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第一章 おーい西詰、野球しようぜ!
第2話-2 快感を追い続けろ
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いよいよ白チームの攻撃が始まる。一番バッターは俊足のデイビッド、内野安打だろうと四球だろうと、とにかく塁に出ることを狙っていきたいところだ。
対戦相手のピッチャーがボールを投げる。九十キロ後半のまぁまぁな速球は、外角の少し高めのボール球となる。続いての二球目、今度は内角低めに決まってストライク。これでボール・ワンのストライク・ワン、勝負はまだこれからといえる。
三球目、外角に投げられたそれはストライク・ゾーンのかなり下を駆け抜けてボール球となる。次の四球目は内角の少し高めに投げられてストライクとなり、これでツー・ツー。バッター不利のカウントである。
ベンチで見物中の西詰は矢井場に感想を述べる。
「なんか消極的ですね……。ぜんぜんバットが動いてない」
「あれがあいつのやり方なんだ。打てそうな球が来るまでじっと待ち、チャンスと思った時に初めてバットを動かす」
「うーん……。理解はできますけど、もうちょい攻めたほうがいいというか、何というか……」
五球目が投げられる。それは外角の低めへ向かって空中を突き進む、ストライクになるかボールか判断の難しい一球だ。山阪なら手を出したであろうその球を、デイビッドは冷静な顔で見送る。審判が下した判断は……「ボール!」。これでフル・カウントとなる。
ここでピッチャーがボール球を出せばフォアボールで一塁へ進めるが、しかし、三振狙いでストライクを取りに来る可能性も当然存在している。さて、六球目はどうなるのか。
ピッチャーの投球、少しコントロールが乱れたか、そのボールは内角の高めに飛んでいく。なかなか打ちやすそうなそれを見たデイビッドはついに動く、バットを振って……空振り! 三振! アウト! 彼はすごすごと打席から出てベンチに戻っていく。
矢井場は思わずため息を漏らす。
「はぁー……。悪口じゃねぇけど、これがあいつの問題点というか、打率が低い原因なんだよなぁ……」
悲しいかな、デイビッドは選球眼こそいいものの、打撃技術が低いのだ。打席に立っていたのが山阪なら、あんな高めにきた甘いボール、思いっきり引っぱたいて外野へ飛ばしていただろう。
二番バッターが打席へ向かうのを見ながら、西詰は内心で(この試合……俺の白チームは勝てるのだろうか)と思い、不安になるのだった。
試合は少しずつ進んでいく。現在は五回の表、赤チームの攻撃だ。イニングが始まる前に、矢井場は、スタミナの尽きた岩川に交代を命じる。代わって登板するのは西詰、ついに出番が回ってきた。
彼は緊張しながらマウンドへ歩いていこうとする。その時、小走りで近寄ってきた谷下が声をかける。
「リラックスだよ、西詰くん。君が久しぶりに野球するってのはみんなが知ってるんだ。打たれたって誰も責めたりしない」
「でも……」
「リラックス、リラックス! 野球を楽しむことだけ考えるんだ。そうすれば結果なんて自然についてくる」
谷下はにっこりと笑う。西詰は返答する。
「……はい!」
得点の状況は、赤チーム三点の白チーム五点。このまま逃げ切れれば白の勝利となる。これから西詰が相手をするのは六番から始まる下位打線だが、果たして抑えられるのか。右投げ右打ちの彼は、不安を誤魔化そうとして右手の中のボールを握る。
谷下から西詰に簡易サインでの指示が飛ぶ。内容は、外角へ投げろ。高さは指定されていない、球種などもない。そもそもそんなサインなど彼ら二人の間では取り決められていない。内角か、あるいは外角か、それを指示するだけの本当に簡易なサインだ。
少年野球だってもう少しレベルの高いサインを使うだろう。それでも、何をどこへ投げればいいかいいか分からない西詰にとってはありがたいものだ。
そもそもこれは、バッターとの勝負における実用性より、谷下がサポートしてくれているという安心感を西詰に与えるために設定されたのだ。だから複雑なものなど必要ない、最低限で十分なのだ。
西詰は意を決し、セット・ポジションの態勢になる。昔の感覚を思い出しながら体を動かし、腕を振ってボールを投げる。八十キロ台の直球はゆるゆると飛んで谷下のミットに収まり、審判が叫ぶ。「ボール!」。
谷下から球が投げ返される。西詰はそれを捕り、もう一度セット・ポジションになる。投球、ボール球。さらにもう一球、またもボール。これでボール・スリーのストライク・ゼロ、圧倒的にピッチャー不利のカウントとなる。フォアボールを出すかもしれない、そんな不安が西詰を襲う。
彼は思う、今度こそストライクを取るのだと。投げ返されたボールを手に、ゆっくりと深呼吸して心を鎮める。そして四球目を投げる、ボールはしっかりとした軌道を描いて飛び、谷下のミットに収まる。さて、審判の判定は如何に?
「ストライク!」
それは、世間のどこにでもあるようなストライク。だが西詰にとっては大きな意味のあるストライクだ。練習ではなく本番でストライクを取った、なら、今後もちゃんと取っていける。そう思えば気持ちが楽になるからだ。
無意識のうちに感じていた彼の緊張が消え去る。ここから先は容易い、思うままに投げ、勝負すればいいのだ。
続いての五球目、ストライク、これでフル・カウント。そしてトドメの一球、ストライク狙いで外角へ投げる。運が良かったのだろうか、それは低めに飛んで、ストライク・ゾーンの隅へ向かっていく。草野球のレベルなら打ち辛いところだ。
バッターは見逃し三振を嫌ってバットを振っていく。タイミングはバッチリ、だがスイングの高さが球に対して足りない。バットは球の一つ上を駆け抜けてむなしく空を切る。
「ストライク・スリー!」
それはお世辞にも上手なピッチングではなかったが、とにかく西詰は三振を取ったのだ。中学で野球をやっていた頃の感覚が蘇ってくる。彼は内心で思う。
(投げる、追い込む、三振を奪う。これだよな、ピッチングの醍醐味って……!)
まさにその通りだ。そして、ピッチャーはこの快感を追い続けるために戦うのだ。西詰はそれを思い出した、見失うことはもうないだろう。
対戦相手のピッチャーがボールを投げる。九十キロ後半のまぁまぁな速球は、外角の少し高めのボール球となる。続いての二球目、今度は内角低めに決まってストライク。これでボール・ワンのストライク・ワン、勝負はまだこれからといえる。
三球目、外角に投げられたそれはストライク・ゾーンのかなり下を駆け抜けてボール球となる。次の四球目は内角の少し高めに投げられてストライクとなり、これでツー・ツー。バッター不利のカウントである。
ベンチで見物中の西詰は矢井場に感想を述べる。
「なんか消極的ですね……。ぜんぜんバットが動いてない」
「あれがあいつのやり方なんだ。打てそうな球が来るまでじっと待ち、チャンスと思った時に初めてバットを動かす」
「うーん……。理解はできますけど、もうちょい攻めたほうがいいというか、何というか……」
五球目が投げられる。それは外角の低めへ向かって空中を突き進む、ストライクになるかボールか判断の難しい一球だ。山阪なら手を出したであろうその球を、デイビッドは冷静な顔で見送る。審判が下した判断は……「ボール!」。これでフル・カウントとなる。
ここでピッチャーがボール球を出せばフォアボールで一塁へ進めるが、しかし、三振狙いでストライクを取りに来る可能性も当然存在している。さて、六球目はどうなるのか。
ピッチャーの投球、少しコントロールが乱れたか、そのボールは内角の高めに飛んでいく。なかなか打ちやすそうなそれを見たデイビッドはついに動く、バットを振って……空振り! 三振! アウト! 彼はすごすごと打席から出てベンチに戻っていく。
矢井場は思わずため息を漏らす。
「はぁー……。悪口じゃねぇけど、これがあいつの問題点というか、打率が低い原因なんだよなぁ……」
悲しいかな、デイビッドは選球眼こそいいものの、打撃技術が低いのだ。打席に立っていたのが山阪なら、あんな高めにきた甘いボール、思いっきり引っぱたいて外野へ飛ばしていただろう。
二番バッターが打席へ向かうのを見ながら、西詰は内心で(この試合……俺の白チームは勝てるのだろうか)と思い、不安になるのだった。
試合は少しずつ進んでいく。現在は五回の表、赤チームの攻撃だ。イニングが始まる前に、矢井場は、スタミナの尽きた岩川に交代を命じる。代わって登板するのは西詰、ついに出番が回ってきた。
彼は緊張しながらマウンドへ歩いていこうとする。その時、小走りで近寄ってきた谷下が声をかける。
「リラックスだよ、西詰くん。君が久しぶりに野球するってのはみんなが知ってるんだ。打たれたって誰も責めたりしない」
「でも……」
「リラックス、リラックス! 野球を楽しむことだけ考えるんだ。そうすれば結果なんて自然についてくる」
谷下はにっこりと笑う。西詰は返答する。
「……はい!」
得点の状況は、赤チーム三点の白チーム五点。このまま逃げ切れれば白の勝利となる。これから西詰が相手をするのは六番から始まる下位打線だが、果たして抑えられるのか。右投げ右打ちの彼は、不安を誤魔化そうとして右手の中のボールを握る。
谷下から西詰に簡易サインでの指示が飛ぶ。内容は、外角へ投げろ。高さは指定されていない、球種などもない。そもそもそんなサインなど彼ら二人の間では取り決められていない。内角か、あるいは外角か、それを指示するだけの本当に簡易なサインだ。
少年野球だってもう少しレベルの高いサインを使うだろう。それでも、何をどこへ投げればいいかいいか分からない西詰にとってはありがたいものだ。
そもそもこれは、バッターとの勝負における実用性より、谷下がサポートしてくれているという安心感を西詰に与えるために設定されたのだ。だから複雑なものなど必要ない、最低限で十分なのだ。
西詰は意を決し、セット・ポジションの態勢になる。昔の感覚を思い出しながら体を動かし、腕を振ってボールを投げる。八十キロ台の直球はゆるゆると飛んで谷下のミットに収まり、審判が叫ぶ。「ボール!」。
谷下から球が投げ返される。西詰はそれを捕り、もう一度セット・ポジションになる。投球、ボール球。さらにもう一球、またもボール。これでボール・スリーのストライク・ゼロ、圧倒的にピッチャー不利のカウントとなる。フォアボールを出すかもしれない、そんな不安が西詰を襲う。
彼は思う、今度こそストライクを取るのだと。投げ返されたボールを手に、ゆっくりと深呼吸して心を鎮める。そして四球目を投げる、ボールはしっかりとした軌道を描いて飛び、谷下のミットに収まる。さて、審判の判定は如何に?
「ストライク!」
それは、世間のどこにでもあるようなストライク。だが西詰にとっては大きな意味のあるストライクだ。練習ではなく本番でストライクを取った、なら、今後もちゃんと取っていける。そう思えば気持ちが楽になるからだ。
無意識のうちに感じていた彼の緊張が消え去る。ここから先は容易い、思うままに投げ、勝負すればいいのだ。
続いての五球目、ストライク、これでフル・カウント。そしてトドメの一球、ストライク狙いで外角へ投げる。運が良かったのだろうか、それは低めに飛んで、ストライク・ゾーンの隅へ向かっていく。草野球のレベルなら打ち辛いところだ。
バッターは見逃し三振を嫌ってバットを振っていく。タイミングはバッチリ、だがスイングの高さが球に対して足りない。バットは球の一つ上を駆け抜けてむなしく空を切る。
「ストライク・スリー!」
それはお世辞にも上手なピッチングではなかったが、とにかく西詰は三振を取ったのだ。中学で野球をやっていた頃の感覚が蘇ってくる。彼は内心で思う。
(投げる、追い込む、三振を奪う。これだよな、ピッチングの醍醐味って……!)
まさにその通りだ。そして、ピッチャーはこの快感を追い続けるために戦うのだ。西詰はそれを思い出した、見失うことはもうないだろう。
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