40 / 117
第二章
エルファンス兄様への距離
しおりを挟む
パチン、と抵抗のために私が放った光の壁は、セイレム様に一瞬で弾け壊される。
「あなたはもう16歳になったんでしたね……覚えてますか? 以前私が言ったことを?
約束通り肉体を繋げて、私のことしか考えられないようにしてあげます!
もうここから出て行きたいなんて台詞が、二度とその口から吐かれないように!」
宣言するとセイレム様は乱暴に私の衣服を脱がし始める。
はだけられた胸元に長い青銀の髪がこぼれ落ちてきた。
「いやっ……セイレム様、お願いです……それだけは、それだけは嫌です。許して下さい……!」
弱りきった私は涙を流し、無力にお願いするしか手段がなかった。
「嫌だなんて嘘だ!
私は誰よりもあなたを深く知り理解している!
この数年間というもの、かけがえのない時を二人で過ごし、すでにあなたはエルファンスよりも私をより深く愛しているはずだ!
もう自分の気持ちを受け入れて楽になるべきだ……私が、今、あなたを救ってあげます……!」
「違います! 私が一番愛しているのは!」
セイレム様の言葉を否定して、大好きなエルファンス兄様の顔を思い浮かべようとしたのに――
なぜか、その面影が酷く遠い。
深い青の瞳と銀色の髪を持つあの人の顔を思い描こうにも、その輪郭はぼやけたまま。
私は、私は――。
目の前にある美しい顔を私は絶望的な思いで見つめる。
セイレム様を……愛してる!
この人の愛を、強く求めている。
私はついに涙を流しながら心の中で自分の感情を初めて言葉にして認めた。
だって、今世の私ではなく、前世の駄目過ぎる私を誰よりも理解し、それでも愛してくれる。
この人を愛し返さないなんて不可能だ!
今はまだエルファンス兄様への愛が勝っている。
でも、これ以上一緒にいれば、私は確実にセイレム様をより深く愛してしまう。
そんな未来など絶対に見たくないのに、こうしてセイレム様から逃れることもできない!
いったい私はどうしたらいいの?
いっそ苦しみから逃れるために、全部受け入れてしまいたい。
前世の私が憧れたように、狂ったようなこの人の愛に閉じ込められたい。
何も考えられないほど、愛し壊されてしまいたい。
そう思う反面、そんな自分は絶対に受け入れられない自分がいる。
そんな自分を死んでも見たくない自分がいる!
心がまっ二つに引き裂かれたようだった。
「どうしたんですか? 否定できないんですか?
もしもそうであってもなんら恥じる必要はない。あなたのお兄様も結局は婚約を受け入れた。
人の気持ちは変わってしまう。それは紛れもない事実なんです」
その真実の鋭い切っ先は何よりも私の心に深く突き刺さる。
口ごもる私の様子に肯定と受け取ったのか、セイレム様が着ているローブを脱ぎ捨て、私の上に覆い被さって肌を重ねてくる。
「愛してます……フィーネ。あなたを一生離しません……!」
その感触に、温もりに、いっそ嫌悪感を抱くことができたら救われたのに。
真逆の感情が私の体温を無情にも上げてゆく。
思えば私はこの世界に来てからずっと死ばかりを恐れてきた。
だけど今の私には分かる。
この世には死ぬより辛いことがあるのだと――
このまま誓いを破ってエルファンス兄様を裏切る自分は見たくない。
変わってしまったお兄様も見たくない。
それを見ないといけないぐらいなら、未来なんか、命なんていらないと――
そう、強く願った瞬間。
急にわかってしまった。
自分の取るべき選択、運命が――
とたんに嘘みたいにずっと苦しかった胸の内がスッと楽になっていく。
覚悟を決めた私は顔を上げ、初めて自分からセイレム様と唇を重ねる。
「そうです……愛してます。セイレム様……」
涙が後から後から流れてくる。
「やっと認めてくれたんですね。フィーネ……!」
感激にまみれた声でセイレム様が私の身体をかき抱く。
だけど最期の告白を終えた私はその腕の中で――
いつかドラマや小説の中で見た時には絶対できないと思った――自分の舌を歯で噛み切る、という行為に、奇跡的に成功していた――
同時に、あらかじめ自分の胸に当てて置いた手に、今まで修行で高めてきた魔力のありったけを込めてぶつける。
そうして私は、私の心臓を、完全に、止めた――
こんな凄いことは、前世の意気地なしの私だけでは出来る訳がない。
きっと今世のフィーネとしての意識が後押ししてくれたんだろう。
セイレム様は一瞬遅れで異変に気がつき――ゴボゴボと口から血を吹き出させる私を見て、絶叫した。
ごめんなさい、セイレム様。
ここまでしないと、あなたを求める気持ちが止められなかった。
私はどうしてもエルファンス兄様を裏切りたくないの。
もしも舌を噛み切っていなければ、私はこのまま、身体も心もあなた受け入れいてただろう。
残念ながら私の命は19歳までもたなかった。
でも私の一番の望みと大切な約束は守られた。
だからこれでいい……。
永遠にエルファンス兄様を一番愛している状態のままでいられるのだから――
結局、私は生まれ変わっても一つも変わることができなかった。
流されやすくて、心も弱いまま……。
いくら見た目が変わってもどうにもならなかくて、せっかく神様がくれたチャンスをフイにしてしまった。
だけど前世の私と大きく違うのは、この胸の中にたくさんの思い出があること。
友達も愛してくれる家族もいなかった、あの何も持たなかった頃の私とは違う。
そして自分だけしか愛さなかった私とも。
エルファンス兄様に愛され、セイレム様にも愛され。
心の中に大切な人への愛を抱いて死ねる今世の私は、凄く幸せだ。
だから泣かないで、セイレム様。
またあなたが愛せる別の人と出会えますように――
最後に酷い苦しみを与えてごめんなさい。
この4年間は、今まで生きてきた中で一番幸せでした。
ありがとう、さようなら。
――そうしてだんだん大好きなセイレム様の顔がかすんで見えなくなり……。
私の意識はひたすら底へ底へと沈んでいった。
やがてその果てに近いところで、やっと私は――
銀色の髪に深い青の瞳の、愛しいエルファンス兄様の顔をはっきり見る事が出来た。
お兄様、そこにいたのね。
やっと会えた。
ずっと会いたかった……。
今傍に飛んで行くからね……。
「あなたはもう16歳になったんでしたね……覚えてますか? 以前私が言ったことを?
約束通り肉体を繋げて、私のことしか考えられないようにしてあげます!
もうここから出て行きたいなんて台詞が、二度とその口から吐かれないように!」
宣言するとセイレム様は乱暴に私の衣服を脱がし始める。
はだけられた胸元に長い青銀の髪がこぼれ落ちてきた。
「いやっ……セイレム様、お願いです……それだけは、それだけは嫌です。許して下さい……!」
弱りきった私は涙を流し、無力にお願いするしか手段がなかった。
「嫌だなんて嘘だ!
私は誰よりもあなたを深く知り理解している!
この数年間というもの、かけがえのない時を二人で過ごし、すでにあなたはエルファンスよりも私をより深く愛しているはずだ!
もう自分の気持ちを受け入れて楽になるべきだ……私が、今、あなたを救ってあげます……!」
「違います! 私が一番愛しているのは!」
セイレム様の言葉を否定して、大好きなエルファンス兄様の顔を思い浮かべようとしたのに――
なぜか、その面影が酷く遠い。
深い青の瞳と銀色の髪を持つあの人の顔を思い描こうにも、その輪郭はぼやけたまま。
私は、私は――。
目の前にある美しい顔を私は絶望的な思いで見つめる。
セイレム様を……愛してる!
この人の愛を、強く求めている。
私はついに涙を流しながら心の中で自分の感情を初めて言葉にして認めた。
だって、今世の私ではなく、前世の駄目過ぎる私を誰よりも理解し、それでも愛してくれる。
この人を愛し返さないなんて不可能だ!
今はまだエルファンス兄様への愛が勝っている。
でも、これ以上一緒にいれば、私は確実にセイレム様をより深く愛してしまう。
そんな未来など絶対に見たくないのに、こうしてセイレム様から逃れることもできない!
いったい私はどうしたらいいの?
いっそ苦しみから逃れるために、全部受け入れてしまいたい。
前世の私が憧れたように、狂ったようなこの人の愛に閉じ込められたい。
何も考えられないほど、愛し壊されてしまいたい。
そう思う反面、そんな自分は絶対に受け入れられない自分がいる。
そんな自分を死んでも見たくない自分がいる!
心がまっ二つに引き裂かれたようだった。
「どうしたんですか? 否定できないんですか?
もしもそうであってもなんら恥じる必要はない。あなたのお兄様も結局は婚約を受け入れた。
人の気持ちは変わってしまう。それは紛れもない事実なんです」
その真実の鋭い切っ先は何よりも私の心に深く突き刺さる。
口ごもる私の様子に肯定と受け取ったのか、セイレム様が着ているローブを脱ぎ捨て、私の上に覆い被さって肌を重ねてくる。
「愛してます……フィーネ。あなたを一生離しません……!」
その感触に、温もりに、いっそ嫌悪感を抱くことができたら救われたのに。
真逆の感情が私の体温を無情にも上げてゆく。
思えば私はこの世界に来てからずっと死ばかりを恐れてきた。
だけど今の私には分かる。
この世には死ぬより辛いことがあるのだと――
このまま誓いを破ってエルファンス兄様を裏切る自分は見たくない。
変わってしまったお兄様も見たくない。
それを見ないといけないぐらいなら、未来なんか、命なんていらないと――
そう、強く願った瞬間。
急にわかってしまった。
自分の取るべき選択、運命が――
とたんに嘘みたいにずっと苦しかった胸の内がスッと楽になっていく。
覚悟を決めた私は顔を上げ、初めて自分からセイレム様と唇を重ねる。
「そうです……愛してます。セイレム様……」
涙が後から後から流れてくる。
「やっと認めてくれたんですね。フィーネ……!」
感激にまみれた声でセイレム様が私の身体をかき抱く。
だけど最期の告白を終えた私はその腕の中で――
いつかドラマや小説の中で見た時には絶対できないと思った――自分の舌を歯で噛み切る、という行為に、奇跡的に成功していた――
同時に、あらかじめ自分の胸に当てて置いた手に、今まで修行で高めてきた魔力のありったけを込めてぶつける。
そうして私は、私の心臓を、完全に、止めた――
こんな凄いことは、前世の意気地なしの私だけでは出来る訳がない。
きっと今世のフィーネとしての意識が後押ししてくれたんだろう。
セイレム様は一瞬遅れで異変に気がつき――ゴボゴボと口から血を吹き出させる私を見て、絶叫した。
ごめんなさい、セイレム様。
ここまでしないと、あなたを求める気持ちが止められなかった。
私はどうしてもエルファンス兄様を裏切りたくないの。
もしも舌を噛み切っていなければ、私はこのまま、身体も心もあなた受け入れいてただろう。
残念ながら私の命は19歳までもたなかった。
でも私の一番の望みと大切な約束は守られた。
だからこれでいい……。
永遠にエルファンス兄様を一番愛している状態のままでいられるのだから――
結局、私は生まれ変わっても一つも変わることができなかった。
流されやすくて、心も弱いまま……。
いくら見た目が変わってもどうにもならなかくて、せっかく神様がくれたチャンスをフイにしてしまった。
だけど前世の私と大きく違うのは、この胸の中にたくさんの思い出があること。
友達も愛してくれる家族もいなかった、あの何も持たなかった頃の私とは違う。
そして自分だけしか愛さなかった私とも。
エルファンス兄様に愛され、セイレム様にも愛され。
心の中に大切な人への愛を抱いて死ねる今世の私は、凄く幸せだ。
だから泣かないで、セイレム様。
またあなたが愛せる別の人と出会えますように――
最後に酷い苦しみを与えてごめんなさい。
この4年間は、今まで生きてきた中で一番幸せでした。
ありがとう、さようなら。
――そうしてだんだん大好きなセイレム様の顔がかすんで見えなくなり……。
私の意識はひたすら底へ底へと沈んでいった。
やがてその果てに近いところで、やっと私は――
銀色の髪に深い青の瞳の、愛しいエルファンス兄様の顔をはっきり見る事が出来た。
お兄様、そこにいたのね。
やっと会えた。
ずっと会いたかった……。
今傍に飛んで行くからね……。
3
お気に入りに追加
2,621
あなたにおすすめの小説
僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~
SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。
ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。
『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』
『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』
そんな感じ。
『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。
隔週日曜日に更新予定。
ざまぁ系ヒロインに転生したけど、悪役令嬢と仲良くなったので、隣国に亡命して健全生活目指します!
彩世幻夜
恋愛
あれ、もしかしてここ、乙女ゲーの世界?
私ヒロイン?
いや、むしろここ二次小説の世界じゃない?
私、ざまぁされる悪役ヒロインじゃ……!
いやいや、冗談じゃないよ!
攻略対象はクズ男ばかりだし、悪役令嬢達とは親友になっちゃったし……、
ここは仲良くエスケープしちゃいましょう!
【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる