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4 運命が引き合わせた出会い
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(え? えぇ!? 処刑って!)
驚く沙良とは異なり、三人は出入り口に向かって騒いでいる。間もなく、長身の男が入ってきた。
精悍な顔つきをし、筋骨隆々の立派な体格をしている。首や手首には細かな細工のアクセサリー、上半身は裸で腰に布を巻いている。ベルトの細工には翼を広げたスカラベが彫り込まれ、短剣を差している。明らかに三人とは立場が違っていた。
「確かに女人禁制の聖なる『アメンの間』にいるのだから、それだけで重罪だ。さらに蜜酒を飲んだとなると極刑は免れんな」
沙良は愕然とした。
(わ、私、言葉がわかる? なんで?)
「見慣れない変な格好をしているな。どこから来た?」
(なんでだろう? 急にわかるようになった……あの三人が部屋を出てから戻ってくるまでの間でしたことって……)
「おい」
(あ! この甘いジュースみたいなワインみたいな飲み物!)
「おい! 聞いてるのか?」
突然額をこっ突かれ、ハッと面前の男に顔を向けた。
「え? あ、はい。なんでしょう?」
男は呆れたように沙良を見下ろしている。
「聞いてないのかよ。死刑かもしれないってのに、たいした度胸だな。お前、どこから来たんだ?」
「……に、日本だけど」
男が変な顔をする。
「ニホン? なんだ? それ」
「日本を知らないの?」
「聞いたことがないな。見たところ東の人種に近い感じがする。ヒッタイト辺りの町の名か?」
「ヒッタイト!? それって紀元前のアナトリア――」
沙良はハッと息を呑んだ。男の姿を改めて見て、現代のアラブの男の姿ではないことに気がついた。
(この人、ほとんど裸だし、それにさっきアメンの蜜酒って言った。エジプトってイスラム教圏だから、崇めているのはアラーのはず。じゃあ、ここは……)
「ラムセス隊長! なにをのんびりやっているのだ! 早く捕まえよ!」
「えー! ラムセス!?」
男に怒鳴った者へ向けて、沙良は思わず叫んでいた。四人の視線が一斉に沙良に集まる。
「あなた、ラムセスっていうの?」
「そうだが」
(アメン神を崇めている時代って、古代エジプト。その時代のラムセスっていったら、有名なファラオのラムセスしか思い浮かばない!)
「だからなんだ。お前はアメン神の祭壇室に入り、蜜酒を飲んだ。アメン神官たちの言う通り、極刑は免れん。申し開きの場もない」
男の言葉を無視して、沙良は叫んだ。
「今の王様は誰? あなたじゃないよね? 今、隊長って呼ばれてたし」
そこまで言って沙良は息を詰めた。
(待って、ラムセスって名前のファラオはみんな世襲だったはず。隊長ってことは軍人ってことよね? じゃー、単に偶然同じ名前ってこと? それとも、よくある名前とか?)
「今のファラオはツタンカーメン王だ」
その言葉に目を剥いた。
「え――――――!」
「こんな子どもを処するのは目覚めが悪いが、まぁ仕方――」
「あなた、ラムセス一世!」
言いかけた男――ラムセスは刹那に言葉を切り、沙良を凝視した。三人の神官も同じように硬直している。
「あ、あの」
一瞬、ラムセスは燃えるような激しく鋭い目で沙良を睨み据えたが、ふと大爆笑し、沙良の腕を取って腰に手を回して担ぎ上げた。
「なにすんのよっ!」
「神官、この頭がイカれている女は俺が責任を持って対処する。あんたたちは見なかったことにしろ」
「なにを言っているんだ。この女は聖なるアメン神を冒涜したのだぞ!」
「もちろん期待に応えて処刑にするのは簡単だ。しかしな、考えてみろよ。女人禁制のアメン神の祭壇室に入り込まれ、そればかりか蜜酒まで奪われたと知れれば、あんたたちだって咎められるんじゃないのか?」
三人がギョッとなって息を呑んだ。確かにそうだ。犯罪をおめおめ許したのだから。
「今のファラオはガキのくせに度胸があって潔癖な男だ。バレたらきっと罰せられる。この女のことは俺たち四人しか知らないんだから、誰にも言わなければバレやしないさ」
三人は互いの顔を見合った。
「あんたたちが忘れられるように、俺から一月分の酒を贈ろうじゃないか、な」
「酒?」
「飲んで忘れちまえよ」
「隊長はどうなのだ? こんな小娘を背負い込んでなんの利がある?」
ラムセスはニンマリと得意げに笑った。
「売れば金になるし、ガキでも女だ。数年待てばいいだけの話で、いくらでも使い様がある。お互い利益ってことでいいんじゃないか?」
三人は互いを見合い、それからまんざらでもないような顔をして頷いた。
「よし、商談成立だな。じゃー、この女はもらっていく。おっと、女なんか見なかったよな」
あははははっと軽快に笑い声を上げると、沙良を肩に担ぎながら歩き始めた。
「ちょっと、放してよ!」
「静かにしろ。連中の口は封じたが、事がファラオに知れれば、お前は間違いなく極刑だ。その首、落とされたいか?」
ラムセスの目が鋭く光る。それを目の当たりにし、沙良は口を噤んだ。
「お前には聞かなきゃならないことが山ほどあるな。まぁ、悪いようにはしないから安心しろ」
そう言うと、それっきり黙り込んでしまった。
驚く沙良とは異なり、三人は出入り口に向かって騒いでいる。間もなく、長身の男が入ってきた。
精悍な顔つきをし、筋骨隆々の立派な体格をしている。首や手首には細かな細工のアクセサリー、上半身は裸で腰に布を巻いている。ベルトの細工には翼を広げたスカラベが彫り込まれ、短剣を差している。明らかに三人とは立場が違っていた。
「確かに女人禁制の聖なる『アメンの間』にいるのだから、それだけで重罪だ。さらに蜜酒を飲んだとなると極刑は免れんな」
沙良は愕然とした。
(わ、私、言葉がわかる? なんで?)
「見慣れない変な格好をしているな。どこから来た?」
(なんでだろう? 急にわかるようになった……あの三人が部屋を出てから戻ってくるまでの間でしたことって……)
「おい」
(あ! この甘いジュースみたいなワインみたいな飲み物!)
「おい! 聞いてるのか?」
突然額をこっ突かれ、ハッと面前の男に顔を向けた。
「え? あ、はい。なんでしょう?」
男は呆れたように沙良を見下ろしている。
「聞いてないのかよ。死刑かもしれないってのに、たいした度胸だな。お前、どこから来たんだ?」
「……に、日本だけど」
男が変な顔をする。
「ニホン? なんだ? それ」
「日本を知らないの?」
「聞いたことがないな。見たところ東の人種に近い感じがする。ヒッタイト辺りの町の名か?」
「ヒッタイト!? それって紀元前のアナトリア――」
沙良はハッと息を呑んだ。男の姿を改めて見て、現代のアラブの男の姿ではないことに気がついた。
(この人、ほとんど裸だし、それにさっきアメンの蜜酒って言った。エジプトってイスラム教圏だから、崇めているのはアラーのはず。じゃあ、ここは……)
「ラムセス隊長! なにをのんびりやっているのだ! 早く捕まえよ!」
「えー! ラムセス!?」
男に怒鳴った者へ向けて、沙良は思わず叫んでいた。四人の視線が一斉に沙良に集まる。
「あなた、ラムセスっていうの?」
「そうだが」
(アメン神を崇めている時代って、古代エジプト。その時代のラムセスっていったら、有名なファラオのラムセスしか思い浮かばない!)
「だからなんだ。お前はアメン神の祭壇室に入り、蜜酒を飲んだ。アメン神官たちの言う通り、極刑は免れん。申し開きの場もない」
男の言葉を無視して、沙良は叫んだ。
「今の王様は誰? あなたじゃないよね? 今、隊長って呼ばれてたし」
そこまで言って沙良は息を詰めた。
(待って、ラムセスって名前のファラオはみんな世襲だったはず。隊長ってことは軍人ってことよね? じゃー、単に偶然同じ名前ってこと? それとも、よくある名前とか?)
「今のファラオはツタンカーメン王だ」
その言葉に目を剥いた。
「え――――――!」
「こんな子どもを処するのは目覚めが悪いが、まぁ仕方――」
「あなた、ラムセス一世!」
言いかけた男――ラムセスは刹那に言葉を切り、沙良を凝視した。三人の神官も同じように硬直している。
「あ、あの」
一瞬、ラムセスは燃えるような激しく鋭い目で沙良を睨み据えたが、ふと大爆笑し、沙良の腕を取って腰に手を回して担ぎ上げた。
「なにすんのよっ!」
「神官、この頭がイカれている女は俺が責任を持って対処する。あんたたちは見なかったことにしろ」
「なにを言っているんだ。この女は聖なるアメン神を冒涜したのだぞ!」
「もちろん期待に応えて処刑にするのは簡単だ。しかしな、考えてみろよ。女人禁制のアメン神の祭壇室に入り込まれ、そればかりか蜜酒まで奪われたと知れれば、あんたたちだって咎められるんじゃないのか?」
三人がギョッとなって息を呑んだ。確かにそうだ。犯罪をおめおめ許したのだから。
「今のファラオはガキのくせに度胸があって潔癖な男だ。バレたらきっと罰せられる。この女のことは俺たち四人しか知らないんだから、誰にも言わなければバレやしないさ」
三人は互いの顔を見合った。
「あんたたちが忘れられるように、俺から一月分の酒を贈ろうじゃないか、な」
「酒?」
「飲んで忘れちまえよ」
「隊長はどうなのだ? こんな小娘を背負い込んでなんの利がある?」
ラムセスはニンマリと得意げに笑った。
「売れば金になるし、ガキでも女だ。数年待てばいいだけの話で、いくらでも使い様がある。お互い利益ってことでいいんじゃないか?」
三人は互いを見合い、それからまんざらでもないような顔をして頷いた。
「よし、商談成立だな。じゃー、この女はもらっていく。おっと、女なんか見なかったよな」
あははははっと軽快に笑い声を上げると、沙良を肩に担ぎながら歩き始めた。
「ちょっと、放してよ!」
「静かにしろ。連中の口は封じたが、事がファラオに知れれば、お前は間違いなく極刑だ。その首、落とされたいか?」
ラムセスの目が鋭く光る。それを目の当たりにし、沙良は口を噤んだ。
「お前には聞かなきゃならないことが山ほどあるな。まぁ、悪いようにはしないから安心しろ」
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