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第2章 2084年
第49話 知りたがりはうざがられる Capital punishment
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翌日の出勤は、熊里にとって実に楽しいものだった。……上司の部屋に呼び出されるまでは。
くたびれた中年の日本人男性、すなわち課長が、熊里へ憂うつそうに話しかける。
「若海の無断欠勤だが、もう気にしなくていい。さっき情報局から連絡がきた」
「えっ?」
「犯罪者やテロリストに誘拐された可能性が高い。そういう話だったよ……」
普通なら警察が対処するべき話を、なぜ情報局が扱っているのか?
そう思った瞬間、熊里は悟る。おそらく若海はLMに”怒られた”のだ。しかしそんな現実は認めたくない。だから愚問を発する。
「あの……。若海は見つかるんでしょうか?」
「さぁな。まぁ無駄話はいいから、こいつを持ってけ」
課長は机の引き出しを開け、小さな棒型の機械(フラッシュ・ドライブ)を取り出し、熊里に差しだす。
「早く中身を確かめろ。じゃあな」
これでは納得がいかない。熊里は質問しようとする、しかし課長は言う。
「いいからさっさと行け。お前も”一人前の大人”なら、こういう時はどうすべきか、分かってるだろ?」
「……はい」
うなずき、熊里はドライブを手に退室する。課長はその様子を黙って見つめている……哀れとも悲しみとも解釈できる顔をしながら。
カメラだらけの世の中とはいえ、さすがにトイレの中にはない。
かわりに盗聴マイクが仕掛けられている可能性があるが、それでも比較的プライバシーのある空間といえる。
だから熊里はトイレを訪れ、ふたの閉まった便器に腰かけた。
上着のポケットから先ほどのドライブを取り出す。左耳の後ろのソケットに挿入、脳波で中を探り、あるデータを開く。
課長の姿が小さな立体映像として宙に浮かぶ。これは熊里の脳だけが見ている映像だ、もしここに他人がいても課長を見ることはできない。
データの再生を始める。課長が喋り出す。
(お前が知っているように、若海は深入りしすぎた。だからLMに”怒られた”のは、まぁ当然だな。知りたがりはうざがられる……)
どこかの風景の映像が見える。そこには一軒の化学工場があり、煙突から汚い煙を吐いている。
(俺だって、この地域が汚染されてるのは知ってるよ。でも騒いで何になる?
どうせ若海みたいに”怒られる”のが落ちだ。諦めるしかねぇ……)
映像が切り替わる。空を飛び交う数機のドローンの姿が見える。
(空からはこれが監視してるし、地上はカメラと盗聴マイクだらけ。LMは俺たちのどんな動きもお見通し。
だから彼女にばれないよう、若海は慎重に行動した。
ま、敢闘むなしく”怒られた”がね。でも、少なくともお前の目は誤魔化せてたな。いつだったかなぁ、あいつこんなこと言ってたよ。
”熊里主任と話して分かったのは、主任はなにも分かってくれないってことです。
だから、難しい問題が出てきたら、私一人だけで頑張ります。主任の力をアテにはしません”
お前と若海の間で何があったか、俺はよぅ知らん。でも、あいつがお前に見切りをつけ、一人でこそこそ何かやってたってのは分かる。
いや、お前を責めてるわけじゃない。まぁそれはそれとしてだ。これは不確かな情報だがね。
若海は水道汚染の証拠をネットにばら撒く寸前だったらしい。
そこまで事態が発展したら、そりゃLMは動くさ。情報局を使い、企業がダメージを受ける前に対処する。それが彼女のお仕事だものな……)
映像が消える。熊里の真正面に課長が来て話す。
(ま、あまり気に病むな。なるべくしてなったことだ、しょうがない。
そういやお前ってゲーム好きなんだろ? 次のボーナスはたんまり出る、それで課金して楽しめよ。嫌なことなんて忘れちまえ。
俺たちが従順な良い子でいる限り、リトル・マザーは愛して守ってくれるんだからよ……)
データの再生が終わる。課長の映像が消える。
熊里は座ったまま動こうとしない。うつろな視線が宙をさ迷っている。
この件があってから数週間後、熊里はある事件によって、若海の姿をテレビで見ることとなる。それは変則的な形だが、ともかく再会には違いない。
では、具体的にどんな事件なのか? いずれ明らかにされるだろう。
くたびれた中年の日本人男性、すなわち課長が、熊里へ憂うつそうに話しかける。
「若海の無断欠勤だが、もう気にしなくていい。さっき情報局から連絡がきた」
「えっ?」
「犯罪者やテロリストに誘拐された可能性が高い。そういう話だったよ……」
普通なら警察が対処するべき話を、なぜ情報局が扱っているのか?
そう思った瞬間、熊里は悟る。おそらく若海はLMに”怒られた”のだ。しかしそんな現実は認めたくない。だから愚問を発する。
「あの……。若海は見つかるんでしょうか?」
「さぁな。まぁ無駄話はいいから、こいつを持ってけ」
課長は机の引き出しを開け、小さな棒型の機械(フラッシュ・ドライブ)を取り出し、熊里に差しだす。
「早く中身を確かめろ。じゃあな」
これでは納得がいかない。熊里は質問しようとする、しかし課長は言う。
「いいからさっさと行け。お前も”一人前の大人”なら、こういう時はどうすべきか、分かってるだろ?」
「……はい」
うなずき、熊里はドライブを手に退室する。課長はその様子を黙って見つめている……哀れとも悲しみとも解釈できる顔をしながら。
カメラだらけの世の中とはいえ、さすがにトイレの中にはない。
かわりに盗聴マイクが仕掛けられている可能性があるが、それでも比較的プライバシーのある空間といえる。
だから熊里はトイレを訪れ、ふたの閉まった便器に腰かけた。
上着のポケットから先ほどのドライブを取り出す。左耳の後ろのソケットに挿入、脳波で中を探り、あるデータを開く。
課長の姿が小さな立体映像として宙に浮かぶ。これは熊里の脳だけが見ている映像だ、もしここに他人がいても課長を見ることはできない。
データの再生を始める。課長が喋り出す。
(お前が知っているように、若海は深入りしすぎた。だからLMに”怒られた”のは、まぁ当然だな。知りたがりはうざがられる……)
どこかの風景の映像が見える。そこには一軒の化学工場があり、煙突から汚い煙を吐いている。
(俺だって、この地域が汚染されてるのは知ってるよ。でも騒いで何になる?
どうせ若海みたいに”怒られる”のが落ちだ。諦めるしかねぇ……)
映像が切り替わる。空を飛び交う数機のドローンの姿が見える。
(空からはこれが監視してるし、地上はカメラと盗聴マイクだらけ。LMは俺たちのどんな動きもお見通し。
だから彼女にばれないよう、若海は慎重に行動した。
ま、敢闘むなしく”怒られた”がね。でも、少なくともお前の目は誤魔化せてたな。いつだったかなぁ、あいつこんなこと言ってたよ。
”熊里主任と話して分かったのは、主任はなにも分かってくれないってことです。
だから、難しい問題が出てきたら、私一人だけで頑張ります。主任の力をアテにはしません”
お前と若海の間で何があったか、俺はよぅ知らん。でも、あいつがお前に見切りをつけ、一人でこそこそ何かやってたってのは分かる。
いや、お前を責めてるわけじゃない。まぁそれはそれとしてだ。これは不確かな情報だがね。
若海は水道汚染の証拠をネットにばら撒く寸前だったらしい。
そこまで事態が発展したら、そりゃLMは動くさ。情報局を使い、企業がダメージを受ける前に対処する。それが彼女のお仕事だものな……)
映像が消える。熊里の真正面に課長が来て話す。
(ま、あまり気に病むな。なるべくしてなったことだ、しょうがない。
そういやお前ってゲーム好きなんだろ? 次のボーナスはたんまり出る、それで課金して楽しめよ。嫌なことなんて忘れちまえ。
俺たちが従順な良い子でいる限り、リトル・マザーは愛して守ってくれるんだからよ……)
データの再生が終わる。課長の映像が消える。
熊里は座ったまま動こうとしない。うつろな視線が宙をさ迷っている。
この件があってから数週間後、熊里はある事件によって、若海の姿をテレビで見ることとなる。それは変則的な形だが、ともかく再会には違いない。
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