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第三章

誓いの言葉

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「もしも、公爵家を出ることになっても、俺に着いてくるか?」

 どうしてお兄様がそんなことを訊くの分からなかったけど、

「もちろん。お兄様の行くところならどこへでも着いていく」

 返事はたった一つしかなかった。

「本当だな……」

「お兄様こそ私の事こと一生見捨てないで、一緒にいると誓う?」

 駄目な私を見捨てたり、愛想を尽かしたりしない?

「見捨てる、というのが良く分からないが、そう誓ってフィーが安心するなら、いくらでも誓おう」

「死んでも」

「ああ、死んでも」

「他の人を好きになったりしない?」

 リナリーに会っても心変わりしたりしない?

「出来るものならとっくにそうしてる」

 エルファンス兄様の返事に私は唇を尖らせる。

「何それっ、出来るならって……まるでそうしたいみたい。お兄様は私以外の人を好きになりたいの?」

 私が抗議すると

「……さあな、どうだろう」

 お兄様ははぐらかすように言ってから、少し黙りこんだ。

 えええーーーっ、まさか、本当にそうなの?

 不安な気持ちで見つめていると、お兄様は静かに自分の気持ちを語り始めた。

「正直言うとこれまで俺は散々お前のおかげで生き地獄を味わってきた。
 たとえば、毎日俺にしつこくつきまとうお前が、アーウィンにしなだれかかっているのを見かけた時。
 それから、裸みたいな格好のお前が夜中に部屋に侵入してきた時。
 あるいは、雷に打たれたお前が俺を避けるようになった時。
 そしてお前が神殿へ入ると言い出した時と、神殿の門の中に消えていくのを見送った時。
 何よりもお前のいないこの4年間。
 ――人が苦しみから逃れたいと感じる気持ちは自然なものだ」

 その苦しみに満ちた告白から、

『嫌いになれたら、どんなにいいだろうかと、いつも思っていたよ……!』

 いつかエルファンス兄様に言われた台詞が蘇ってくる。
 幼い頃から私はお兄様に苦しみを与え続ける存在だったんだ――

「だけどそんな苦しみも――神殿で寝たきりになっているお前を見た時よりは、ずっとマシだった――
 お前がこの世からいなくなることに比べたら、もう二度とお前に会えなくなることに比べたら、そんなことは何でもないことなのだと思い知った。
 お前がいるならどこでもいいし、何でもいい……。
 俺はお前のいない天国より、お前のいる地獄を選ぶ――」

「エルファンス兄様……!」

 あまりにも深過ぎるお兄様の愛に感動してしまう。
 同時に自分の罪深さを知る。
 私は今までどれだけたくさんの苦しみをこの人に与えてきたのだろう。

「ごめんなさい。私」

 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 しゅんとする私を見たお兄様は喉を鳴らして笑い、

「そうだな。今後は気をつけて欲しい物だな。
 二度と俺の近くから離れていかないでくれ」

 逃がさないとでも言うように後ろから覆うように私の身体を抱き閉じ込めた。

「うん、言わない! もう二度とお兄様の傍から離れない」

 私は力を込めて頷く。
 これはもう幼い約束なんかじゃない。
 大人になった私の心の誓いだ。



 ――そうして夜遅くのまでエルファンス兄様の腕の中でたっぷり甘えていると――

 不意に、コンコン、と扉をノックする音とお父様の声がした。

「フィー、入るよ」

 私は飛び上がらんばかりに驚き、急いでエルファンス兄様の腕の中から這い出た。
 室内に入ってきたお父様の顔は喜びに輝いていた。

「ああ、私の天使!
 目を覚ましたというのは本当だったんだね。
 お前のことが気になってたまらなかったが、昼間は貴族院の集まり、夜は宮中の晩餐会があって、こんな遅い時間になってしまった。
 さあ、お願いだからその可愛らしい顔を良く見せておくれ」

 飛びつくように私を抱きしめてから、私の顔を両手で挟み、まじまじとお父様は見つめてきた。

「本当に、よく帰ってきたね。
 神殿生活で少しは癒されたかい?」

「はい、かなり」

「それは良かった! お前がいないこの屋敷は、まるで光が差さない洞窟。朝が来ない夜のようだった」

 私の不在を嘆いたあと一転、お父様はパーッと明るい表情になり。

「とにかく帰ってきてくれてこれ以上に嬉しいことはない! 
 頼むからもう二度とお父さんの目の届かないところには行かないでおくれ」

「はい、お父様」

「約束だよ」

 そこまで言うとお父様は急に真剣な顔になり、エルファンス兄様を振り返った。

「――さてと、少しフィーネと二人きりで話したいことがあるんだ。
 席を外してくれないか? エルファンス」

「……分かりました」

 エルファンス兄様は静かに頷いてベッドから立ち上がり、速やかに部屋から出て行った。
 また明日会えると分かっていても、見送る私の胸は寂さでいっぱいになる。

「フィーネ」

 扉が閉まるのを合図にお父様は再び口を開く。

「驚いたことに一昨日からこんな遅い時間まで、エルファンスはお前につきっきりだったようだね。
 率直に訊くがお前はエルファンスともう肉体的に深い仲なのか?」

 ほっ、本当に率直過ぎる!

「エルファンスは筋金入りの秘密主義だから、どうせ私が訊いても答えないだろう。
 だからお前に質問するしかない。どうなんだ、フィーネ?
 この際、精神的に愛し合っているかは、あえて問わないでおこう」

 えっ?
 私達の気持ちは確認はせず、肉体関係だけ問うって、いったいどういうこと……!?

 考えてすぐに、あっ、と気がつく。

 そうか、皇族との婚姻は純潔じゃないといけないからだ!

 思い出すとともに頭から血の気がサーッと引いていく。

 エルファンス兄様との再会に浮かれて、すっかり皇子達との婚約話のことを忘れていた。
 結局4年間神殿入りしても何一つ問題は解決していない。

 婚約問題もそのまんま。
 それどころか二年前にアーウィンから受けた愛の告白を思うと、よりいっそう状況が悪化している。

 もしもこの問いにまだお兄様と深い関係になってないと答えたら、即アーウィンと婚約コース?

 だとしたらこの場合の正しい解答は――

 私はゴクリとツバを飲み込み、緊張しながら答えた。

「お父様――私達――エルファンス兄様と私は、すでに肉体的にも結ばれています……!」

 この答えで合っているんだよね? エルファンス兄様――

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