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第8章 マフィア・ラプソディ
第127話 ダーク・ウェブ探索 The abyss of the Internet
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その部屋の床は白いリノリウムだ。よく掃除されてきれいに磨かれている。
部屋の隅にはコンピューターやサーバーがあり、高度な静音化技術によって殆ど音を立てずに稼働している。
そして、部屋の中央には黒い椅子が数脚。いわゆるリクライニング・チェアで、特別調査室で理堂やデンマが使っていたのと似たような形状だ。
どの椅子の後ろにも縦長のコンピューターが1台ずつ置かれている。各コンピューターは数本のケーブルによって椅子と繋がり、電気信号をやり取りしている。
今それらの1つにウーファンが座っている。両手を椅子の肘に置き、背もたれを倒し、目を閉じた状態だ。
右耳下部と左耳下部のソケットからはそれぞれ1本ずつのケーブルが伸び、椅子のソケットに挿さり、脳から出力された情報をコンピューターへ届ける役を果たす。
ウーファンは何をしているのか? セサミ用に特別改造されたこの椅子を使って意識をネットに潜らせ、情報収集を行っているのだ。
視点を現実世界からネットの電脳世界へと移してみよう。すると彼女が今どのように活動しているかがわかる。
ネット空間というのは宇宙に似ている。何の障害もない広大無辺な場所で、ウーファンはそこを漂う宇宙飛行士だ。
しかし色は黒ではない。しばしば使われる表現を引っ張り出すなら、ぬくもりの感じられるオレンジ。見ていてほっとする印象がある。
彼女はこの色が好きだ。質の良いマッサージ店でサービスを受けている時のような気分になれるからだ。
現実世界もこれくらいキレイだったらよかったのに。どうして日本の都会は灰色で、狭くて小さくてゴミゴミしてるんだろう? 子どもが粘土で雑にこしらえたみたい。
できるならずっとネットの世界にいたいなぁと思う。だが人が真の意味で存在できる場所は現実世界のみだ。どんなに辛くてもそこで生きるしかない。
嫌な話だ。ブルーになってしまう。そんな時、ウーファンのそばにいる少女型フェアリー(電脳空間でユーザーの手伝いをするプログラム)が話しかけてくる。
「大将~、いつまでボーッとしてんの~?」
「あぁごめん、ちょっとね……」
「お仕事あるんでしょー? さっさと済ませようよぉ」
「分ぁかってるって! いこう!」
ウーファンの目の前にインターネット・ブラウザーが表示される。形状は、かつてよく利用されたファイアフォックスやクロームと大差ない。使い方もだ。
異なる点は、脳波によって超高速で操作できること。それともう一つ、ダーク・ウェブにアクセスできる特別品であるということ。
インターネットにはダーク・ウェブと呼ばれる地帯があり、そこには実にいろいろな情報が存在する。
比較的善良なものなら、悪徳企業や政治家に関する内部告発。危険なものは枚挙に暇がない、殺人動画、麻薬、児童ポルノ、まさにこの世の闇の集積地だ。
ただ閲覧するだけでも気が抜けない。油断していると悪意ある誰かにコンピューターやスマホを乗っ取られたり、ウイルスを送りこまれたりする。
また、情報局によるパトロールや他国の警察によるおとり捜査といったリスクもある。しっかり暗号化通信や身元の匿名化を行ってもなお危険な所なのだ。
こんなところにウーファンが来たのは、例の盗難事件に関するインテルを手に入れるためだが、さて、見つかるか。
いくつかのサイトを閲覧して回る。これといったものはなさそうだ。あるサイトの書きこみに興味深いリンクが貼られているのを見つけ、新しいタブで開く。
フェアリーが何かに反応して素早く点滅し、警告する。
「ちょっとぉ! 危ないって!」
ウイルスに襲われたことを示すレポートの画面がブラウザー横に表示される。もっとも、フェアリーが防いでくれたおかげでトラブルにならずにすんだ。
「大将~、あんまりあたしに迷惑かけないでよね~」
「何いってんの、ウイルスやっつけるのがあんたの仕事じゃん」
「そーだけどさぁ、もうちょい慎重になってよねぇ」
「はいはい、気をつけますよ、っと……」
適当に答えつつこのサイトを調べる。ここは臓器売買を主に取り扱う掲示板らしく、少数ながらも日本での取引を希望する書き込みもある。
もしかすると今後なにかの役に立ちそうな話があるかもしれない。ウーファンはフェアリーに命じる。
「使えそうなインテルを集めて。後でチェックする」
「かしこまりです!」
「特に肝臓の取引を重点的にね」
「なにか理由があるんですか~?」
「最近あれ供給が少ないからね。相場の5割増しだろうと買うって人がいてもおかしくない」
「了解ですぅ」
「さて……」
これ以上ここにいても成果はなさそうだ、別のサイトへ行こう。そう思った時、フェアリーが言い始める。
「大将、大将。メールが1通きましたよ」
「どんな感じの?」
「それがですねぇ、なんかヤバい雰囲気で……」
「んなもんすぐ捨ててって言ってるでしょ!」
「でも例のブリキ野郎からですよ?」
「えぇ……?」
他の奴からのメールならともかく、ブリキ野郎では無視できない。面倒だがいったんダーク・ウェブから退去して、落ち着いた環境でそのメールを読むべきだろう。
ウーファンは「ったく」と文句を言い、ブラウザーを閉じる。トラッキングの防止その他の面倒ごとはすべてフェアリーが処理してくれる、気にしなくていい。
部屋の隅にはコンピューターやサーバーがあり、高度な静音化技術によって殆ど音を立てずに稼働している。
そして、部屋の中央には黒い椅子が数脚。いわゆるリクライニング・チェアで、特別調査室で理堂やデンマが使っていたのと似たような形状だ。
どの椅子の後ろにも縦長のコンピューターが1台ずつ置かれている。各コンピューターは数本のケーブルによって椅子と繋がり、電気信号をやり取りしている。
今それらの1つにウーファンが座っている。両手を椅子の肘に置き、背もたれを倒し、目を閉じた状態だ。
右耳下部と左耳下部のソケットからはそれぞれ1本ずつのケーブルが伸び、椅子のソケットに挿さり、脳から出力された情報をコンピューターへ届ける役を果たす。
ウーファンは何をしているのか? セサミ用に特別改造されたこの椅子を使って意識をネットに潜らせ、情報収集を行っているのだ。
視点を現実世界からネットの電脳世界へと移してみよう。すると彼女が今どのように活動しているかがわかる。
ネット空間というのは宇宙に似ている。何の障害もない広大無辺な場所で、ウーファンはそこを漂う宇宙飛行士だ。
しかし色は黒ではない。しばしば使われる表現を引っ張り出すなら、ぬくもりの感じられるオレンジ。見ていてほっとする印象がある。
彼女はこの色が好きだ。質の良いマッサージ店でサービスを受けている時のような気分になれるからだ。
現実世界もこれくらいキレイだったらよかったのに。どうして日本の都会は灰色で、狭くて小さくてゴミゴミしてるんだろう? 子どもが粘土で雑にこしらえたみたい。
できるならずっとネットの世界にいたいなぁと思う。だが人が真の意味で存在できる場所は現実世界のみだ。どんなに辛くてもそこで生きるしかない。
嫌な話だ。ブルーになってしまう。そんな時、ウーファンのそばにいる少女型フェアリー(電脳空間でユーザーの手伝いをするプログラム)が話しかけてくる。
「大将~、いつまでボーッとしてんの~?」
「あぁごめん、ちょっとね……」
「お仕事あるんでしょー? さっさと済ませようよぉ」
「分ぁかってるって! いこう!」
ウーファンの目の前にインターネット・ブラウザーが表示される。形状は、かつてよく利用されたファイアフォックスやクロームと大差ない。使い方もだ。
異なる点は、脳波によって超高速で操作できること。それともう一つ、ダーク・ウェブにアクセスできる特別品であるということ。
インターネットにはダーク・ウェブと呼ばれる地帯があり、そこには実にいろいろな情報が存在する。
比較的善良なものなら、悪徳企業や政治家に関する内部告発。危険なものは枚挙に暇がない、殺人動画、麻薬、児童ポルノ、まさにこの世の闇の集積地だ。
ただ閲覧するだけでも気が抜けない。油断していると悪意ある誰かにコンピューターやスマホを乗っ取られたり、ウイルスを送りこまれたりする。
また、情報局によるパトロールや他国の警察によるおとり捜査といったリスクもある。しっかり暗号化通信や身元の匿名化を行ってもなお危険な所なのだ。
こんなところにウーファンが来たのは、例の盗難事件に関するインテルを手に入れるためだが、さて、見つかるか。
いくつかのサイトを閲覧して回る。これといったものはなさそうだ。あるサイトの書きこみに興味深いリンクが貼られているのを見つけ、新しいタブで開く。
フェアリーが何かに反応して素早く点滅し、警告する。
「ちょっとぉ! 危ないって!」
ウイルスに襲われたことを示すレポートの画面がブラウザー横に表示される。もっとも、フェアリーが防いでくれたおかげでトラブルにならずにすんだ。
「大将~、あんまりあたしに迷惑かけないでよね~」
「何いってんの、ウイルスやっつけるのがあんたの仕事じゃん」
「そーだけどさぁ、もうちょい慎重になってよねぇ」
「はいはい、気をつけますよ、っと……」
適当に答えつつこのサイトを調べる。ここは臓器売買を主に取り扱う掲示板らしく、少数ながらも日本での取引を希望する書き込みもある。
もしかすると今後なにかの役に立ちそうな話があるかもしれない。ウーファンはフェアリーに命じる。
「使えそうなインテルを集めて。後でチェックする」
「かしこまりです!」
「特に肝臓の取引を重点的にね」
「なにか理由があるんですか~?」
「最近あれ供給が少ないからね。相場の5割増しだろうと買うって人がいてもおかしくない」
「了解ですぅ」
「さて……」
これ以上ここにいても成果はなさそうだ、別のサイトへ行こう。そう思った時、フェアリーが言い始める。
「大将、大将。メールが1通きましたよ」
「どんな感じの?」
「それがですねぇ、なんかヤバい雰囲気で……」
「んなもんすぐ捨ててって言ってるでしょ!」
「でも例のブリキ野郎からですよ?」
「えぇ……?」
他の奴からのメールならともかく、ブリキ野郎では無視できない。面倒だがいったんダーク・ウェブから退去して、落ち着いた環境でそのメールを読むべきだろう。
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