上 下
23 / 48

第二十三話「一難去って」

しおりを挟む
「クレアさん! 大丈夫ですか!!」

 ハンカチで口と鼻を抑えながら叫ぶ。
 焦げた香りが目に染みるけど、我慢しながらクレアさんを探す。
 焼き焦げた地面から黒い煙を立ち登らせている影響で視界が悪い。

「……ここよー」

 小さく声が聞こえた。
 その声の方向に足を進めると、地面に大の字になって寝転んでいるクレアさんがいた。

「クレアさん!!」

「あーサラ。巻き込まれなかった?」

「アリシアが抱えて離れてくれたから全然問題ないです。それよりクレアさんの方が……」

「まーそうね。流石に疲れた……っと」

 重苦しく、クレアさんは身体を起こす。
 あたしはクレアさんに肩を貸した。

「まずは敵の状況を確認しないと。魔力鎧アーマーで防げる威力じゃないとはいえ、まだ動ける可能性もある」

「ならまずアリシア達と合流しましょう」

 あたしはアリシア達を呼んで合流する。
 敵の気配はないってクレアさんもアリシアも言うけど、やっぱりちゃんと確認しないと安心できない。

「でもこれだけ派手にやったら流石に先生達も様子を見に来るんじゃ?」

「それだと良いけどね」

「ま、期待しない方がいいわ」

 アリシアもクレアさんも先生が来ることはあまり期待していないみたいだった。
 
「……っか……ぁ…………」

 微かな呼吸音を感じたブレイドの二人に従って移動する。
 そこには敵がまだ生きてそこにいた。
 全身は焼き焦げて、肺が呼吸しようとしてるみたいだけど熱された空気を受け付けていない。
 生々しく瀕死の状態に、あたしは思わず目を逸らした。

「クレア、どうする?」

「もはや尋問出来る状態じゃない。捕縛して撤退しましょ。この場で楽にしてあげるのが騎士の情けかもしれないけど、今アタシ達に判断出来る事じゃないわ」

 クレアさんは訓練で使用する手錠で敵を拘束する。
 取り敢えずこれで一安心。

 ――――と、思った瞬間。

「――――ごきげんよう」

 視界を悪くしている黒煙を掻き分けて、その女は突然現れた。
 コートを羽織った淑女のような雰囲気の藤色短髪の女性。
 何かを察したクレアさんは肩を貸していたあたしを突き飛ばしてその女性から距離を取らせた。
 ただその一瞬が、逆にクレアさんが敵に対処する時間を失ってしまう。

「――むっ!?」

「クレアさん!?」

 クレアさんの唇を奪う短髪の女性。
 すでに体力を使い果たしたクレアさんに抵抗する力はなく、強引に口づけするその女性にクレアさんはされるがまま。
 あたしの背後から光の剣が伸びて、短髪の女性を貫こうとした時、

「残念。間に合いませんでしたね」

 その光の剣を炎を纏った足で一蹴する。
 
「クレア……さん?」

 赤と金で装飾されたソルレット、チリチリと火の粉を飛ばして紅に輝く髪、ひらりと熱く燃える片マント。
 解花ブルーム状態のクレアさんが、短髪の女性を庇う様に構えている。

「サラ、クレアから離れるんだ」

 アリシアがあたしの前に立って構える。
 状況が飲み込めず、あたしは尻餅をついたまま動けない。

「彼女はおそらくさっきの敵のパートナーだ。クレアと授吻することで、クレアは彼女を守るように行動している。つまり、彼女の特性は洗脳に近い何か」

「ってことはさっきの人も操られてたってことですか?」

 それにしては自我が結構強めだったような……。

「私の特性は“授吻した相手に協力を強いる”というもの。記憶を消すかどうかは私の意志次第。今回は自我や記憶を強く残すように協力してもらってますので気を付けてくださいね」

 短髪の女は自ら特性を教えて来た。

「自分の特性を教えるって、そうとう自信あるってこと?」

「いや、私の行動を制限するためだろう。特性を知ってしまったことでやり辛いことは確定した。自我がある以上、ダメージの記憶も残ると思っておいた方が良い」

「……つまりどういうこと?」

「四肢を切り落としたらトラウマになるかもしれないってことさ」

「危惧の内容過激すぎない!?」

 とはいえ記憶が残るということはそのリスクももちろんある。
 学園には部位の欠損すら治す魔法が使える人がいるみたいだけど、いくら傷が治っても心の傷が治るとは限らない。
 いくら治ると言っても一度失った恐怖というのは簡単に拭えない。

「アリシアさん、どうしましょう? ここは撤退しますか?」

 メイリーが提案するも、アリシアは渋る。

「クレアが敵の手に落ちる前ならそうしたんだけどね。今撤退すればクレアを見捨てることになる」

「なんとかしてクレアさんを正気に戻さないと」

「クレアを操っているのは敵の特性。つまりクレアが敵の魔力を使い果たせば正気に戻る。だから敵を無力化して授吻による魔力の補充を阻止。加えてクレアが魔力を使い果たすまで耐える。ただこの作戦には一つ問題がある」

「問題ですか?」

「クレアは失血している。あまり長引かせるとクレアの身体が持たない。この感じだと先生方が応援に来るのも期待出来ない。おそらくその辺を対処しているからこそ、シース単身で姿を現しただろうからね。一番はクレアと真正面から戦い魔力を消費させる。クレアがあまり動かないように配慮し、傷を増やさないように配慮しながらクレアの猛攻に耐え抜く」

「そんなこと出来るの?」

「うん、出来る訳ないね。クレアは全力で倒しに行っても一筋縄じゃいかないのは私が一番よく分かっている」

 自信満々に言うから出来るのかと思ったけど、さすがのアリシアも作戦の無謀さに自嘲気に笑った。
 
「……そうだ! 確か複数のシースが同じブレイドに授吻したら魔力が強い方に上書きされるって言ってたよね? ならあたしかメイリーがクレアさんに授吻すれば敵の特性は消えるんじゃ?」

「……それが出来たら最善手なんだけどね。ちなみに強い魔力というのは魔力量と魔力濃度が大きく関わる。敵はシースの中でもそれなりに実力があると前提して、二人は上書きできる自信があるかい?」

 アリシアはあたしとメイリーに聞いてきた。
 メイリーの表情は曇り自信の無さを伺わせる。
 あたしももちろん自信はない。

「もし両方自信が無いならどちらかは避難した方が良い。戦いに巻き込まれるからね。敵はこの二人組だけとは限らないけど、クレアの攻撃は規模が大きいから危険度で言ったらこの場を離れた方が良いだろう」

 多分アリシアにもシース二人を庇う余裕はないんだろう。
 シースが一人余る現状では、片方は戦い辛くする枷でしかない。
 知識や経験、実力を考慮すればアリシアとメイリーが組んであたしは逃げた方が良い。
 
 逃げた方が良いけど…………。

「――――やる」

「サラ?」

「あたしが敵の魔力を上書きする」

 あたしが言うとメイリーが不安そうにこっちを見た。

「ダメだよサラちゃん。その役割はクレアさんに近づく必要があるんだよ? 下手すれば大怪我じゃ済まないんだよ?」

「分かってる! でも……ここで逃げる訳にはいかない! ここでクレアさんを見捨てたら一生後悔する。まだまだクレアさんと一緒にいたいから、あたしはここで身体を張る必要がある! 危険上等、どんとこいだよ!」

 あたしは声を張り上げてアドレナリンを無理やり出す。
 勢いに押されてか、メイリーはそれ以上引き止める事をしなかった。

「フフ、それでこそサラだね。よし! その賭け乗ろうじゃないか。もう怖気づいても後戻りさせないよ」

「やってやんよー!!」

「はぁ……もう、どうなっても知らないからね」

 アリシアは楽しそうに、あたしはヤケクソ気味に答えて、メイリーは諦観の溜息。
 
「作戦会議は終わったかしら? じゃあ三人まとめて灰にしてあげる」

 クレアさんの脚が熱く燃え滾る。
 味方に向けるものじゃない敵意と殺意がクレアさんから向けられた――――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

けだものだもの~虎になった男の異世界酔夢譚~

ちょろぎ
ファンタジー
神の悪戯か悪魔の慈悲か―― アラフォー×1社畜のサラリーマン、何故か虎男として異世界に転移?する。 何の説明も助けもないまま、手探りで人里へ向かえば、言葉は通じず石を投げられ騎兵にまで追われる有様。 試行錯誤と幾ばくかの幸運の末になんとか人里に迎えられた虎男が、無駄に高い身体能力と、現代日本の無駄知識で、他人を巻き込んだり巻き込まれたりしながら、地盤を作って異世界で生きていく、日常描写多めのそんな物語。 第13章が終了しました。 申し訳ありませんが、第14話を区切りに長期(予定数か月)の休載に入ります。 再開の暁にはまたよろしくお願いいたします。 この作品は小説家になろうさんでも掲載しています。 同名のコミック、HP、曲がありますが、それらとは一切関係はありません。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。 ※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...