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第12章 すべてを変える時

第219話 一騎討ち Fish in troubled waters

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《スエナの視点》
 うんざりといった調子でレーヴェは語る。

「やれやれ。スエナ、君には失望したよ。もう少し楽しませてくれると思ったのに、ここまで弱いとは。
 だからハンデをあげよう。これから私は素手で戦う。でも、君は遠慮なく武器を使っていい。その条件で勝負だ。
 アクション映画のクライマックスは、主役と悪役の一騎討ちと相場が決まっている。だから私たちもそうしようじゃないか……」

 レーヴェはソードの刀身をしまい、柄を腰につける。素手で戦うというセリフは本気らしい。ボクはよろけながら立ち上がって怒鳴る。

「人をなめるのもいい加減にしろ! そうやって他人を馬鹿にして、なにが面白い!」
「とても面白いさ。とても、とても、とても。弱い者を力いっぱい叩き、いじめ、踏みつぶすのは、この世で最高の快楽だ。何度も説明したはずだろう?
 そういえば、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』にこんなセリフがあったな。ある登場人物が言うのさ。

(引用)

”だが常に――この点を忘れてはいかんよ、ウィンストン――人を酔わせる権力の快感だけは常に存在する。
 ますます増大し、ますます鋭くなってね。ぞくぞくする勝利の快感。無力な敵を踏みにじる感興はこれから先ずっと、どんなときにも消えることがない。
 未来を思い描きたいのなら、人の顔をブーツで踏みつけるところを想像するがいい――永遠にそれが続くのだ。”

 ははは! 実にすばらしい! ”人を酔わせる権力の快感”、”ぞくぞくする勝利の快感”、”無力な敵を踏みにじる感興”!
 そして何より、最後の部分が最高じゃないか!

”未来を思い描きたいのなら、人の顔をブーツで踏みつけるところを想像するがいい――永遠にそれが続くのだ。”

 ブラボー! 心から同感するよ! まさにその通り!
 来い、スエナ! 好きなように私を攻めろ! そんなお前をぶちのめし、砕き、顔をブーツで踏みつけてやる!

 さっきそこのアップルにしてやったようにな!」

 怒りの炎が爆裂し、ボクの心を焼き尽くす。がむしゃらに突進する。

「レーヴェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 隙だらけの顔を殴り飛ばす。続いて腹に膝蹴りを入れ、左手で奴の服のえりをつかむ。
 右の拳で力いっぱいアゴを叩き、鋭く踏みこんで肘打ちを浴びせる。八極拳士が得意とするあれだ。まともにくらえばタダではすまない。

 だというのにレーヴェは立っている。平然と笑う。

「どうした? なんのダメージにもなっていないぞ?」
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 頭に血が上る。わけがわからない。極度の混乱、熱い涙がボクの頬をぬらしていく。

「倒れろ! 倒れろ、ちくしょう!」

 何度も殴り、蹴り、頭突きをかます。レーヴェのえりと左腕をつかみ、柔道の巴投げの要領で後ろへ放り飛ばす。
 彼の体は格闘ゲームの誇張表現のように宙を舞い、遠く離れた地点に落ちる。グシャッという効果音が響き、彼が受け身を取らなかった事実が示される。

 だというのにレーヴェは平然と立ち上がり、笑う。

「は、は、は! 見事だ、スエナ! これが現実世界なら、私はとっくに気絶しているだろう。いや、死んでいるかな?
 しかしこれはゲーム、仮想現実。大量に課金した者が勝つ世界。したがって、微課金の君がいくら頑張ろうと、重課金の私は死なない。
 私のHPゲージを見ろ。どれだけ減った? ほとんど無傷だろう?」

 まさにその通り。奴はさっぱり傷ついちゃいない。このコンボ攻撃をあと数百回やれば倒せるだろうけど、そんなことしてたらイベントは時間切れだ。
 レーヴェは肩をすくめ、ゆるみきった雰囲気で話す。

「これで気が済んだか? 少しは復讐心が満足したか?
 もう十分だろう。では、フィナーレだ。長く遊んでさすがにくたびれたんでね……」

 彼は左腰のホルスターからゆっくりと拳銃を抜く。あれが火を噴いた時、ボクは死ぬ。
 えっ、バリアで守れって? アドバイスありがとう、でも無駄な試みだよ。銃弾はバリアごとボクを破壊するに決まってる。

 ここまで来たのにおしまいってわけだ。なんの、いったいなんのために、これまでの苦労は……。
 ボクはぎゅっと目をつむる。最後の瞬間を待ち受ける。でも、全く予想していなかった人物の声が響き、新たな局面を生み出す。

「レーヴェ! 死ねッ!」


《パトリシアの視点》
 やつの背後をとった。あとはこのグロック18で撃ち抜くのみ!

「レーヴェ! 死ねッ!」

 両手でしっかりと銃を構え、トリガーを引く。フルオート射撃による大量の弾丸が飛び、レーヴェのHPを削っていく。

「なに!?」

 彼は驚き、戸惑い、遅いタイミングで慌ててバリアを張る。だが既に3割ほどのHPを奪ってやった。ざまぁみろ!
 やがてグロック18の弾が尽き、けたたましい発砲音が鳴り止む。装弾は自然回復機能に任せ、私自身は接近戦を挑もう。

 グロック18を左手のみで持ち、空いた右手で腰のソードの柄を取る。刀身を出しながら叫ぶ。

「地獄に逝け……!」

 私は猛スピードで突っ走る。今のレーヴェは接近戦用の武器を持たず、おまけに、スエナたちとやり合ったせいで精神的に疲れている。
 これなら勝てる。捨て駒に使ったスエナたちのためにも、必ず奴を斬り殺す!





引用元
『一九八四年』、ハヤカワepi文庫
著者:ジョージ・オーウェル、訳者:高橋和久
出版:早川書房、第三十六刷

引用
ページ:415
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