ヒューマン動物園

夏野かろ

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最終話 利用する者、利用される者

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 数十分後、園内にあるカフェ。そこに移動した私たちは、お茶を飲んで少し休憩してから解散することにした。

「今日の見学はいかがでしたか、モサーベさん?」
「たいへん良かったと思います。勉強になりました」
「そう言っていただけて嬉しいですよ、はい」

 彼は手元のコップを口に寄せ、中の黒い液体を飲む。地球の伝統的なお茶で、コーヒーというものらしい。
 そうだ、私も同じものを頼んだのだ。飲んでみよう。

「どうですコーヒーは?」
「だいぶ苦いですね」
「そういうものなんですよ。ヒューマンの中には甘味料を入れる者もいます。そこの白い壺に砂糖が入ってます」
「これですか」
「そっちは塩ですよ。その横です」

 どうやらこれらしい。備え付けの小さなスプーンを使い、砂糖を自分のカップ内に入れ、混ぜる。
 では、改めて飲んでみよう。

「今度はどうです?」
「いい感じです」
「それはいい。でも入れ過ぎには注意ですよ」
「気をつけます」

 飲みながら思う。かつて平和だった時代、ヒューマンたちはどのような気持ちでコーヒーを飲み、毎日を暮らしていたのだろうか。

「そんな顔してどうしたんです? 何か気になることでも?」
「かつてのヒューマンたちの生活について考えているのです」
「勉強熱心なんですね」
「そうかもしれません。アリムさん、一つおうかがいするのですが、アリムさんはヒューマン飼育についてどうお考えなのですか」
「と、言うと?」
「今日一日で思ったのですが、何もここまでコストをかけずとも、もっと楽に飼育したらいいのではないでしょうか。グラディエーターなどという面倒をやめて、ただ単に飼って増やす。それだけでいいのではないですか」
「まぁ、そう思う時は私だってありますよ。でもここの経営自体は上の連中がやってることですし、私がどうこう出来る話じゃない。それに、グラディエーターなしで動物園ってのは無理なんですよ」

 そこまで言ってから彼はコーヒーを飲み、話を続ける。

「フェーレの社会にはですね、ヒューマンに対する愛護団体ってのがあります。そういうのが新聞とかに広告出して言うわけですよ、我々はもっと愛をもってヒューマンを飼い、グラディエーターのような流血沙汰で儲けるのではなく、スポーツのような平和なものに切り替えるべきだ……とか」
「へぇ」
「冗談じゃありませんよ。スポーツの試合なんてどこの星のどんな種族だってやってる、見ようと思えばいくらでも見れる。こういう状況でヒューマンがスポーツやったところでどうなるってんです、物珍しさで見にくるお客さん、せいぜいそれだけです。だがグラディエーターは違う。やはりエロとグロなんですよ、ビジネスは。知的生命体による殺し合い、真剣勝負! すごい客入りです。これがもたらす収益なしに動物園を経営するなんて無理なんですよ、愛護団体にはそういう現実が見えてない!」
「まぁまぁ、そう興奮なさらないでください」
「すみません、失礼しました……」

 ゴホン、彼は軽く咳払いし、コーヒーを飲んで心を落ち着ける。

「そういえば、モサーベさんに蚕の話ってしましたっけ?」
「いいえ。それはなんですか」
「そういう名前の虫が地球にいたんです。まぁ今でもいますけど。こいつにはいろんな面白い性質があって、まずですね、自然の中では生きれない。もしそのへんの森なんかに放っておいたら全滅します」
「なぜですか」
「ヒューマンに飼育され続けてきたからですよ。蚕からは特殊な糸が取れて、それを使って作った布はすごく綺麗なんです。だからヒューマンはせっせと品種改良し、よりたくさん糸が取れるように、より綺麗な糸が取れるようにしてきた。その結果、蚕は野生で生きる力を失ったってわけです。成虫には羽がある、それなのに空を飛べず、口で何か食べることもできない。誰かにお世話してもらうの前提の虫なんです」
「ふむ」
「ジャンペン、資料を頼む」

 いつも通りに映像が映し出される。なにやら気持ち悪い芋虫や白い蛾がたくさんいる。

「蚕の一生はとっても大変です。生まれてきたらこういう狭いとこに押し込まれて、この緑の葉っぱ、ありますよね? クワって名前なんですが、これをたくさん与えられてもぐもぐ食べ、糞を出し、掃除してもらい、ぜんぶヒューマンに面倒見てもらうわけです」
「至れり尽くせりですね」
「ある程度まで大きくなると、この映像を見ていただきたいんですが、回転する木箱がありますよね? まぁ木箱とはちょっと違いますが、これにこう蚕たちを乗っけていって、穴に移動させて……。で、こっちの映像のように繭を作らせる」

 こんな変な虫がこんな綺麗な繭を作るのか。白く、滑らかで、実に美しい。にわかには信じられないほどだ。

「アリムさん、ここからどうなるのですか」
「茹でて殺します」
「えっ」
「だから、水に入れてどんどん温めていって、こうやって殺すわけです」
「ふむ。皆殺しですね」
「こうなった繭から糸を取っていくわです。で、この映像のように布を作り、完成するのがこれですね。着物という服です」

 見事だ。複雑な模様が編み込まれ、芸術的ですらある。

「蚕の飼育は今でも行われているのですか」
「フェーレの研究所にいけばやってますよ。ま、あくまで研究であって、映像のヒューマンたちみたいに産業としてやってるわけじゃないですが」
「成る程」
「当たり前な話ですが、糸を取るための蚕とは別に、繁殖用の蚕もいます。マジで皆殺しにしたら絶滅しちゃいますからね」
「はい」
「まぁこんな感じで交尾させて、卵を産ませていく。ここからさっきの芋虫たちが生まれ、繭を作って煮られて殺され、糸を取り出し……。これが養蚕と呼ばれるヒューマン独自の産業です」
「とてもとても面白いですね。非常に興味深い」

 虫を利用する種族は宇宙にどこにでも存在する。しかし、糸を取るために利用するのは珍しい。ヒューマンもなかなかやるものだ。

「アリムさん、私はこう思うんですよ。一見これはヒューマンが蚕を利用しているように思える。だが実際は逆ではないか……とね」
「どういうことですか」
「利用されて殺される蚕たちって、哀れといえば哀れでしょう。だが、かつては地球最強の生き物だったヒューマンに保護されてきたおかげで絶滅せずにすんだ。絶滅をさけるためにヒューマンを頼った、利用した、そうとも言えるわけです」
「だが進化学の見地からすればおかしな考え方ですよ」
「そりゃ私だって知ってます。でも面白いでしょう、利用されている側が実は利用している側だ、なんて」
「えぇ」
「ヒューマンだって同じですよ。そのままじゃ戦争で絶滅、だがフェーレに守られて生き残った。我々がヒューマンを利用してるんじゃなく、ヒューマンがこっちを利用してる。そう考えるとですよ、別にグラディエーターぐらい問題ないっていうか、ちょっとくらいはいいじゃないですか。利用される対価としていただく料金みたいなものですよ」
「成る程」
「愛護団体はそういうことも分かってない。まったく、困った人たちです、本当……」

 そういって、彼はまたコーヒーを飲んだ。



 この話はどう判断すればいいのだろうか。一種の正論か、それとも、飼育やグラディエーターを正当化するための誤魔化しか。
 私には分からない。それに、どちらであろうと興味がない。

 なんであれ今の状態がヒューマンにとっての幸福なのだから、それでいいではないか。エリート・クラスは犠牲になるが、多少のことはやむを得ない。
 最大多数の最大幸福。そういうことだ。



 気づけばかなりの長話になってしまった。そろそろ締めくくらねばなるまい。冗長なのが私の悪いところだ。
 利用されるのが嫌なら、利用する側にまわるしかないのだ。だが、利用されて生きるのは、そんなに悪い話ではないのかもしれない。私は今回の見学でそう学んだように思う。

 弱者は弱者なりにしたたかに生きていく。そういうことなのかもしれないからだ。(終)




 ここまでお読みいただきありがとうございました。また次回作でお会いしましょう。
 ジャンペンの出番が少なかったのが心残りです(本当は乱闘場面があったが諸事情により削った)。
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