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第六章「結びあう魂」

5、決戦の始まり

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 翌日に備えて早めに休み、一晩明けた会戦当日。
 秋晴れの空の下、ブリューデ平原に布陣する両軍の間には、乾いた風が吹き抜けていた。

「念のため言っておくけど、私の戦いにはいっさい手を出さないでね」

 戦い前に最後に釘をさすと、カエインは私の馬に補助魔法をかけながら約束した。

「誓いは守るから安心してくれ。
 とりあえず俺は『賢者の塔』の塔主として、協会の規則に背いた一番弟子とさらにその弟子達を皆殺しに行かなくてはならない。
 全員殺し終わったらシアの戦いを見物しに行こう」




 やがて開戦のラッパが鳴り響き、戦いは両軍の突撃からの正面衝突で始まった。

 陣の中央部にいた私は、セドリックの後につき従うように馬を走らせる。

 もちろんデリアンへの復讐も果たすが、旗印であるセドリックを死なせるわけにはいかなかった。
 近くで守りながらデリアンを探すしかない。

 ところが、突然セドリックと私を遮るように間に割り込んできた人物があった。
 すぐに相手の水色の髪とバーン家の紋章入りの濃紺のサーコートが目に入り、胸がドキッとする。

「シア、お前とだけは戦場で会いたくなかった」

「クリス兄様……」

 馬に乗って私の前に立ちふさがったのは、悲しみに満ちた灰色の瞳をした、いつでも私に優しかった大好きな兄だった。

「だが、我がバーン家の家名を守るためには、お前をここで見逃すわけにはいかない。
 最愛の妹よ、せめてもの情けだ。
 他の者に殺される前に兄である俺がこの手にかけよう」

 悲壮な決意を告げると、クリス兄様は自分の守護剣を高い位置で構えた。

 あるいは復讐の女神の剣が覚醒する前なら、負けてあげることも可能だったかもしれない。

「……クリス兄様、ごめんなさい」

 けれど今となっては、命を奪う必要がないほど力の差は歴然だった。

「何を謝る?」

 返事代わりに私は素早く剣を振って、フェイント攻撃をしかける。
 案の定、兄は釣られて剣を出す。
 そこですかさず剣をかわしながら馬の頭を斬り飛ばし、返す剣で兄の右肩を斬りつけた。

「ぐあっ」と呻きをあげ、倒れる馬から転げ落ちてゆきながら、クリス兄様は呆然としたように呟く。

「そうか、妹よ、お前は俺の相手をするとき、いつも手を抜いていたのだな……」

「あなたの剣は性格そのままに、素直すぎるのです。クリス兄様」

 苦い気持ちで地面の兄を見下ろしたあと、再び手綱を握って馬の腹をける。

「待て! シア」

 兄の制止の声を振り切るように全速で馬を駆り、見失ったセドリック、あるいはデリアンかエルメティアの姿を必死で探し求める。

 と、その時、急に近くから馬のいななきが聞こえ、釣られて見た瞳に映ったのは、またしてもバーン家の紋章入りの濃紺のサーコートだった。

「探したわよ、シア!」

 水色の髪を振り乱して手綱を引き、灰色の瞳を燃やしてそう叫んだのは、他ならぬ私の母だった。

「お母様……!」

 兄にとって私がそうであるように、母は最も戦場で会いたくなかった相手だった。
 近くで馬を停めた母の視線は、私の手にある黒炎をまとう復讐の女神の剣に注がれていた。

「ようやく守護剣の力を目覚めさせたかと思えば、嘆かわしい。
 すっかりどす黒い感情に飲み込まれて、闇堕ちしているではないの!
 つくづくお前は心の弱い、愚かな娘よ。もはや、死なないと救われようがないほど――
 かくなるうえはお前を産んだ母の責任として、この手で始末をつけるまでだわ!」

 決意の言葉とともに母が放った、色んな意味で重たい一撃を、とっさに守護剣で弾き返す。

「悪いけどお母様、私はデリアンに一矢報いるまで、絶対に殺されるわけにはいかないの」

 素早く剣を流して行き過ぎた母は、即座に馬を反転させてこちらへと向き直る。

「また、みっともないうえに、愚かなことを口走る!」

 イラ立ちもあらわに再度斬りかかってきた母の動きは、馬に乗ってると思えないほど迅速で滑らかなものだった。

「くっ!」

 避ける暇もなく、盾がわりにした剣で、力任せに押し返そうとするも、母はさっと剣を引く。

 すかさず反撃したが、人馬一体の動きで鮮やかにかわされ、黒炎をかいくぐって突きが飛んでくる。

 すんでで攻撃を剣でしのいだ私は、剣技以上に母との乗馬技術の差を痛感する。

 ――その後も、戦いの主導権はずっと母に握られっぱなしだった――

 力押ししようにも、最初に剣を交じわせた時点で性能差を察したのか、まともに剣をぶつけ合うのを避けられていた。

 思い切った攻撃を放ちたくても、手数の多い母の剣さばきに翻弄され、馬を操作しながらでは難しい。

 はっきり言って、母とこうしてやり合うまで、私は慢心していた。
 同じ覚醒した最上位の剣を持つ者以外は相手にならないと。

 だけど、間違いだった。

 これは兄との時と違って、どちらかが死なないと終わらない闘いだ。

 確信したものの、レスター王子がいつか言っていたように親殺しは「大罪」。
 母を殺せば冥府の監獄送り確定だ。
 そう分かっていても、ここを通るためには避けられない道なら仕方がない――とはいえ、たぶん好機は一回のみ。

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