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異文化交流のすゝめ
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アールトスに誘われて初めて訪れた薬草園は、信之の想像とはかけ離れた物であった。
信之が毎日生活する客室のある棟と、図書室ある棟とを結ぶ渡り廊下から屋外に出ると庭を突っ切って歩く事数分。王城の敷地の端に、三階建程の四角い建物が数棟並ぶ場所に辿り着く。
アールトス曰くの魔法や錬金術などの研究施設の集まりであるその建造物群の一角に、目的地である薬草園はあった。
日本で見たハウス栽培のような設備を想像していた信之は、煉瓦造りで陽の光など当たらない様な外観の施設に戸惑いアールトスを見上げたが、一歩建物内に入ると驚愕して息をのんだ。
「…凄い」
建物内に入ったにも関わらず穏やかに照る、陽の光の心地良い眩しさに信之は目を瞬かせる。
四角く区画整備をされた薬草畑の間をさらさらと人工の小川が流れていた。透明な清水の中には豊かに水草が生えており、可愛い小さな黄色の花が水の流れに合わせてふわふわと揺れている。更に奥まった場所は少し薄暗くなっており、雪が積もっていた。その隣には砂漠の様な砂地があり、サボテンの様な多肉植物が鮮やかな赤の見事な花を咲かせているのが見える。
見た目通り気温も違うのだろう、其処彼処で作業する職員は半袖だったり厚手の防寒着を着ていたりと其々違う格好であった。
そして何より、外から見た建物のサイズと内部の広さが全く違う。外観は精々50平米程の敷地に見えていたが、内部は大きな体育館が四つほどすっぽりと収まりそうな広さだ。
「凄いだろう、異世界人殿。我が国一の薬草園だ」
「そ、そうですね…」
不可思議な光景にあちこち忙しなく見回していた信之に、アールトスが声をかける。笑いを堪える様なアールトスの表情に、信之は恥ずかしくなり誤魔化す様に咳払いをして視線を逸らした。
「あぁ、スガノ様。先ほどお出ししたお茶は彼方の薬草を煎じた物ですよ」
背後に付き従っていたスフィフトが、すぐ側の畑に植っているタンポポの葉の様なギザギザした草を指指す。ただタンポポの葉と違い若干ピンクがかった色をしており、毒々しさに信之は絶句した。
特に内部にも立ち入り制限はない様で、その後、信之はアールトスに案内されるまま雪の積もったエリアも砂漠のエリアも歩いて回った。
その植物に合った環境にする事で質の良い薬草が出来る様で、『世話は大変だが効果の高いポーションが出来るのだ』と信之に語って聞かせたのは雪のエリアで鼻の頭を赤くしながら作業をしていた作業員だ。
「あれ、なんかここは雰囲気違いますね」
もうそろそろ薬草園を一周するというところで、柵に覆われた畑を見つけて信之は、足を止めた。
綺麗に整えられた畝が三本、其々に等間隔で根菜が植えられている。少し土から露出している根の部分はニンジンの様にオレンジ色だが、2枚ずつ生えた葉はわかめの様に平たく風も無いのにうねっている。
「…え、動いて…?え?」
そう、動いている。どう見ても自発的に葉が動いているのだ。あまりの光景に信之は目を疑う。しかしこの植物が動くのはごく自然の事なのか、アールトスもスフィフトも特に驚いた様子は無い。
「これはクロタリアス。毒消しの材料だな」
「毒消し、ですか」
アールトスの説明に相槌をうつが、信之は葉の動きが気になって仕方がない。
「動いてますが、薬草なんですよね?何でここだけ柵があるんですか?」
近くまで歩み寄ると、信之は柵に手を触れる。木で出来たそれは見た目以上にしっかりとした作りだった。
近くで見てもらやはり葉はうねうねと揺れている。
「柵がないと、逃げ出す事があるからな」
事もなげにアールトスが答える。
「クロタリアスは抜く時にコツがいってな。失敗すると笑いながら逃げるんだ」
「笑いながら逃げる」
抜いてみるか、と気軽に問うてくるアールトスに、信之は首を横に振った。
「笑い声を聞くと、気が狂って死ぬとかありますか?マンドラゴラ的な…」
「まんどらごら?クロタリアスは笑って逃げるだけで別に害は無いな」
「…そうですか、良かったです」
そもそもそれは植物なのだろうかと問いたくなったが、この世界には魔法がある事を思い出して口を閉じた。信之がマンドラゴラを知ったのも、魔法使いの学校の物語だったはずだ。魔法があれば、植物もまた動くのだろう、と納得する事とする。
「笑い声を聞くと気が狂って死ぬなど、スガノ様の国には恐ろしい植物があるのですね」
「正確には、抜く時に絶叫して、その声を聞くと気が狂って死ぬ、だったかな。もちろん御伽話みたいなものだよ」
黙って話を聞いていたスフィフトが怯えた様子で自分の腕を摩っているが、信之からすればリアルで植物が笑うこの世界の方が余程恐ろしい。
エアル国製マンドラゴラ(クロタリアス)の見学を終えると、信之達は最後の植木鉢栽培エリアを見学して薬草園職員の休憩室へと向けて移動した。
年季もののソファに腰をかけると、ふぅと息を吐いて背もたれに身体をあずける。体育館四つ分の距離を歩き、運動不足気味の信之はすっかり疲れていた。
いつのまに準備をしていたのか、スフィフトがお茶を差し出してくれたので、礼を言って有り難く受け取る。
「疲れたか?」
隣に座り、同じ様にスフィフトからカップを受け取ったアールトスが尋ねる。
がっつり背もたれにもたれ掛かるのは行儀が悪かったか、と信之は慌てて身体を起こした。
「疲れましたが、見た事ない植物ばかりで楽しかったです」
「それなら良かった」
「はい。あーでも、本当に良い運動になりました。数日仕事もせずのんびり過ごしてたので身体も鈍ってますね。早く仕事探したいです」
カップを机の上に戻すと両腕を上に上げてグッと伸びをする。首を捻るとポキポキと音が鳴った。
そんな信之を眺めていたアールトスが、「何だ仕事がしたいのか?」と不思議そうに首を捻る。
「仕事がしたいなら、薬草園を手伝うか?」
アールトスの提案に信之は目を見開く。
農業の経験は無いが、初めて見た薬草園は大変面白く、信之にとって魅力的な提案であった。午後からの時間も、わざわざ暇つぶしを考える必要も無くなるし、ただメシ食いという負い目もマシになる気がしていた。
「でも、良ろしいいのですか?」
信之は何の保証も無い異世界人だ。そんな怪しい人物を王城内の仕事にポンと紹介して、アールトスが面倒な事になったりするのは信之の本位では無い。
そんな信之の内心の葛藤を察したのか、アールトスはフッと笑った。
「薬草研究がライフワークと言ったろう?ここには良く来るから顔がきくんだ。それに最近、欠員があって新しく人を探しているようだからね、希望するなら推薦しよう」
壁際に控えるスフィフトをチラリと見るが何も言わない。世話係の彼が静止してこないという事は特に問題ないという事なのだろうと判断して、信之は頭を下げた。
「ぜひ、推薦をお願いします」
「分かった。兄上にも私から異世界人殿に薬草園の仕事をお願いした事を報告しておこう。」
頷いたアールトスは、年季もののソファに座っているとは思えない優雅さでお茶を一口飲むと、「ただし」と付け加えた。
「条件がある」
「条件、ですか?」
勿体ぶった言葉に身構える信之を見て、アールトスがニヤリと意地悪く笑う。
「図書室では色良い返事を貰えなかったが、私のことはアールトスと呼んでくれ。言葉も、別に丁寧な物で無くても良い。そこのアブゴー令息には普通に喋ってるだろ」
堅苦しいのは苦手なんだと肩をすくめるアールトスに、信之は、緊張を解く。
一瞬躊躇った後、「分かったよ、アールトス様」と応えるとアールトスは満足げに頷いた。
「きっと2、3日内には働いてもらえる様になると思うから、そのつもりで」
「はい」
「じゃあ、私は兄上の所に話を通しに行ってくるよ」
お茶を飲み干すと、ひと足先にアールトスが退室して行った。その背中を見送ると、信之もお茶を飲み干して立ち上がる。
「良かったですね、スガノ様」
「そうだな、楽しみだ」
スフィフトと連れ立って薬草園を出た時には空はすっかり暗くなってきていた。冬の昼が短いのは異世界も同様である。
いつも夕食の際には春馬の魔法訓練の話を聞く事が多いが、今日は信之からも話題の提供ができる。そう思うと何だか子供みたいに食事が楽しみになってきて、信之は足取り軽く客室へと戻るのであった。
ちなみに、笑いながら逃げる植物の話を語って聞かせた春馬の反応が、信之と同じく『それって声聞くと気が狂って死にます?マンドラゴラ?』だった事は余談である。
信之が毎日生活する客室のある棟と、図書室ある棟とを結ぶ渡り廊下から屋外に出ると庭を突っ切って歩く事数分。王城の敷地の端に、三階建程の四角い建物が数棟並ぶ場所に辿り着く。
アールトス曰くの魔法や錬金術などの研究施設の集まりであるその建造物群の一角に、目的地である薬草園はあった。
日本で見たハウス栽培のような設備を想像していた信之は、煉瓦造りで陽の光など当たらない様な外観の施設に戸惑いアールトスを見上げたが、一歩建物内に入ると驚愕して息をのんだ。
「…凄い」
建物内に入ったにも関わらず穏やかに照る、陽の光の心地良い眩しさに信之は目を瞬かせる。
四角く区画整備をされた薬草畑の間をさらさらと人工の小川が流れていた。透明な清水の中には豊かに水草が生えており、可愛い小さな黄色の花が水の流れに合わせてふわふわと揺れている。更に奥まった場所は少し薄暗くなっており、雪が積もっていた。その隣には砂漠の様な砂地があり、サボテンの様な多肉植物が鮮やかな赤の見事な花を咲かせているのが見える。
見た目通り気温も違うのだろう、其処彼処で作業する職員は半袖だったり厚手の防寒着を着ていたりと其々違う格好であった。
そして何より、外から見た建物のサイズと内部の広さが全く違う。外観は精々50平米程の敷地に見えていたが、内部は大きな体育館が四つほどすっぽりと収まりそうな広さだ。
「凄いだろう、異世界人殿。我が国一の薬草園だ」
「そ、そうですね…」
不可思議な光景にあちこち忙しなく見回していた信之に、アールトスが声をかける。笑いを堪える様なアールトスの表情に、信之は恥ずかしくなり誤魔化す様に咳払いをして視線を逸らした。
「あぁ、スガノ様。先ほどお出ししたお茶は彼方の薬草を煎じた物ですよ」
背後に付き従っていたスフィフトが、すぐ側の畑に植っているタンポポの葉の様なギザギザした草を指指す。ただタンポポの葉と違い若干ピンクがかった色をしており、毒々しさに信之は絶句した。
特に内部にも立ち入り制限はない様で、その後、信之はアールトスに案内されるまま雪の積もったエリアも砂漠のエリアも歩いて回った。
その植物に合った環境にする事で質の良い薬草が出来る様で、『世話は大変だが効果の高いポーションが出来るのだ』と信之に語って聞かせたのは雪のエリアで鼻の頭を赤くしながら作業をしていた作業員だ。
「あれ、なんかここは雰囲気違いますね」
もうそろそろ薬草園を一周するというところで、柵に覆われた畑を見つけて信之は、足を止めた。
綺麗に整えられた畝が三本、其々に等間隔で根菜が植えられている。少し土から露出している根の部分はニンジンの様にオレンジ色だが、2枚ずつ生えた葉はわかめの様に平たく風も無いのにうねっている。
「…え、動いて…?え?」
そう、動いている。どう見ても自発的に葉が動いているのだ。あまりの光景に信之は目を疑う。しかしこの植物が動くのはごく自然の事なのか、アールトスもスフィフトも特に驚いた様子は無い。
「これはクロタリアス。毒消しの材料だな」
「毒消し、ですか」
アールトスの説明に相槌をうつが、信之は葉の動きが気になって仕方がない。
「動いてますが、薬草なんですよね?何でここだけ柵があるんですか?」
近くまで歩み寄ると、信之は柵に手を触れる。木で出来たそれは見た目以上にしっかりとした作りだった。
近くで見てもらやはり葉はうねうねと揺れている。
「柵がないと、逃げ出す事があるからな」
事もなげにアールトスが答える。
「クロタリアスは抜く時にコツがいってな。失敗すると笑いながら逃げるんだ」
「笑いながら逃げる」
抜いてみるか、と気軽に問うてくるアールトスに、信之は首を横に振った。
「笑い声を聞くと、気が狂って死ぬとかありますか?マンドラゴラ的な…」
「まんどらごら?クロタリアスは笑って逃げるだけで別に害は無いな」
「…そうですか、良かったです」
そもそもそれは植物なのだろうかと問いたくなったが、この世界には魔法がある事を思い出して口を閉じた。信之がマンドラゴラを知ったのも、魔法使いの学校の物語だったはずだ。魔法があれば、植物もまた動くのだろう、と納得する事とする。
「笑い声を聞くと気が狂って死ぬなど、スガノ様の国には恐ろしい植物があるのですね」
「正確には、抜く時に絶叫して、その声を聞くと気が狂って死ぬ、だったかな。もちろん御伽話みたいなものだよ」
黙って話を聞いていたスフィフトが怯えた様子で自分の腕を摩っているが、信之からすればリアルで植物が笑うこの世界の方が余程恐ろしい。
エアル国製マンドラゴラ(クロタリアス)の見学を終えると、信之達は最後の植木鉢栽培エリアを見学して薬草園職員の休憩室へと向けて移動した。
年季もののソファに腰をかけると、ふぅと息を吐いて背もたれに身体をあずける。体育館四つ分の距離を歩き、運動不足気味の信之はすっかり疲れていた。
いつのまに準備をしていたのか、スフィフトがお茶を差し出してくれたので、礼を言って有り難く受け取る。
「疲れたか?」
隣に座り、同じ様にスフィフトからカップを受け取ったアールトスが尋ねる。
がっつり背もたれにもたれ掛かるのは行儀が悪かったか、と信之は慌てて身体を起こした。
「疲れましたが、見た事ない植物ばかりで楽しかったです」
「それなら良かった」
「はい。あーでも、本当に良い運動になりました。数日仕事もせずのんびり過ごしてたので身体も鈍ってますね。早く仕事探したいです」
カップを机の上に戻すと両腕を上に上げてグッと伸びをする。首を捻るとポキポキと音が鳴った。
そんな信之を眺めていたアールトスが、「何だ仕事がしたいのか?」と不思議そうに首を捻る。
「仕事がしたいなら、薬草園を手伝うか?」
アールトスの提案に信之は目を見開く。
農業の経験は無いが、初めて見た薬草園は大変面白く、信之にとって魅力的な提案であった。午後からの時間も、わざわざ暇つぶしを考える必要も無くなるし、ただメシ食いという負い目もマシになる気がしていた。
「でも、良ろしいいのですか?」
信之は何の保証も無い異世界人だ。そんな怪しい人物を王城内の仕事にポンと紹介して、アールトスが面倒な事になったりするのは信之の本位では無い。
そんな信之の内心の葛藤を察したのか、アールトスはフッと笑った。
「薬草研究がライフワークと言ったろう?ここには良く来るから顔がきくんだ。それに最近、欠員があって新しく人を探しているようだからね、希望するなら推薦しよう」
壁際に控えるスフィフトをチラリと見るが何も言わない。世話係の彼が静止してこないという事は特に問題ないという事なのだろうと判断して、信之は頭を下げた。
「ぜひ、推薦をお願いします」
「分かった。兄上にも私から異世界人殿に薬草園の仕事をお願いした事を報告しておこう。」
頷いたアールトスは、年季もののソファに座っているとは思えない優雅さでお茶を一口飲むと、「ただし」と付け加えた。
「条件がある」
「条件、ですか?」
勿体ぶった言葉に身構える信之を見て、アールトスがニヤリと意地悪く笑う。
「図書室では色良い返事を貰えなかったが、私のことはアールトスと呼んでくれ。言葉も、別に丁寧な物で無くても良い。そこのアブゴー令息には普通に喋ってるだろ」
堅苦しいのは苦手なんだと肩をすくめるアールトスに、信之は、緊張を解く。
一瞬躊躇った後、「分かったよ、アールトス様」と応えるとアールトスは満足げに頷いた。
「きっと2、3日内には働いてもらえる様になると思うから、そのつもりで」
「はい」
「じゃあ、私は兄上の所に話を通しに行ってくるよ」
お茶を飲み干すと、ひと足先にアールトスが退室して行った。その背中を見送ると、信之もお茶を飲み干して立ち上がる。
「良かったですね、スガノ様」
「そうだな、楽しみだ」
スフィフトと連れ立って薬草園を出た時には空はすっかり暗くなってきていた。冬の昼が短いのは異世界も同様である。
いつも夕食の際には春馬の魔法訓練の話を聞く事が多いが、今日は信之からも話題の提供ができる。そう思うと何だか子供みたいに食事が楽しみになってきて、信之は足取り軽く客室へと戻るのであった。
ちなみに、笑いながら逃げる植物の話を語って聞かせた春馬の反応が、信之と同じく『それって声聞くと気が狂って死にます?マンドラゴラ?』だった事は余談である。
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