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光の天使
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皇族に名を連ねる名門公爵家の嫡男であるネイトがエリスに出会ったのは9歳の時。
場所は貴族の社交場である帝都の中心にある公園。
母親達が輪になって井戸端会議する近くの、木陰にあるベンチに座って、エリスは同年代の少年と並んで本を読んでいた。
顔を向けてその姿を見た瞬間、ネイトは雷に打たれたような激しい衝撃をおぼえた。
光に溶け込みそうな淡い金髪と透けるような白い肌、空の色を映した宝石のごときつぶらな瞳。
奇跡としか思えないほど完璧なバランスで目鼻が配置された美しく愛らしい顔立ち。
木漏れ日の中にいたのは、まさに光の天使だったからだ。
「母さん、あのベンチに座っている娘は誰?」
スカートを引いて質問すると、
「まあ、可愛らしい娘さんね」
と、微笑んでみせたあと、母はネイトに答えた。
「彼女のことはわからないけど、近くにいるご婦人なら知っているわ。
美貌で知られるバレット伯爵夫人よ。
もしかしてあの娘が気になるの?」
察しの良すぎる母にネイトは語って聞かせる。
「俺の親友のクリスが言っていたんだ。
クリスの両親は出会った瞬間、お互いに雷に打たれたような衝撃を受けたそうだ。いわゆる運命の相手との出会いとはそういうものらしい」
「まあ、そうなの、クリストファー殿下のご両親ということは、皇帝陛下ご夫妻ね。言われてみるとお二人は皇族では珍しい恋愛結婚だったわね」
「俺はまさに今その感覚をおぼえた。母さん、俺はあの娘と結婚するよ」
言い切ったネイトはその時疑いもしなかった。
これまで欲しいものが何でも買い与えられてきたから。
少女が自分のものになることを。
「まあ、まあ!」
母は驚いてみせてから、
「では、さっそく挨拶に行きましょうか?」
促してきたがネイトは拒んだ。
「いや、いい。それより今すぐ帰ろう」
なぜなら公爵夫人である母がいることに気がついたら、ご婦人らが挨拶しに来かねないからだ。
結婚してから遅くにできた待望の子供であったネイトはとにかく両親に溺愛されていた。
おかげで今日も襟元や袖がフリフリのシャツを着せられていた。
(こんなチャラチャラした服装は運命の出会いに相応しくない)
そう思ったネイトは改めて出会いの場を設ける決意をし、最後に遠巻きに彼女の姿を眺め、忌々しく舌打ちした。
とにかく、少女の隣にいる少年の存在が目障りで仕方ない。
(なんで、わざわざ並んで同じ本を読んでいるんだ。
俺の天使から離れろ!)
それは運命の出会いだけではなく、生まれて初めてネイトが嫉妬の感情を知った日でもあった。
その晩、母が父に報告し、後日、公爵家から伯爵家に縁談を持ちかけ、滞りなく婚約が成立した。
プライドの高いネイトの希望により、一目惚れした事実を伏せての、表面上は政略結婚だった。
さっそく勉強熱心なネイトは、これから始まる恋のかけ引きに備え、放蕩者の叔父から色恋についての伝授を受けることした。
そうしていよいよ迎えたエリスとの初対面の日。
母に指示して開かせたガーデンパーティー会場で、万が一にも見逃されないよう、一番目立つ真ん中のテーブル席に座って、期待しながらネイトは待っていた。
ネイトは母親譲りの美貌と父親譲りの恵まれた体格を持っていた。
整いきった顔立ちに、漆黒の艶やかな髪、きりりとした眉の下の切れ長の濃い青の瞳。
長身で均整の取れた身体つきといった、自他共に認める完璧な見た目をしていた。
(同年代で俺より優れた容姿を持つ者がいるとしたら、クリストファーぐらいだろう。
だが、奴は毎日帝王学を学ぶので忙しく基本的に皇宮から出てこないので、エリスの瞳に映る機会はまずない。
必ずエリスも俺を見た瞬間一目で恋に落ちるだろう)
確信を抱きつつ、遠目にエリスの会場入りを確認してから、待つことおよそ一時間半。
なかなか彼女はネイトに近づいてこようとしなかった。
それどころか観察していると、公園でも一緒だった例の『奴』と連れ立って遊んでいる。
焦れたネイトはとうとう立ち上がり、母を呼びつけた。
「エリスが挨拶に来ない」
「まあ、待ってて、伯爵夫人に言ってくるわ」
そうしてようやく挨拶しに来たエリスの様子を見てネイトは苛立ちをつのらせた。
(なぜ、俺の姿を見たとたん衝撃を受けない?
なぜそんな、平然とした顔をしている?
なぜ、時々、気にするように『奴』を振り返る。
俺だけを見ろ。
俺に運命を感じろ!)
叫び出したい衝動をすんでで堪え、ネイトは男としての余裕を見せることにした。
なぜなら、女殺しの異名を持つ叔父のキースから女の扱い方の基本を教わっていたからだ。
その中に『猫と女は呼ぶと逃げる』というのもあった。
(だが、別に俺はエリスを呼んだわけではない。
あくまでも婚約者として当たり前の挨拶を要求しているだけなのだ)
まず、そのことをエリスに対し、
「挨拶に来るのが遅い!」
と、言葉ではっきり示す。
さらに叔父は、
『褒めるのは大事だが、褒め過ぎると女はつけ上がる』
とも、言っていた。
だから、ネイトはなるべく控え目にエリスの容姿を誉めてやることにした。
「まあ、見た目は俺の婚約者として合格だな」
翌日。
叔父のキースにエリスの反応について報告した。
すると、
『まだ恋に目覚めてない子供なんだ』
と教えてくれた。
なるほどとネイトは納得し、エリスが大人になるのを待つことにした。
しかし、それから2年経ち、11歳になってもエリスは子供のままだった。
エリスと会うために同じ集まりに参加しても、ネイトのそばに寄り付きさえしない。
それどころか見るたびに例の『奴』と一緒にいる。
恋に目覚めるどころか婚約者としての自覚さえない様子。
そのことをキースにまた相談したところ、
『女というものは基本的に頭が悪い。だから犬のようにきっちり上下関係をわからせた上で、一つ一つ教えてしつける必要がある』
またまた的確な助言をくれた。
口下手なネイトはさっそく『婚約者の心得5箇条』をまとめあげ、母に参加させたお茶会で『奴』と楽しそうに話しているエリスに突きつけた。
おかげでその後のエリスの態度が大幅に改善され、以来『条文縛り』が癖になったネイトだった。
そして2年後の13歳の春。
帝立学院への入学準備として、ネイトは親を通じて理事長に賄賂を送り、エリスと同じクラスになるよう工作した。
3年後の16歳。
クラスが離れたので、大幅に『婚約者の心得』を加筆した。
そして現在、18歳の秋。
帝立学院の最終学年になり、卒業と同時にエリスとの挙式が決まっている。
ようやく完全にエリスを自分の物にできると思うと、卒業が待ち遠しくてたまらないネイトだった。
場所は貴族の社交場である帝都の中心にある公園。
母親達が輪になって井戸端会議する近くの、木陰にあるベンチに座って、エリスは同年代の少年と並んで本を読んでいた。
顔を向けてその姿を見た瞬間、ネイトは雷に打たれたような激しい衝撃をおぼえた。
光に溶け込みそうな淡い金髪と透けるような白い肌、空の色を映した宝石のごときつぶらな瞳。
奇跡としか思えないほど完璧なバランスで目鼻が配置された美しく愛らしい顔立ち。
木漏れ日の中にいたのは、まさに光の天使だったからだ。
「母さん、あのベンチに座っている娘は誰?」
スカートを引いて質問すると、
「まあ、可愛らしい娘さんね」
と、微笑んでみせたあと、母はネイトに答えた。
「彼女のことはわからないけど、近くにいるご婦人なら知っているわ。
美貌で知られるバレット伯爵夫人よ。
もしかしてあの娘が気になるの?」
察しの良すぎる母にネイトは語って聞かせる。
「俺の親友のクリスが言っていたんだ。
クリスの両親は出会った瞬間、お互いに雷に打たれたような衝撃を受けたそうだ。いわゆる運命の相手との出会いとはそういうものらしい」
「まあ、そうなの、クリストファー殿下のご両親ということは、皇帝陛下ご夫妻ね。言われてみるとお二人は皇族では珍しい恋愛結婚だったわね」
「俺はまさに今その感覚をおぼえた。母さん、俺はあの娘と結婚するよ」
言い切ったネイトはその時疑いもしなかった。
これまで欲しいものが何でも買い与えられてきたから。
少女が自分のものになることを。
「まあ、まあ!」
母は驚いてみせてから、
「では、さっそく挨拶に行きましょうか?」
促してきたがネイトは拒んだ。
「いや、いい。それより今すぐ帰ろう」
なぜなら公爵夫人である母がいることに気がついたら、ご婦人らが挨拶しに来かねないからだ。
結婚してから遅くにできた待望の子供であったネイトはとにかく両親に溺愛されていた。
おかげで今日も襟元や袖がフリフリのシャツを着せられていた。
(こんなチャラチャラした服装は運命の出会いに相応しくない)
そう思ったネイトは改めて出会いの場を設ける決意をし、最後に遠巻きに彼女の姿を眺め、忌々しく舌打ちした。
とにかく、少女の隣にいる少年の存在が目障りで仕方ない。
(なんで、わざわざ並んで同じ本を読んでいるんだ。
俺の天使から離れろ!)
それは運命の出会いだけではなく、生まれて初めてネイトが嫉妬の感情を知った日でもあった。
その晩、母が父に報告し、後日、公爵家から伯爵家に縁談を持ちかけ、滞りなく婚約が成立した。
プライドの高いネイトの希望により、一目惚れした事実を伏せての、表面上は政略結婚だった。
さっそく勉強熱心なネイトは、これから始まる恋のかけ引きに備え、放蕩者の叔父から色恋についての伝授を受けることした。
そうしていよいよ迎えたエリスとの初対面の日。
母に指示して開かせたガーデンパーティー会場で、万が一にも見逃されないよう、一番目立つ真ん中のテーブル席に座って、期待しながらネイトは待っていた。
ネイトは母親譲りの美貌と父親譲りの恵まれた体格を持っていた。
整いきった顔立ちに、漆黒の艶やかな髪、きりりとした眉の下の切れ長の濃い青の瞳。
長身で均整の取れた身体つきといった、自他共に認める完璧な見た目をしていた。
(同年代で俺より優れた容姿を持つ者がいるとしたら、クリストファーぐらいだろう。
だが、奴は毎日帝王学を学ぶので忙しく基本的に皇宮から出てこないので、エリスの瞳に映る機会はまずない。
必ずエリスも俺を見た瞬間一目で恋に落ちるだろう)
確信を抱きつつ、遠目にエリスの会場入りを確認してから、待つことおよそ一時間半。
なかなか彼女はネイトに近づいてこようとしなかった。
それどころか観察していると、公園でも一緒だった例の『奴』と連れ立って遊んでいる。
焦れたネイトはとうとう立ち上がり、母を呼びつけた。
「エリスが挨拶に来ない」
「まあ、待ってて、伯爵夫人に言ってくるわ」
そうしてようやく挨拶しに来たエリスの様子を見てネイトは苛立ちをつのらせた。
(なぜ、俺の姿を見たとたん衝撃を受けない?
なぜそんな、平然とした顔をしている?
なぜ、時々、気にするように『奴』を振り返る。
俺だけを見ろ。
俺に運命を感じろ!)
叫び出したい衝動をすんでで堪え、ネイトは男としての余裕を見せることにした。
なぜなら、女殺しの異名を持つ叔父のキースから女の扱い方の基本を教わっていたからだ。
その中に『猫と女は呼ぶと逃げる』というのもあった。
(だが、別に俺はエリスを呼んだわけではない。
あくまでも婚約者として当たり前の挨拶を要求しているだけなのだ)
まず、そのことをエリスに対し、
「挨拶に来るのが遅い!」
と、言葉ではっきり示す。
さらに叔父は、
『褒めるのは大事だが、褒め過ぎると女はつけ上がる』
とも、言っていた。
だから、ネイトはなるべく控え目にエリスの容姿を誉めてやることにした。
「まあ、見た目は俺の婚約者として合格だな」
翌日。
叔父のキースにエリスの反応について報告した。
すると、
『まだ恋に目覚めてない子供なんだ』
と教えてくれた。
なるほどとネイトは納得し、エリスが大人になるのを待つことにした。
しかし、それから2年経ち、11歳になってもエリスは子供のままだった。
エリスと会うために同じ集まりに参加しても、ネイトのそばに寄り付きさえしない。
それどころか見るたびに例の『奴』と一緒にいる。
恋に目覚めるどころか婚約者としての自覚さえない様子。
そのことをキースにまた相談したところ、
『女というものは基本的に頭が悪い。だから犬のようにきっちり上下関係をわからせた上で、一つ一つ教えてしつける必要がある』
またまた的確な助言をくれた。
口下手なネイトはさっそく『婚約者の心得5箇条』をまとめあげ、母に参加させたお茶会で『奴』と楽しそうに話しているエリスに突きつけた。
おかげでその後のエリスの態度が大幅に改善され、以来『条文縛り』が癖になったネイトだった。
そして2年後の13歳の春。
帝立学院への入学準備として、ネイトは親を通じて理事長に賄賂を送り、エリスと同じクラスになるよう工作した。
3年後の16歳。
クラスが離れたので、大幅に『婚約者の心得』を加筆した。
そして現在、18歳の秋。
帝立学院の最終学年になり、卒業と同時にエリスとの挙式が決まっている。
ようやく完全にエリスを自分の物にできると思うと、卒業が待ち遠しくてたまらないネイトだった。
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