラムセスはハッと口を噤んだ。ホルエムヘブの目はそれ以上言うなと語っていた。ラムセスは瞬時に察した。
「いずれにしても、無理なんだ。そんな目で見るなよ」
ホルエムヘブは真剣なまなざしをし、厳しい口調で返した。
「ラムセス、お前の個人的な事情についてとやかく言う気はない。だがな、女は男の人生を変える。出世させるも、貶めるも、だ。己を向上させる女は、どんな犠牲を払ってでも手に入れろ。お前は今、気が変わったと言った。もしその変化にサーラが絡んでいるなら、絶対に手放すな。お前の吉星だ。私はそう思う」
無言で目を見開くラムセスに、ホルエムヘブはラムセスの手首を掴み、彼の胸に押し当てた。
「アメンか、オシリスか、イシスか、ハトホルかはわからんが、神が与えてくれた星だ。よく考えろ。吉星ならば、本人が嫌だと言っても手放すな。お前は運を失うことになる。男を悦ばすだけの女と、向上に導く女は違う。向上に導く女は少ない」
「じゃー聞くが、キリアはあんたにとって向上に導く女なのか?」
ホルエムヘブはフッと笑った。その顔は一見困ったように映るが、目は優しい光を浮かべている。
「私にとってキリアは愛しむべき存在だ。けっして私を向上させる女ではない。しかし、安らぎを与えてくれる。私はそれで満足している」
「ホルエムヘブ」
ホルエムヘブが小さく頷く。
「キリアは私にとって最良だからな。お前にとってのサーラとは……まったく意味の違う存在だ」
そう言って立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
「私は王家の女を娶らねばならん。誰になるかはわからん。アンケセナーメンか、ネフェルトか、あるいは王太后の妹になるやもしれん。いずれにしても私にとっての出世の星は王家の女だ。しかし……誰を娶ろうが、愛はない。だがお前は違う。単に己を向上させ、出世させるだけの女を娶るんじゃないんだ。そこに心があるなら……これほど素晴らしいことはない。文字通り神々に愛でられている。そんな女を手放せば、お前は地獄の果てに墜ちるだろう。よく考えろ、ラムセス」
「…………」
「第一、本当に手放していいのか? あいつがお前の知らない世界に帰って、他の男のものになって、お前はそれで本当にいいのか? いいなら、私はこれ以上なにも言わんさ」
ホルエムヘブは親友であり、弟分であるラムセスに微笑みかけたのだった。
「確実に仕留める」
ラムセスの第一声に、ホルエムヘブが無言で力強く頷く。お互い、なにを考えているのか理解しているようだ。
「だが、約束してくれ、ホルエムヘブ」
「約束?」
「成功したら、間違いなくアイがファラオになるだろう。アンケセナーメンの暴挙を突かれれば、王太后は嫌とは言えまい。とはいえアイは高齢だ。長くは続かん。その次はあんただ。あんたがファラオになるんだ」
ホルエムヘブは目を見開き、絶句したようにラムセスを見つめた。
「俺とてファラオの座を目指していた。正直に言う。だが、気が変わった。俺のしたいことは、このエジプトを変えることだ。あんたと組んで、今の制度を根本から変えたいんだ。俺はこんな性格だから、きっと頂点がすべき仕事は向かんだろう。あんたの下で、あんたと一緒にエジプトを変えたい」
「…………」
「確実に仕留める。だから、約束してくれ。ファラオになって、エジプトを変えると」
「ラムセス……それでいいのか?」
ラムセスは射殺すほどに鋭い視線をホルエムヘブに向けた。
「俺はあんたを信じている。いや、あんただけを信じている」
ラムセスの言葉を受け、ホルエムヘブは小さく、だが力強く頷いた。
「わかった。約束する。私たち二人でエジプトを変えよう。生まれ変わったエジプトを、親父殿の墓標に捧げよう」
二人は固く手を握り合った。
互いの目を見、その研ぎ澄まされた視線の力を無言で確認する。同じ男に育てられた親友同士だ。誰よりも互いを理解している。
やがてホルエムヘブが表情を弛めてラムセスに言った。
「一つ聞くが、気が変わったのは、いつだ」
「いつとは?」
「つい最近じゃないのか?」
ラムセスの複雑な表情を、ホルエムヘブはジッと見つめている。
「サーラが現れてからじゃないのか?」
「…………」
「サーラは不思議な女だ。勘もいい。度胸もある」
ラムセスの顔に苦笑が浮かんだ。
「度胸があるんじゃなくて、思ったことを口にしているだけだ」
「同じだ。お前の嫁に相応しいことに違いはない」
「よせよ。あいつはいずれ自分の世界に帰る。そのために母上が骨を折っているんだ。俺もそれでいいと思っている」
「…………」
「生きる世界の違う女だ」
「そうかな」
「そうだとも! ホルエムヘブ、お前はサーラがどこから来たと思っている? 東の果ての国から来たと本気で思っているのか? そんなもの、口から出まかせだ。あいつは――」
ホルエムヘブの厳しい目を見てラムセスはハッと口を噤んだ。ホルエムヘブの目はそれ以上言うなと語っていた。ラムセスは瞬時に察した。
「いずれにしても、無理なんだ。そんな目で見るなよ」
ホルエムヘブは真剣なまなざしをし、厳しい口調で返した。
「ラムセス、お前の個人的な事情についてとやかく言う気はない。だがな、女は男の人生を変える。出世させるも、貶めるも、だ。己を向上させる女は、どんな犠牲を払ってでも手に入れろ。お前は今、気が変わったと言った。もしその変化にサーラが絡んでいるなら、絶対に手放すな。お前の吉星だ。私はそう思う」
無言で目を見開くラムセスに、ホルエムヘブはラムセスの手首を掴み、彼の胸に押し当てた。
「アメンか、オシリスか、イシスか、ハトホルかはわからんが、神が与えてくれた星だ。よく考えろ。吉星ならば、本人が嫌だと言っても手放すな。お前は運を失うことになる。男を悦ばすだけの女と、向上に導く女は違う。向上に導く女は少ない」
「じゃー聞くが、キリアはあんたにとって向上に導く女なのか?」
ホルエムヘブはフッと笑った。その顔は一見困ったように映るが、目は優しい光を浮かべている。
「私にとってキリアは愛しむべき存在だ。けっして私を向上させる女ではない。しかし、安らぎを与えてくれる。私はそれで満足している」
「ホルエムヘブ」
ホルエムヘブが小さく頷く。
「キリアは私にとって最良だからな。お前にとってのサーラとは……まったく意味の違う存在だ」
そう言って立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
「私は王家の女を娶らねばならん。誰になるかはわからん。アンケセナーメンか、ネフェルトか、あるいは王太后の妹になるやもしれん。いずれにしても私にとっての出世の星は王家の女だ。しかし……誰を娶ろうが、愛はない。だがお前は違う。単に己を向上させ、出世させるだけの女を娶るんじゃないんだ。そこに心があるなら……これほど素晴らしいことはない。文字通り神々に愛でられている。そんな女を手放せば、お前は地獄の果てに墜ちるだろう。よく考えろ、ラムセス」
「…………」
「第一、本当に手放していいのか? あいつがお前の知らない世界に帰って、他の男のものになって、お前はそれで本当にいいのか? いいなら、私はこれ以上なにも言わんさ」
ホルエムヘブは親友であり、弟分であるラムセスに微笑みかけたのだった。
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