熱い風の果てへ

朝陽ゆりね

文字の大きさ
上 下
8 / 42
4 運命が引き合わせた出会い

しおりを挟む
(え? えぇ!? 処刑って!)

 驚く沙良とは異なり、三人は出入り口に向かって騒いでいる。間もなく、長身の男が入ってきた。

 精悍な顔つきをし、筋骨隆々の立派な体格をしている。首や手首には細かな細工のアクセサリー、上半身は裸で腰に布を巻いている。ベルトの細工には翼を広げたスカラベが彫り込まれ、短剣を差している。明らかに三人とは立場が違っていた。

「確かに女人禁制の聖なる『アメンの間』にいるのだから、それだけで重罪だ。さらに蜜酒を飲んだとなると極刑は免れんな」

 沙良は愕然とした。

(わ、私、言葉がわかる? なんで?)

「見慣れない変な格好をしているな。どこから来た?」

(なんでだろう? 急にわかるようになった……あの三人が部屋を出てから戻ってくるまでの間でしたことって……)

「おい」

(あ! この甘いジュースみたいなワインみたいな飲み物!)

「おい! 聞いてるのか?」

 突然額をこっ突かれ、ハッと面前の男に顔を向けた。

「え? あ、はい。なんでしょう?」

 男は呆れたように沙良を見下ろしている。

「聞いてないのかよ。死刑かもしれないってのに、たいした度胸だな。お前、どこから来たんだ?」
「……に、日本だけど」

 男が変な顔をする。

「ニホン? なんだ? それ」
「日本を知らないの?」
「聞いたことがないな。見たところ東の人種に近い感じがする。ヒッタイト辺りの町の名か?」
「ヒッタイト!? それって紀元前のアナトリア――」

 沙良はハッと息を呑んだ。男の姿を改めて見て、現代のアラブの男の姿ではないことに気がついた。

(この人、ほとんど裸だし、それにさっきアメンの蜜酒って言った。エジプトってイスラム教圏だから、崇めているのはアラーのはず。じゃあ、ここは……)

「ラムセス隊長! なにをのんびりやっているのだ! 早く捕まえよ!」
「えー! ラムセス!?」

 男に怒鳴った者へ向けて、沙良は思わず叫んでいた。四人の視線が一斉に沙良に集まる。

「あなた、ラムセスっていうの?」
「そうだが」

(アメン神を崇めている時代って、古代エジプト。その時代のラムセスっていったら、有名なファラオのラムセスしか思い浮かばない!)

「だからなんだ。お前はアメン神の祭壇室に入り、蜜酒を飲んだ。アメン神官たちの言う通り、極刑は免れん。申し開きの場もない」

 男の言葉を無視して、沙良は叫んだ。

「今の王様は誰? あなたじゃないよね? 今、隊長って呼ばれてたし」

 そこまで言って沙良は息を詰めた。

(待って、ラムセスって名前のファラオはみんな世襲だったはず。隊長ってことは軍人ってことよね? じゃー、単に偶然同じ名前ってこと? それとも、よくある名前とか?)

「今のファラオはツタンカーメン王だ」

 その言葉に目を剥いた。

「え――――――!」
「こんな子どもを処するのは目覚めが悪いが、まぁ仕方――」
「あなた、ラムセス一世!」

 言いかけた男――ラムセスは刹那に言葉を切り、沙良を凝視した。三人の神官も同じように硬直している。

「あ、あの」

 一瞬、ラムセスは燃えるような激しく鋭い目で沙良を睨み据えたが、ふと大爆笑し、沙良の腕を取って腰に手を回して担ぎ上げた。

「なにすんのよっ!」

「神官、この頭がイカれている女は俺が責任を持って対処する。あんたたちは見なかったことにしろ」

「なにを言っているんだ。この女は聖なるアメン神を冒涜したのだぞ!」

「もちろん期待に応えて処刑にするのは簡単だ。しかしな、考えてみろよ。女人禁制のアメン神の祭壇室に入り込まれ、そればかりか蜜酒まで奪われたと知れれば、あんたたちだって咎められるんじゃないのか?」

 三人がギョッとなって息を呑んだ。確かにそうだ。犯罪をおめおめ許したのだから。

「今のファラオはガキのくせに度胸があって潔癖な男だ。バレたらきっと罰せられる。この女のことは俺たち四人しか知らないんだから、誰にも言わなければバレやしないさ」

 三人は互いの顔を見合った。

「あんたたちが忘れられるように、俺から一月分の酒を贈ろうじゃないか、な」
「酒?」
「飲んで忘れちまえよ」
「隊長はどうなのだ? こんな小娘を背負い込んでなんの利がある?」

 ラムセスはニンマリと得意げに笑った。

「売れば金になるし、ガキでも女だ。数年待てばいいだけの話で、いくらでも使い様がある。お互い利益ってことでいいんじゃないか?」

 三人は互いを見合い、それからまんざらでもないような顔をして頷いた。

「よし、商談成立だな。じゃー、この女はもらっていく。おっと、女なんか見なかったよな」

 あははははっと軽快に笑い声を上げると、沙良を肩に担ぎながら歩き始めた。

「ちょっと、放してよ!」
「静かにしろ。連中の口は封じたが、事がファラオに知れれば、お前は間違いなく極刑だ。その首、落とされたいか?」

 ラムセスの目が鋭く光る。それを目の当たりにし、沙良は口を噤んだ。

「お前には聞かなきゃならないことが山ほどあるな。まぁ、悪いようにはしないから安心しろ」

 そう言うと、それっきり黙り込んでしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

叶うのならば、もう一度。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ライト文芸
 今年30になった結奈は、ある日唐突に余命宣告をされた。  混乱する頭で思い悩んだが、そんな彼女を支えたのは優しくて頑固な婚約者の彼だった。  彼と籍を入れ、他愛のない事で笑い合う日々。  病院生活でもそんな幸せな時を過ごせたのは、彼の優しさがあったから。  しかしそんな時間にも限りがあって――?  これは夫婦になっても色褪せない恋情と、別れと、その先のお話。

Destiny −微睡む夢に、重なる想い−【第一部】

冴月希衣@商業BL販売中
恋愛
~Reincarnation~ 古(いにしえ)の時代。ただ、そこに在るだけで希望と再生の象徴となった花があった。 「たとえ、この身は滅びようとも、魂に刻んだ想いは決して色褪せない」 朝夕の生の営みによって聖花と崇められた睡蓮。死者に捧げられた清浄な花は思慕と怨嗟を同時に孕み、宿命の糸に絡まった念が連綿と継がれゆく。 「永遠の愛を、あなただけに」 古代エジプトの少年王トゥト・アンク・アメンと彼の妻を起源とする愛執話譚。果てなき業を、再生の象徴・睡蓮が昇華する。 ☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆ ◆本文、画像の無断転載禁止◆ Reproducing all or any part of the contents is prohibited without the author's permission.

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

くろぼし少年スポーツ団

紅葉
ライト文芸
甲子園で選抜高校野球を観戦した幸太は、自分も野球を始めることを決意する。勉強もスポーツも平凡な幸太は、甲子園を夢に見、かつて全国制覇を成したことで有名な地域の少年野球クラブに入る、幸太のチームメイトは親も子も個性的で……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

処理中です...