上 下
6 / 54
第1章 オーブンが爆発した!

しおりを挟む
 食事をしながら自己紹介をしたのだが。

「え……すみません。もう一度、お願いします」
「私の名はライナス・ラドスキア。こちらは弟のアイシス。フェリクス王国出身だ」

 フェリクス王国など聞いたことがないが、異世界の住人だというのだから存在しているのだろう。

「吉村多希です。ここ、日本ではファミリーネームから述べるので、私のことは多希と呼んでください」
「承知した」

「少しご家庭のことに触れますけど、その服装とか宝石を持っているとおっしゃっいましたが、ご実家は、えっと、ずいぶん裕福なのかなって思うのですが」

 ライナスとアイシスは互いの顔を見合い、それから多希に戻した。その顔に笑みはなく、ひどく深刻な表情になっている。

「実は、私たちはフェリクス王国の王族で、アイシスは皇太子という立場だ」
「皇太子? ライナスさんじゃなく?」

「ああ。私の母は貴族出身ではなく庭師の娘だったのだが、父の寵愛を受け側妃となった。本来、身分の低い私は、王位をいただくにはふさわしくない。それゆえ、アイシスが生まれた時、臣籍降下をして王位継承権を放棄したんだ」

「僕のために……でもタキ、聞いて! 兄上はすごく優秀なんだ。だから僕じゃなく兄上が継ぐべきなんだ。それなのに、母上が兄上を嫌って、命まで狙おうとするから、だから逃げなきゃいけなくなって」

「アイシス、やめさない」

 アイシスは、だって! と言って激しくかぶりを振った。

「王妃と対立しても国にとってなんの利もない。正当な王妃が産んだ子が継ぐべきだと私は考えている。だが、王妃には私の気持ちは伝わらないようでね。部下が私の身を案じ、この度、秘術を用いて私を逃がしたのだが、その際アイシスもついてきてしまったというわけなんだ」

「なるほど」

 と、相槌を打ってみるが、なんともはや歴史で聞くような権力闘争の話で多希の想像を超えている。

(本当に王子様だったとは)

 多希は疑わしいという気持ちを抱きながらも、信じるほうに大きく傾いていくのを感じた。

 外国であっても、よほどの辺境ではない限り、電話やネットを知らないなんて考えにくい。全身でクエスチョン力を発揮しているのは、本当に知らなくて、戸惑っているからだろう。

 それになにより、二人の素直な反応だ。打算的な態度や表情がまったく感じられない。だから彼らはこの世界に存在していない、別世界の住人なのだ。

(まあ、信じる、でいいんじゃないかな)

 二人はスマートフォンをじっと見つめている。それは本当に玩具を前にした子どものようで(アイシスは子どもだが)微笑ましい。

「私、午後から出かける用事があるんです」
「そうか」
「そうかじゃないでしょ。あなたたち、行くあてってないんでしょう?」

 二人がすっと目を逸らした。

「お金、持ってます?」
「金貨や宝石なら」

 確かに首元には大きなサファイヤが輝いているが、右も左もわからないこの地で、宝石を換金するのは難しい気がする。それはライナス自身が言っていたことだ。

(というか、騙されそうで心配……)

 多希は、うん、と自分に向けて頷いた。

「私、一人暮らしだし、この家には空いている部屋もあるから、使ってもらっていいです」
「本当か!?」

「なにをするにしたって、宿なし金なしじゃ困るでしょ? 貸しの返し方は考えて後日言うから、当座はここに暮らしてもらって、この世界のこと学んでくれたらいいと思います」
「すまない。本当に助かる」

「小さな子どもを連れてふらふらしてたら、通報されて警察に捕まるかもしれないし、そうなったら、異世界とか話したら、この国では話が通じなくて大変なことになるだろうから」

 言いつつ、妙に信じて住まわせようとしている自分が愚かな気がしてくるが、ここまで来たらあとには引けない。乗りかかった舟だ。多希は続けた。

「この国では異世界はないんです。空想の物語なの。だから、そのワードは使わずに、外国から来た、と言ってください。もし、どこの国? とか聞かれたら、えーっと、うーん、そうだなぁ……」

 二人を眺める。

 欧米の国ならどこでもいいが、日本人の誰もが相応に知っている国では矛盾点などいろいろ指摘されそうだ。文化習慣がそんなに詳しく知られていない国がいいだろう。

「スウェーデンとかフィンランドって言えばいいかな」
「スエ?」

「スウェーデン。言い難かったら、フィンランドでもいいし。ノルウェーでもいいかな」
「いや、言える。スウェーデン。ではそうしよう」

「じゃあ、留守の間、スウェーデンのことを勉強してもらったほうがいいわね。ちょっと待っていてください」

 急いで立ち上がり、自分の部屋に向かう。そしてスウェーデンのことが書かれた書物を取り出してダイニングキッチンに戻った。

 パソコンで検索させてもいいが、パソコン自体の使い方から教えるには時間がない。紙の本や地図なら捲ればいいだけなので、問題が起こることはないだろう。

 だが、その一方で不安もある。

(会話はまったく問題ないけど、日本語、読めるのかな?)

 どういうからくりで二人が日本語を操っているのかさっぱりわからないが、文字まで自在なのか疑問だった。

「えーっと、ここにスウェーデンのことが書かれているんですが、読めますか?」
「大丈夫だ。秘術によって作られた魔法陣を通れば、あらゆる世界の言語と文字が理解できる」

 またよくわからないことを言っている。

「……便利なんですね」
「まあな。だからこそ、秘術なんだ」

「では私が留守の間、これらを読んでスウェーデンのことを勉強しておいてください。それから、今夜、最低限の説明をするから、それまでの間はなにがあってもこの家から出ないこと。いいですね?」

「わかった。留守番をしている」

 多希はそれを聞いて頷き、二人を残して再び自分の部屋に戻った。そしてパソコンを立ち上げ、通販サイトにアクセスする。

(あの格好をなんとかしないと。アイシス君のほうは、まぁ、子どもだからかわいくていいけど。とりあえずサイズを選ばない服を数着、ネットで買っておくしかないな。この時間なら、お急ぎ便で注文すれば今日中に届くし)

 宝石を所持しているのなら、いずれ換金した時に通販代を返してもらえばいい。そう思って、似合いそうな普段着やパジャマ、下着などを二人分、それぞれ数着ポチっと購入したのだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

続・恋の魔法にかかったら~女神と従士の幸せ蜜月~

花乃 なたね
恋愛
王国の中でも優れた力を持つ大魔術師であり、「氷晶の女神」という二つ名を持つセシーリャは、務めを手伝う従士であり夫でもあるディオンと共に公私ともに充実した日々を送っていた。 これまでの功績が認められ、国王から貴族たちが多く集う保養地「カーネリアス公国」への新婚旅行をプレゼントされた彼女は、ディオンと一緒に意気揚々とその地へ向かう。 日常を忘れてラブラブ全開に過ごす二人だったが、とある出来事をきっかけに夫婦仲を引き裂こうとする人物が現れて… 見た目はクール系美女だけど旦那さまにはデレデレな女魔術師と、彼女のことが大好きすぎて頭のネジが外れかけのスパダリ紳士の新婚旅行のお話 ※1 出会いから結婚までのお話は前作「恋の魔法にかかったら~不器用女神と一途な従士~」にて語られております。(作者の登録コンテンツから読むことができます) 前作を読んでいないと何のこっちゃ分からん、とはならないように気を付けましたが、よろしければ前作もお読み頂ければと思います。 ※2 〇.5話となっているものはセシーリャ以外の人物の視点で進むエピソードです。 ※3 直接的な性描写はありませんが、情事を匂わせる表現が時々出てきますためご注意ください。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...