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ローダンセ
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塔坂が倒れてから3日後。俺は台本をコピーし、部員のみんなに配った。部活が始まり、様々な思いが交錯する中、大佳先輩から挨拶があった。
「台本が素晴らしいものなら演者もそれに答えないといけない。だから今日から土日以外部活にします。塔坂君がいつ来れるか分からないけど来たらあっと驚くような芝居が出来るように頑張りましょう」
部員全員が前を向く。文化祭まで残り約3ヶ月。ここにいるみんなと、そして塔坂と一緒に作り上げていく。俺は気を引き締め台本を見る。塔坂が寝る間も惜しんで書いた台本を、決して無駄にしないよう、努力するしかない。大佳先輩の掛け声で練習は始まった。
「母さん、今日から土日以外は部活になったんだ。だから、その……」
口ごもる俺に母さんは呆れた様に、
「お弁当。作って欲しいんでしょ」
「あぁ…出来るかな…?」
母さんは笑って、
「当たり前でしょ。璃人が一生懸命な事は、私応援するって言ったもの」
いつぶりだろう、いつもより明るい母さんを見るのは。
「忙しくなるなら早めに行かないとね。……お父さんのお墓参り」
「そうだね。今週の日曜はどうかな?」
「土曜日は疲れて寝ていそうだからそうね。日曜日がいいわね」
優しい笑みで俺を見る。母さんが笑っている。それだけで俺は頑張れる。
「明日も早いから寝るね」
「おやすみ。璃人」
リビングを出て部屋へと急ぐ。今は部活に集中しよう。俺はドアを開け、ベッドに飛び込む。エアコンが効き涼しい部屋で俺は眠りについた。
いつも通り会議室に集まり練習を開始する。今回は主人公のクラウン・ポルカともう二人重要人物がいる。それは兄のケインと妹のルミアだった。ポルカに森で倒れているところを助けられ、部屋のベッドで目覚める場面。
「ここは……どこだ?」
ケインは辺りを見渡し確認する。妹のルミアは隣で寝ている。どうやら助けられたらしい。
「良かった。目が覚めたんだね」
部屋のドアを開けて入ってきたのは、一人の青年だった。
知らない人に顔を強張らせてまだ眠っている妹を守るケイン。その行動に青年はそばにあった椅子に座り、話しかける。
「君達、2日も眠ってたんだ。森で倒れていたんだけど覚えてない?」
その言葉にハッとする。途端、妹を起こし始める。
「ルミア!起きろ、ルミア!」
「……お、お兄ちゃん…?」
起きたルミアは寝ぼけながらポルカを見る。徐々に開いていく瞳が、怯えた顔になる。ぎゅっとケインの服を掴み後ろに隠れる。
「怖がらないで、僕は君達を襲わな」
「黙れ!!そうやって優しくしておいて俺達を捕まえにきたんだろ!?」
「ち、違うよ!ただ僕は君達を救いたいだけなんだ!」
「嘘だ。行くぞ、ルミア」
「え、お兄ちゃん…」
ベッドから降り、スタスタとドアまで歩くケイン。その後ろをたどたどしく歩くルミア。
ドアを開けさせないように、前に立つポルカ。
「そこをどけ」
「どかないよ。まだ怪我も治ってないじゃないか」
「良い人ぶるな。俺達はもう二人で生きていくって決めたんだ」
「それでも。今は休まないとダメだ」
言葉と言葉がぶつかり合う。ケインは苛立ち初め、ポルカを殴る。(フリ)
「……!」
それを見ていたルミアが間に入り、二人を見る。
「あの森は迷いの森と呼ばれてる。あそこを迷わずに、しかも夜も明けていないうちに私達を見つけたのだとしたらそれはこの森に住んでる人しか出来ないはずよ。そう…だよね?」
不安そうにポルカを見るルミア。ポルカはほっと息を吐き、笑みをこぼす。
「僕はポルカ。3年前からこの森に住んでる。あの時は朝にしか咲かない花を見つけに行こうとして二人を見つけたんだ。……これで少しは信じてくれるかな?」
ケインは不満そうに、腕を組み、
「俺はケイン・バロッサ。こっちは妹のルミアだ。今はここにいてやる。だがルミアの怪我が治ったら出て行く」
「お兄ちゃん!」
「それでいいよ。よろしくね」
ポルカは手を出す。それに応じたのは妹のルミアだった。ルミアはポルカを見て笑った。この子は信じてくれている。そう思ったポルカは二人を見て笑いかける。
「ここはみんな大丈夫そうだな」
瀬川先輩が声を出す。その一言に3人は息を吐く。
「すみません、古海先輩!殴る場面躊躇してしまって……」
「…大丈夫。あくまでフリだし。俺は二人に追い付くのに精一杯だったから」
兄のケインを演じる1年生。加賀美 唯斗は一年生の中でも明るく、そして俺によく話しかけてくる。途中から入った俺を先輩として見てくれて、こうしてお互い喋る場面では色々と意見を交わし合う。
「私も先輩の足を引っ張らないように頑張りますね」
そう言い俺の横に立つ妹のルミアを演じる1年生の南雲 日夏。
あまり喋る方ではないと思うけど、演じた時の声の張り方や周りをよく見て動く姿など、彼女なりに頑張っていると思う。
二人から学ばされる事は多い。二人に負けないように俺自身も頑張らないとな。
「古海!ちょっといいか?」
「…!はい!」
瀬川先輩に呼ばれ駆け足で向かう。
台本を持ちながら、俺を見る。
「次の場面、ポルカと兄妹が一緒に住み始めるシーンだが、ここは駆け足でも良いと思うんだ。最初はぎこちなかった三人だが、少しずつ仲良くなっていく姿を2分間ぐらいでやってもらいたい。台本にも書いてある通り料理をしたり勉強を教えたりそういう姿をナレーションと共にやって欲しい。小道具は最初のシーンで予め隠しておくから」
「分かりました。二人にも伝えてきます」
「おう、頼んだ。最初だからナレーションなしでやるが、ここはあまり時間をかけたくない。形になったら実際に入れてやるからそれも言っておいてくれ」
「はい」
俺は二人に瀬川先輩から言われたことを伝え、台本を開く。
塔坂から連絡がないまま練習は続いた。
ケインとルミアがポルカと過ごしてから二週間。驚くほど静かな森の生活に慣れてきた二人は、ポルカにある事を言う。
「怪我は治った。あの時俺はルミアの怪我が治ったら出て行くと言った。だから……」
「行ってしまうんだね。当てはあるのかい?」
「おばあさまのお家に行けば……」
「そうか。家の場所は?」
「何回も行っているから分かる」
「そっか……それじゃあ今日は二人の好きなものを用意しよう。何が食べたい?」
二人は顔を見合わせ、
「グラタン!」
初めて見る笑顔にポルカは笑い出す。
「ふふ…あははは!いいよ!それじゃあ薪ストーブの用意をするから薪を取ってきてくれるかい?」
「任せて!」
途端に立ち上がり二人は飛び出した。
その光景に思わずクスリと笑うポルカ。
グラタンを食べ終えストーブの前で温まる三人。ぽつりと言葉を零したのはケインだった。
「俺達……ポルカに会ってなかったらきっと凍えて死んでたと思う。だから…ありがとう」
その言葉に驚く。そして揺れる炎を見ながらポルカは口を開く。
「僕は森を出て仕事を探すよ」
「え?」
驚いた二人はポルカの顔を見た。
「二人の笑顔を見ていたら、僕にもなにか出来るんじゃないかって思ったんだ。こんな僕でももう一度人を笑わせることが出来るんだって自信がついたんだ」
「もう一度って……?」
ケインは恐る恐る聞いてみた。
ポルカは笑いながら、
「ここに来る前、僕はあるサーカス団に入ってたんだ。街を転々とし、人々を笑顔にする。それはとても楽しかった。その気持ちを思い出したんだ」
「それじゃあ、森を出てまたサーカスをするの?」
「ううん、今度は僕一人の力でやってみる。僕自身がどれだけ人を笑顔に出来るのか、挑戦したいんだ」
勢い立ち上がり拳に力を入れる。正面を見つめ、横顔が照らされる。自信に満ち溢れた顔だ。
二人はお互い顔を見合わせ、
「ポルカならできるよ」
その言葉に柔らかい笑みをこぼす。
「ひとまずここで昼休憩をいれよう」
瀬川先輩の声で場の空気が変わる。張り詰めた空気が柔らかくなる。
「休憩は1時までね!このあと出番の人は10分前には会議室に来てね!」
大佳先輩の声でぞろぞろと会議室を出て行く部員達。南雲さんと加賀美君が一緒に出て行くのが見えた。休憩中にも劇について考えるのか、台本を持ったままだった。
熱心だな……感心していると、背中に衝撃が走った。慌ててよろめき、後ろを見ると、預本が笑いながら肩を組んできた。
「昼飯食おうぜ!俺腹減って死にそーだ…中庭のベンチで良いよな?」
「あ、あぁ」
軽快な足取りで預本に引っ張られる形で俺は会議室を後にした。
弁当の蓋を開け、箸を持つ。隣でパンの袋を開ける預本はどこか空を見ていた。
「おい、どうした?」
さっきとは違うその雰囲気に俺は思わず声をかけた。
「え?……あぁ、何でもねぇよ!」
言いながらどこか思いつめた顔をする預本に俺は弁当の蓋を閉め、
「やっぱり変だ。何かあったのか?それとも劇のことか?」
「お前は……」
小さく聞こえた声に驚く。パンを置き、俺を見た預本は明らかに怒った顔をしていた。
「なぁ……どうしてだ?俺が風邪をひいてお前にあの役を任せた時、あの時から俺がいるはずだった席にお前が居座る様になった。台本も、役も何もかも奪っていく。俺は……後悔してるんだ。お前にあの役を任せたのを。俺より上手い演技が出来て、お前にしか出来ない演技があって、それを知ってるから思うんだ。俺じゃあ……お前には敵わない。そう思いながら、お前といるのは辛いんだ……俺がお前を誘わなければ、こんな事にはなってなかった。俺は、俺が憎い」
自らこの部に飛び込んだ訳ではなかった。預本が声を掛けてくれたから今の俺がある。でも、それを本人は後悔してる。俺がいなければ…………だが、
「俺はこの部活に入って良かったと思ってる。お前が誘ってくれなかったら、俺はずっと好きなことが見つからず何もかも中途半端になってたと思う。でも……」
預本の肩に手を置き俺の方へと向かせる。視線は下がったままだ。それでも、これだけは言いたいんだ。
「お前が俺に、何かに夢中になる楽しさを気付かせてくれた。俺は、そんなお前と一緒に劇がやりたいんだ!」
ハッと目が開く。ゆっくりと顔を上げる預本に、俺は言葉を続ける。
「お前が俺のことそう思ってて、我慢出来なくなってもっと俺を嫌いになっても、俺はお前を追いかける。だって、いつも観客側から見てた俺には分かる。預本が、誰よりも演じることにこだわりを持ってることを。それを、舞台で輝かせられる奴だって、知ってるから」
そうだ。1年の時から見てきた俺には分かる。ステージに立つ預本は、心から演じることを楽しんでいた。自分が演じる意味を理解していた。風邪を引いた時、あの時お前が悔しくていつも以上に劇の練習に打ち込んでたのを俺は見ていた。風邪を引いても舞台の上で変わらない姿を演じる為に、声を保とうと努力していた。"演技"に対して誠実な預本の姿を知ってる。
「俺は!これからも演じることをやめたくない!自分の理想を追いかけて演じ続けるのは苦しいけど楽しいから!でも、それでも……お前には敵わない。どれだけ頑張ろうと、才能には勝てない……俺自身が理想とする演技が……才能に霞んじまう……璃人は、人一倍輝いて見えるもんだからな…」
苦しくても満足のいく演技がしたくてひたすら努力する。それが達成された時、俺は飛んで喜ぶと思う。でも、その理想は才能の前では埋もれてしまう。演じることは楽しい。楽しいけど、苦しいことの方が断然多い。努力して足掻いてそれでやっと隣に立てたとしても、才能はまた違うところで輝いていく。一つのことに必死な凡人は、それを見るのがつらい。勝てない、アイツの立つ場所に追いついても、見える景色は真っ黒だ。そうやって、段々追い越すのに疲れていく。俺には……その道が見える。璃人を誘っておいてこんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。俺は、あいつの才能に気づいていて、それを無意識に言ってしまったんだ。だからこんな目に遭ってる。苦しくて、台本を渡された時、返そうかと思った。でも、台本には俺の名前があった。だから、やるしかない。輝くのは璃人だけど、俺にはスポットライトも当たらないけど、それでも、もらった役はきちんと果たさなくては。
「塔坂が言ってたんだ」
璃人はずっと俺を見る。その目を見れずにまた下を向く。
「預本の演技は通りかかった人の目線を自分に向けることが出来るって。一瞬でも、1分でも、興味が無意識に反応するって。それは凄いことだと思う。だってそれはお前自身が楽しんでるからみんながお前を見てるってことだろ?それが普通に出来るなんてことはないんだ。いくら俺に才能があっても、俺は観客の前に立って楽しませることはすぐには出来ない。俺は、準備がないと何も出来ないんだ。楽しませる為にはどうしたらいいか、その為の心の準備も必要だ。まだまだ弱い俺にとって、才能は一つの勇気の出し方に過ぎなくて…だから、それを堂々とできて、かつ人を惹きつけられるなんてことは預本にしかできないと思ってる」
「お前は……俺を才能に溺れさせるつもりか…?」
「違う。俺は、お前と一緒に劇がやりたいんだ。その為に、才能は俺に必要な勇気なんだ。お前と共にステージに立つ……ね」
訳がわからず乾いた笑いが出る。するすると肩から手を離す璃人は少し笑っていた。ようやく、顔が見れた。
「ははっ……お前、才能をなんだと思ってんだ。俺が……こんなにも欲しいっていうのに……」
いつのまにか周りがじわじわと滲んでいた。溢れる涙に俺は顔を上にあげ腕で隠す。こんなにもつらくて苦しいのに、なぜか心は軽かった。
「劇、頑張ろうな」
こぼした言葉を受け取り、俺は預本から顔を背ける。
「お前、泣いてんのか?」
後ろから掛かる声はまだ弱々しくて、でも真っ直ぐでたまらず嘘をつく。
「泣いてねぇよ!」
そう言う俺の声はどう聞いても鼻声で、誤魔化せるはずがなかった。それでも俺は嘘をついた。二人の声が裏庭に響き、手付かずの昼飯はお互い食べれそうになかった。
「台本が素晴らしいものなら演者もそれに答えないといけない。だから今日から土日以外部活にします。塔坂君がいつ来れるか分からないけど来たらあっと驚くような芝居が出来るように頑張りましょう」
部員全員が前を向く。文化祭まで残り約3ヶ月。ここにいるみんなと、そして塔坂と一緒に作り上げていく。俺は気を引き締め台本を見る。塔坂が寝る間も惜しんで書いた台本を、決して無駄にしないよう、努力するしかない。大佳先輩の掛け声で練習は始まった。
「母さん、今日から土日以外は部活になったんだ。だから、その……」
口ごもる俺に母さんは呆れた様に、
「お弁当。作って欲しいんでしょ」
「あぁ…出来るかな…?」
母さんは笑って、
「当たり前でしょ。璃人が一生懸命な事は、私応援するって言ったもの」
いつぶりだろう、いつもより明るい母さんを見るのは。
「忙しくなるなら早めに行かないとね。……お父さんのお墓参り」
「そうだね。今週の日曜はどうかな?」
「土曜日は疲れて寝ていそうだからそうね。日曜日がいいわね」
優しい笑みで俺を見る。母さんが笑っている。それだけで俺は頑張れる。
「明日も早いから寝るね」
「おやすみ。璃人」
リビングを出て部屋へと急ぐ。今は部活に集中しよう。俺はドアを開け、ベッドに飛び込む。エアコンが効き涼しい部屋で俺は眠りについた。
いつも通り会議室に集まり練習を開始する。今回は主人公のクラウン・ポルカともう二人重要人物がいる。それは兄のケインと妹のルミアだった。ポルカに森で倒れているところを助けられ、部屋のベッドで目覚める場面。
「ここは……どこだ?」
ケインは辺りを見渡し確認する。妹のルミアは隣で寝ている。どうやら助けられたらしい。
「良かった。目が覚めたんだね」
部屋のドアを開けて入ってきたのは、一人の青年だった。
知らない人に顔を強張らせてまだ眠っている妹を守るケイン。その行動に青年はそばにあった椅子に座り、話しかける。
「君達、2日も眠ってたんだ。森で倒れていたんだけど覚えてない?」
その言葉にハッとする。途端、妹を起こし始める。
「ルミア!起きろ、ルミア!」
「……お、お兄ちゃん…?」
起きたルミアは寝ぼけながらポルカを見る。徐々に開いていく瞳が、怯えた顔になる。ぎゅっとケインの服を掴み後ろに隠れる。
「怖がらないで、僕は君達を襲わな」
「黙れ!!そうやって優しくしておいて俺達を捕まえにきたんだろ!?」
「ち、違うよ!ただ僕は君達を救いたいだけなんだ!」
「嘘だ。行くぞ、ルミア」
「え、お兄ちゃん…」
ベッドから降り、スタスタとドアまで歩くケイン。その後ろをたどたどしく歩くルミア。
ドアを開けさせないように、前に立つポルカ。
「そこをどけ」
「どかないよ。まだ怪我も治ってないじゃないか」
「良い人ぶるな。俺達はもう二人で生きていくって決めたんだ」
「それでも。今は休まないとダメだ」
言葉と言葉がぶつかり合う。ケインは苛立ち初め、ポルカを殴る。(フリ)
「……!」
それを見ていたルミアが間に入り、二人を見る。
「あの森は迷いの森と呼ばれてる。あそこを迷わずに、しかも夜も明けていないうちに私達を見つけたのだとしたらそれはこの森に住んでる人しか出来ないはずよ。そう…だよね?」
不安そうにポルカを見るルミア。ポルカはほっと息を吐き、笑みをこぼす。
「僕はポルカ。3年前からこの森に住んでる。あの時は朝にしか咲かない花を見つけに行こうとして二人を見つけたんだ。……これで少しは信じてくれるかな?」
ケインは不満そうに、腕を組み、
「俺はケイン・バロッサ。こっちは妹のルミアだ。今はここにいてやる。だがルミアの怪我が治ったら出て行く」
「お兄ちゃん!」
「それでいいよ。よろしくね」
ポルカは手を出す。それに応じたのは妹のルミアだった。ルミアはポルカを見て笑った。この子は信じてくれている。そう思ったポルカは二人を見て笑いかける。
「ここはみんな大丈夫そうだな」
瀬川先輩が声を出す。その一言に3人は息を吐く。
「すみません、古海先輩!殴る場面躊躇してしまって……」
「…大丈夫。あくまでフリだし。俺は二人に追い付くのに精一杯だったから」
兄のケインを演じる1年生。加賀美 唯斗は一年生の中でも明るく、そして俺によく話しかけてくる。途中から入った俺を先輩として見てくれて、こうしてお互い喋る場面では色々と意見を交わし合う。
「私も先輩の足を引っ張らないように頑張りますね」
そう言い俺の横に立つ妹のルミアを演じる1年生の南雲 日夏。
あまり喋る方ではないと思うけど、演じた時の声の張り方や周りをよく見て動く姿など、彼女なりに頑張っていると思う。
二人から学ばされる事は多い。二人に負けないように俺自身も頑張らないとな。
「古海!ちょっといいか?」
「…!はい!」
瀬川先輩に呼ばれ駆け足で向かう。
台本を持ちながら、俺を見る。
「次の場面、ポルカと兄妹が一緒に住み始めるシーンだが、ここは駆け足でも良いと思うんだ。最初はぎこちなかった三人だが、少しずつ仲良くなっていく姿を2分間ぐらいでやってもらいたい。台本にも書いてある通り料理をしたり勉強を教えたりそういう姿をナレーションと共にやって欲しい。小道具は最初のシーンで予め隠しておくから」
「分かりました。二人にも伝えてきます」
「おう、頼んだ。最初だからナレーションなしでやるが、ここはあまり時間をかけたくない。形になったら実際に入れてやるからそれも言っておいてくれ」
「はい」
俺は二人に瀬川先輩から言われたことを伝え、台本を開く。
塔坂から連絡がないまま練習は続いた。
ケインとルミアがポルカと過ごしてから二週間。驚くほど静かな森の生活に慣れてきた二人は、ポルカにある事を言う。
「怪我は治った。あの時俺はルミアの怪我が治ったら出て行くと言った。だから……」
「行ってしまうんだね。当てはあるのかい?」
「おばあさまのお家に行けば……」
「そうか。家の場所は?」
「何回も行っているから分かる」
「そっか……それじゃあ今日は二人の好きなものを用意しよう。何が食べたい?」
二人は顔を見合わせ、
「グラタン!」
初めて見る笑顔にポルカは笑い出す。
「ふふ…あははは!いいよ!それじゃあ薪ストーブの用意をするから薪を取ってきてくれるかい?」
「任せて!」
途端に立ち上がり二人は飛び出した。
その光景に思わずクスリと笑うポルカ。
グラタンを食べ終えストーブの前で温まる三人。ぽつりと言葉を零したのはケインだった。
「俺達……ポルカに会ってなかったらきっと凍えて死んでたと思う。だから…ありがとう」
その言葉に驚く。そして揺れる炎を見ながらポルカは口を開く。
「僕は森を出て仕事を探すよ」
「え?」
驚いた二人はポルカの顔を見た。
「二人の笑顔を見ていたら、僕にもなにか出来るんじゃないかって思ったんだ。こんな僕でももう一度人を笑わせることが出来るんだって自信がついたんだ」
「もう一度って……?」
ケインは恐る恐る聞いてみた。
ポルカは笑いながら、
「ここに来る前、僕はあるサーカス団に入ってたんだ。街を転々とし、人々を笑顔にする。それはとても楽しかった。その気持ちを思い出したんだ」
「それじゃあ、森を出てまたサーカスをするの?」
「ううん、今度は僕一人の力でやってみる。僕自身がどれだけ人を笑顔に出来るのか、挑戦したいんだ」
勢い立ち上がり拳に力を入れる。正面を見つめ、横顔が照らされる。自信に満ち溢れた顔だ。
二人はお互い顔を見合わせ、
「ポルカならできるよ」
その言葉に柔らかい笑みをこぼす。
「ひとまずここで昼休憩をいれよう」
瀬川先輩の声で場の空気が変わる。張り詰めた空気が柔らかくなる。
「休憩は1時までね!このあと出番の人は10分前には会議室に来てね!」
大佳先輩の声でぞろぞろと会議室を出て行く部員達。南雲さんと加賀美君が一緒に出て行くのが見えた。休憩中にも劇について考えるのか、台本を持ったままだった。
熱心だな……感心していると、背中に衝撃が走った。慌ててよろめき、後ろを見ると、預本が笑いながら肩を組んできた。
「昼飯食おうぜ!俺腹減って死にそーだ…中庭のベンチで良いよな?」
「あ、あぁ」
軽快な足取りで預本に引っ張られる形で俺は会議室を後にした。
弁当の蓋を開け、箸を持つ。隣でパンの袋を開ける預本はどこか空を見ていた。
「おい、どうした?」
さっきとは違うその雰囲気に俺は思わず声をかけた。
「え?……あぁ、何でもねぇよ!」
言いながらどこか思いつめた顔をする預本に俺は弁当の蓋を閉め、
「やっぱり変だ。何かあったのか?それとも劇のことか?」
「お前は……」
小さく聞こえた声に驚く。パンを置き、俺を見た預本は明らかに怒った顔をしていた。
「なぁ……どうしてだ?俺が風邪をひいてお前にあの役を任せた時、あの時から俺がいるはずだった席にお前が居座る様になった。台本も、役も何もかも奪っていく。俺は……後悔してるんだ。お前にあの役を任せたのを。俺より上手い演技が出来て、お前にしか出来ない演技があって、それを知ってるから思うんだ。俺じゃあ……お前には敵わない。そう思いながら、お前といるのは辛いんだ……俺がお前を誘わなければ、こんな事にはなってなかった。俺は、俺が憎い」
自らこの部に飛び込んだ訳ではなかった。預本が声を掛けてくれたから今の俺がある。でも、それを本人は後悔してる。俺がいなければ…………だが、
「俺はこの部活に入って良かったと思ってる。お前が誘ってくれなかったら、俺はずっと好きなことが見つからず何もかも中途半端になってたと思う。でも……」
預本の肩に手を置き俺の方へと向かせる。視線は下がったままだ。それでも、これだけは言いたいんだ。
「お前が俺に、何かに夢中になる楽しさを気付かせてくれた。俺は、そんなお前と一緒に劇がやりたいんだ!」
ハッと目が開く。ゆっくりと顔を上げる預本に、俺は言葉を続ける。
「お前が俺のことそう思ってて、我慢出来なくなってもっと俺を嫌いになっても、俺はお前を追いかける。だって、いつも観客側から見てた俺には分かる。預本が、誰よりも演じることにこだわりを持ってることを。それを、舞台で輝かせられる奴だって、知ってるから」
そうだ。1年の時から見てきた俺には分かる。ステージに立つ預本は、心から演じることを楽しんでいた。自分が演じる意味を理解していた。風邪を引いた時、あの時お前が悔しくていつも以上に劇の練習に打ち込んでたのを俺は見ていた。風邪を引いても舞台の上で変わらない姿を演じる為に、声を保とうと努力していた。"演技"に対して誠実な預本の姿を知ってる。
「俺は!これからも演じることをやめたくない!自分の理想を追いかけて演じ続けるのは苦しいけど楽しいから!でも、それでも……お前には敵わない。どれだけ頑張ろうと、才能には勝てない……俺自身が理想とする演技が……才能に霞んじまう……璃人は、人一倍輝いて見えるもんだからな…」
苦しくても満足のいく演技がしたくてひたすら努力する。それが達成された時、俺は飛んで喜ぶと思う。でも、その理想は才能の前では埋もれてしまう。演じることは楽しい。楽しいけど、苦しいことの方が断然多い。努力して足掻いてそれでやっと隣に立てたとしても、才能はまた違うところで輝いていく。一つのことに必死な凡人は、それを見るのがつらい。勝てない、アイツの立つ場所に追いついても、見える景色は真っ黒だ。そうやって、段々追い越すのに疲れていく。俺には……その道が見える。璃人を誘っておいてこんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。俺は、あいつの才能に気づいていて、それを無意識に言ってしまったんだ。だからこんな目に遭ってる。苦しくて、台本を渡された時、返そうかと思った。でも、台本には俺の名前があった。だから、やるしかない。輝くのは璃人だけど、俺にはスポットライトも当たらないけど、それでも、もらった役はきちんと果たさなくては。
「塔坂が言ってたんだ」
璃人はずっと俺を見る。その目を見れずにまた下を向く。
「預本の演技は通りかかった人の目線を自分に向けることが出来るって。一瞬でも、1分でも、興味が無意識に反応するって。それは凄いことだと思う。だってそれはお前自身が楽しんでるからみんながお前を見てるってことだろ?それが普通に出来るなんてことはないんだ。いくら俺に才能があっても、俺は観客の前に立って楽しませることはすぐには出来ない。俺は、準備がないと何も出来ないんだ。楽しませる為にはどうしたらいいか、その為の心の準備も必要だ。まだまだ弱い俺にとって、才能は一つの勇気の出し方に過ぎなくて…だから、それを堂々とできて、かつ人を惹きつけられるなんてことは預本にしかできないと思ってる」
「お前は……俺を才能に溺れさせるつもりか…?」
「違う。俺は、お前と一緒に劇がやりたいんだ。その為に、才能は俺に必要な勇気なんだ。お前と共にステージに立つ……ね」
訳がわからず乾いた笑いが出る。するすると肩から手を離す璃人は少し笑っていた。ようやく、顔が見れた。
「ははっ……お前、才能をなんだと思ってんだ。俺が……こんなにも欲しいっていうのに……」
いつのまにか周りがじわじわと滲んでいた。溢れる涙に俺は顔を上にあげ腕で隠す。こんなにもつらくて苦しいのに、なぜか心は軽かった。
「劇、頑張ろうな」
こぼした言葉を受け取り、俺は預本から顔を背ける。
「お前、泣いてんのか?」
後ろから掛かる声はまだ弱々しくて、でも真っ直ぐでたまらず嘘をつく。
「泣いてねぇよ!」
そう言う俺の声はどう聞いても鼻声で、誤魔化せるはずがなかった。それでも俺は嘘をついた。二人の声が裏庭に響き、手付かずの昼飯はお互い食べれそうになかった。
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