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第五章

ラファエル降臨

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「貴様! 俺のフィーを離せ!!」

「きゃあっ!」

 エルファンス兄様の怒号が廊下に響き渡った直後――
 なんと、私はラファエルに横抱きにされて宙を舞っていた。

 視界の端に、タッ、と床を蹴るお兄様の姿がかすめる。
 ラファエルは髪と衣を広げて空中を舞い、閃くように次々と位置を変え、その軌跡を辿るようにお兄様の姿が現れては消えてゆく。

 二人の動きが速すぎてぜんぜん目が追いつかなかった。

 あやうく目が回りかけたところで、空中を飛びすさりながらラファエルが、さっと手を突き出す。
 一瞬後、私が作るのとは比べ物にならない分厚い光の障壁が形勢され、周囲をぐるりと囲まれた。

 ところが――次の瞬間、バシッ――と、叩きつけるような音が響き、光の膜に亀裂が走る。
 お兄様が衝撃波を放ったらしい。

「フィーを返せ!」

 今にも砕け散りそうな光の障壁を挟み、空中で二人は睨み合った。
 ――と、急にラファエルは喉をのけぞらせ「ははっ」と高笑いする。

「まさかこの私とまともに渡り合えるとはな。面白い。
 銀色の悪魔。名前通り、人外の魔力じゃないか。
 容姿も魔力も父親譲りとみえる」

「――!?」

 父親譲り? 
 ラファエルは一体何を言っているの?

 驚いたようにエルファンス兄様が動きを止めた隙に、ラファエルの手が弧を描き、再び分厚い光の壁を作り出す。

 対するお兄様は床に降り立つと、伸ばした手を青白く発光させていった。
 あれはたしかゲームで見たことのある、炎と風を混ぜて爆風を起こす攻撃のモーション!
 まずい、あれを放ったら、光の壁だけではなく、この廊下も吹き飛ぶかも。

 はっとした私は、そもそもこの状況を産んだ原因がラファエルの誤解であることを思い、必死に訴える。

「私はレメディアじゃない!? 人違いだから、お願いっ、離してっ!?」

「ベルファンドの笛を下げているのに?
 ……また乗り手に選ばれたんじゃないのか?」

 ラファエルは舐めるような視線を私を送りながら、謎に満ちた言葉を吐く。
 そして白く冷たい指で私の頬に触れ、すーっと輪郭をなぞってゆく。

「ひゃっ……?」

 瞬間、ぞくっと寒気が起こる。

「おかしい……印が無い……」

 ――と、間近にあるラファエルの七色の瞳を見返していると、突然、瞳孔から闇が染みだすように黒い色素が広がり始める。
 「恋プリ」をやりこんでいた私には、それが闇ラファエルが出現する前段階だと分かった。

 闇の人格が表出するのに合わせて光の障壁が消えてゆき、エルファンス兄様が慌てて自分の右手を左手で押さえる。

 防護壁がなければ私に攻撃が当たってしまうからだ。

 すかさずその無防備状態を狙って、ラファエルが右手を高くかかげる。

 これはゲーム中で私を何度も八つ裂きにした、全身の肉を瞬時に切り裂く、闇の刃を放つ時のモーションだ。
 大切なお兄様をそんなものの餌食にするわけにはいかないっ!

「駄目ーーーーーっ!! 」

 とっさに絶叫しながらラファエル腕にしがみつく。
 すると腰を掴んでいた彼の左手が解け、右腕にぶら下がる格好になってから、私はそのまま滑り落ちていく。

「きゃーーーっ!」

「フィー!」

 床に叩きつけられる痛みに備えて目を瞑ったとき、誰かに身体を抱きとめられる感覚があった。
 開いた瞳にエルファンス兄様の顔が映る。

「お兄様っ!」

 嬉しくて、思わず抱きつきたくなったけど、今はそんなことをしている場合じゃない。

 さっと身構えて宙を見上げると、ラファエルは宙に浮いた状態で鼻白んだような表情をして静止していた。
 瞳は元の七色に戻り、片側で一つに結わえられた緑がかった長髪が、まとめられたカーテンのようにしゅるんと揺れている。

 そこでなんとラファエルは、ここまでやりあっておきながら有りえない台詞を吐く。

「――どうやら人違いのようだな……」

「人違いだと!?」

「魂の色があまりにも似ていたから、しょうがない」

「ふざけるな!!」

 怒鳴りつけたエルファンス兄様の全身から、その時、青白い怒りのオーラがゆらめき立ち――ビリビリと空気を振動させる魔力のプレッシャーが起こる。

 いけない、ラファエルに攻撃する気なんだ――そう悟った私は焦ってお兄様の首に抱きつく。

「止めて、お兄様、この人はエストリアの王子なの!?」

「――なにっ!?」

 驚愕の眼差しが私に向けられ、たちまち緊張した空気が緩んでいく。

 そこへちょうどあわただしい複数の足音が鳴り響いてきた。
 人が駆けつけてくる前にラファエルは空中から床に降り立った。

「ラファエル様!」

「フィー、エル!」

「ラファエル! なぜあなたがここにいるの!?」

 口々に叫びながら廊下の角を曲がって現れたのは、ラファエルの側近らしい数名と、コーデリア姫とキルアスだった。

「なぜって、予定より早めに来て君を驚かそうと思ったんだよ、コーディー。
 つい先ほど到着したので、さっそく君を探していたんだ。

 済まし顔で答えたラファエルは、

「久しぶりに会えて嬉しいよ。麗しの従兄弟殿」

 激しく動揺している様子のコーデリア姫に近づくと、少しかかんで手を取り、その甲に口づける。

「……!?」

 瞬間、雷に打たれたように、ビクッ、と反応した彼女は、ばっと手を振り払い、私を見る。

「フィー、あなた何かされたの? 大丈夫?」

「……びっくりしただけで……何も……」

 といっても膝はガクガクがして、腰が抜けているけど……。

「フィーというのだね。すまなかった。それとエル? 失礼した。
 のちほど改めてお詫びと挨拶をしよう」

 とりあえず簡単な謝罪をして、ラフェエルは長い髪と衣の裾を翻し、側近を連れて廊下の向こうへ消えて行った。

 速やかなその去り際を一同、呆然と見送ってから――コーデリア姫がほうっと大きな溜息をつく。

「……強い魔力を感じて来てみれば……エルにフィー、一体、ラファエルと何があったの?」

 エルファンス兄様はその問いかけには答えず、無言で私を横抱きにしてから歩き出す。
 コーデリア姫とキルアスも後ろを着いてきた。

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