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4話 羽化なんてしたくない But the time forces me
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気づけばまた僕は真っ暗闇の世界にいる。はいはい、今はセミの幼虫ってことだろ? だったらそう生きさせていただこうじゃないの。
手近な植物の根っこにクチバシを刺し、ちゅうちゅう汁を吸う。さて、そろそろ頃合いだろう。
(よう、こんちは)
わかってるって。
(おう、こんちは)
(今日は調子いいんだな)
(まあね)
(それでさ、こないだの話の続きだけど)
(羽化のこと?)
(他に何があるよ?)
(はは……)
(いいかげん俺たちも羽化しなくちゃならないよ。そうだろう?)
(わかってるって……)
羽化。死亡率2割。クソッ、嫌だよそんなの。なんでやらなくちゃならん?
僕は少し強い語調で言う。
(ねぇ、羽化する以外の方法ってないの?)
(どういうこと?)
(僕は羽化しないでオトナになりたいんだよ)
(無茶言うねぇ……。そんな都合のいい話あるわけないだろ)
(羽化に失敗したら死んじゃうんだよ? こんなハイ・リスクなやり方、絶対おかしいって)
(んなこといったってさ、他に何もないって。つべこべ言わずに羽化するんだよ)
(やだ)
(子どもじゃないんだから……)
(やだ、やだって絶対! 僕は死にたくない)
(落ち着けよ、死なないって。ばっちり成功するから……)
(なんで君はそんなに能天気に考えられるんだ? 成功を信じてられる?)
(だって俺たちここまで無事に生き残ったんだぜ? この幸運があれば羽化ごとき大したことねぇよ)
(違う、それは違う! 君は知らないのかもしれんが、羽化ってのは2割の確率で失敗しちゃうんだ、死んじゃうんだ。こんなん絶対やばいでしょ!)
(2割ねぇ……)
(僕は知ってるぜ。失敗したらどんなに悲惨かを。たとえば……)
この前スマホで調べたことを思い出す。インターネットは便利なもので、検索すれば大概のことがわかる。
羽化に失敗したセミの幼虫の姿だって、うんざりするくらいたっぷり見つかる。そして僕はあの時たくさんの写真を見て、しっかり記憶に刻みこんだんだ。
一枚ずつ説明してやろうじゃないか。
(たとえば、脱皮の途中で羽をきちんと伸ばせなくて、変な形で固まってしまう奴がいる)
(それって生きてけんの?)
(飛べないんだからもちろん無理だ。死ぬ)
(へぇ……)
(他にもいろいろだ。脱皮のために殻を破ろうとして、力が足りなくて破れず、そのまま幼虫の姿で死ぬ奴。
どうにか脱皮に成功したが、濡れた体を乾かしている途中で地面に落ち、他の虫に襲われて死ぬ奴。
地上に出てきたはいいけどそこで元気が尽きちゃって、木登りする前に死ぬ奴。
もっと単純に、羽化の最中に天敵に見つかって食い殺される奴)
(うひゃー!)
(いいかい、君。羽化に失敗したらこういうことになるんだ。それなのにしろと?)
(お前が言いたいことは分かるさ。不安に思う気持ちも。
でもさ、結局ね、さっき言ったとおりに羽化以外のオトナになる方法はないし、俺たちはいつかオトナにならなくちゃいけない。
いつまでも先送りしてらんねぇんだ。どこかで覚悟決めて地上を目指し、木を登ってぶら下がり、殻を破って羽を伸ばし、体を乾かし……。
そういう一連の手続きをやらなくちゃいけない)
(やだよ。やだって。ねぇ、なんで命をかけてまで、オトナにならなくちゃいけないんだい? 羽化しなくちゃならん?)
(いつまでも子どもではいられないからだ)
(そりゃそういう理屈はわかるよ。でもさ、わかった、じゃあ君に聞こう。君は羽化についてどう思ってんだ。やりたいのか?)
(俺の意見か……)
少しの沈黙。その後、彼は語り始める。
(そりゃあまぁ、いくらか不安はあるさ。でも、やらなくちゃいけないことだろ? だったら四の五の言ってねぇでやるしかねぇ、だからやる。そう思ってる)
(乱暴だよ!)
(乱暴だろうと横暴だろうと、とにかく他に方法はない、やるしかない。さっきからそう言ってるだろ! どんなに嫌でもやるんだよ!)
(2割の確率で死ぬとしてもか!)
(8割を信じればいい!)
(死んじゃったらどうしようもないんだぞ!? それなのによくそんなことが言える!)
(あのさぁ、さっきから聞いてればさ、お前いったい何なの? そんなにオトナが嫌か!)
(オトナとかそういう問題じゃない!
僕はただ、どうして生きていかなくちゃいけないか、オトナにならなくちゃいけないか、そうまでして頑張らないといけないか、そういったことに疑問を覚えていて、だから……)
あぁ、眠気が襲ってくる。僕をどこかに連れ去っていく。
ちくしょう……いったいどうしてこんなことに……なんでセミの幼虫なんかに……羽化……オトナ……。
死にたくないよ……。
手近な植物の根っこにクチバシを刺し、ちゅうちゅう汁を吸う。さて、そろそろ頃合いだろう。
(よう、こんちは)
わかってるって。
(おう、こんちは)
(今日は調子いいんだな)
(まあね)
(それでさ、こないだの話の続きだけど)
(羽化のこと?)
(他に何があるよ?)
(はは……)
(いいかげん俺たちも羽化しなくちゃならないよ。そうだろう?)
(わかってるって……)
羽化。死亡率2割。クソッ、嫌だよそんなの。なんでやらなくちゃならん?
僕は少し強い語調で言う。
(ねぇ、羽化する以外の方法ってないの?)
(どういうこと?)
(僕は羽化しないでオトナになりたいんだよ)
(無茶言うねぇ……。そんな都合のいい話あるわけないだろ)
(羽化に失敗したら死んじゃうんだよ? こんなハイ・リスクなやり方、絶対おかしいって)
(んなこといったってさ、他に何もないって。つべこべ言わずに羽化するんだよ)
(やだ)
(子どもじゃないんだから……)
(やだ、やだって絶対! 僕は死にたくない)
(落ち着けよ、死なないって。ばっちり成功するから……)
(なんで君はそんなに能天気に考えられるんだ? 成功を信じてられる?)
(だって俺たちここまで無事に生き残ったんだぜ? この幸運があれば羽化ごとき大したことねぇよ)
(違う、それは違う! 君は知らないのかもしれんが、羽化ってのは2割の確率で失敗しちゃうんだ、死んじゃうんだ。こんなん絶対やばいでしょ!)
(2割ねぇ……)
(僕は知ってるぜ。失敗したらどんなに悲惨かを。たとえば……)
この前スマホで調べたことを思い出す。インターネットは便利なもので、検索すれば大概のことがわかる。
羽化に失敗したセミの幼虫の姿だって、うんざりするくらいたっぷり見つかる。そして僕はあの時たくさんの写真を見て、しっかり記憶に刻みこんだんだ。
一枚ずつ説明してやろうじゃないか。
(たとえば、脱皮の途中で羽をきちんと伸ばせなくて、変な形で固まってしまう奴がいる)
(それって生きてけんの?)
(飛べないんだからもちろん無理だ。死ぬ)
(へぇ……)
(他にもいろいろだ。脱皮のために殻を破ろうとして、力が足りなくて破れず、そのまま幼虫の姿で死ぬ奴。
どうにか脱皮に成功したが、濡れた体を乾かしている途中で地面に落ち、他の虫に襲われて死ぬ奴。
地上に出てきたはいいけどそこで元気が尽きちゃって、木登りする前に死ぬ奴。
もっと単純に、羽化の最中に天敵に見つかって食い殺される奴)
(うひゃー!)
(いいかい、君。羽化に失敗したらこういうことになるんだ。それなのにしろと?)
(お前が言いたいことは分かるさ。不安に思う気持ちも。
でもさ、結局ね、さっき言ったとおりに羽化以外のオトナになる方法はないし、俺たちはいつかオトナにならなくちゃいけない。
いつまでも先送りしてらんねぇんだ。どこかで覚悟決めて地上を目指し、木を登ってぶら下がり、殻を破って羽を伸ばし、体を乾かし……。
そういう一連の手続きをやらなくちゃいけない)
(やだよ。やだって。ねぇ、なんで命をかけてまで、オトナにならなくちゃいけないんだい? 羽化しなくちゃならん?)
(いつまでも子どもではいられないからだ)
(そりゃそういう理屈はわかるよ。でもさ、わかった、じゃあ君に聞こう。君は羽化についてどう思ってんだ。やりたいのか?)
(俺の意見か……)
少しの沈黙。その後、彼は語り始める。
(そりゃあまぁ、いくらか不安はあるさ。でも、やらなくちゃいけないことだろ? だったら四の五の言ってねぇでやるしかねぇ、だからやる。そう思ってる)
(乱暴だよ!)
(乱暴だろうと横暴だろうと、とにかく他に方法はない、やるしかない。さっきからそう言ってるだろ! どんなに嫌でもやるんだよ!)
(2割の確率で死ぬとしてもか!)
(8割を信じればいい!)
(死んじゃったらどうしようもないんだぞ!? それなのによくそんなことが言える!)
(あのさぁ、さっきから聞いてればさ、お前いったい何なの? そんなにオトナが嫌か!)
(オトナとかそういう問題じゃない!
僕はただ、どうして生きていかなくちゃいけないか、オトナにならなくちゃいけないか、そうまでして頑張らないといけないか、そういったことに疑問を覚えていて、だから……)
あぁ、眠気が襲ってくる。僕をどこかに連れ去っていく。
ちくしょう……いったいどうしてこんなことに……なんでセミの幼虫なんかに……羽化……オトナ……。
死にたくないよ……。
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