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汚い大人に染まってく
しおりを挟む「りなちゃんって、大学一年ってことは18歳とかだよね?ってことはまだ"して"ないよね?」
バーカウンターで氷を割っていた私に、40代前半の客が不躾な質問を投げつける。
なんてことを聞くんだと思いつつ、経験がある私は困った表情のまま、愛想笑いをした。
「えぇー!"した"ことあるの⁈」
客は私の愛想笑いを無言の肯定だと受け取ったようだった。大袈裟に驚く客の声は大きく、私は周りの客に聞かれている気がして、居心地が悪かった。
「最近の子は早いねぇ。
でもその年で"中古"なんてもう価値がないじゃん。若い子に求められるのなんて、初々しさだけなのに。」
客が相変わらずの大声に、拗ねたような表情で続ける。私はなんと言っていいかわからず、けれど無視して、お店の評判を下げるわけにもいかず、ただただ愛想笑いを返す。
「テクニックや妖艶さはさ、年々身につけれるじゃん?でも、初めての初々しさやあの可愛さは若いうちしかないのになぁ。もう"中古"なんてもったいない!無駄にしたねぇ。"中古のりなちゃん"」
客は自慢げに自分の低脳さについて解説している。その頭はカウンターの薄暗いライトが反射して光っていた。
お酒のせいで大きくなる客は少なくない。こんなのをいちいち相手にしていたらキリがないと、愛想笑いを押し通した。
「りなちゃん、さっきはごめんね。
あのお客さん、酔ってない時はいい人なんだけどね、、、」
閉店後、店長が申し訳なさそうに謝ってくる。さっきは助けてもくれなかったくせに。私は客に見せたのと同じ笑顔を貼り付けたまま返す。
「全然大丈夫ですよぉー。
お疲れ様でした!失礼しますね。」
そう言って店を出た。
真っ暗な道を歩きながら、LINEを確認する。
《今週末空いてない?》
つい15分前、送信されたLINEの送り主は7つ年上のセフレからだった。彼には2つ年上の彼女がいる。
さっきの話を家に持ち帰りたくなくて、返信の代わりに電話をかける。スマホに通話中の文字が出た。
「はぁ、、、」
ため息をつき、帰宅路を歩く。
ブーッ。しばらくしてLINEの通知音が鳴った。
《どうした?》
通知は彼からだった。
《なんでもない。大丈夫。》
返信をうつ。
ブーッ。すぐに返ってきた。
《大丈夫じゃないでしょー?
ちょっと待っててね。》
ちょっとっていつだよと思いつつ、返信をせずにスマホの電源ボタンを押した。
ブーッ。ブーッ。
電話がかかってきたのは家についてからしばらく経った時だった。
通話のボタンを押してスマホを耳に当てる。
「どしたー?」
彼はいつもの様子で聞いてくる。
「彼女と電話してたんじゃないの?大丈夫?」
彼からの質問には答えず、皮肉混じりに聞いてみる。
「もう終わったからいいよー。
それより珍しいじゃん。りなから電話してくるなんて。どした?」
彼女との電話を隠そうとしないところに若干苛立ちを覚え、彼を困らせるつもりで、聞いて欲しかった話をせず、違う質問をする。
「あなたにとって私はなんなの?」
彼は少し沈黙したあと、軽い調子で答える。
「うーん。
なんでも言い合える関係?
りなは優しいし可愛いし料理うまいしさ。ほんといい子だし、こんな子そうそう居ないって思ってるよ?」
イラつく。私の機嫌が悪いのを察して調子のいいことばかり言っているのが見え見えだ。
彼の言動にさらに意地悪な質問をする。
「彼女さんのどこが好きなの?なにがいいの?」
私の質問に彼は困ったように唸る。
すぐに出てこないところがさらに私をイラつかせる。
「私のことはいい子って言ってくれるじゃん。
なのに私とは付き合わないで、なんで彼女を選ぶの?」
少し言い方に熱がこもってしまう。
彼がため息をつくように言う。
「それは前にも言ったじゃん。
りなは18で未成年だし、俺は25だからそろそろ結婚したいの。りなは大学もあるし今すぐ結婚できないでしょ。それに未成年と付き合うのはハードル高いしさ。」
いつもなら聞き流せる言葉も今日は嫌に耳につく。こんなことを言ってもどうにもならないと思いつつも、止まらない。
「だからっ、最初に何回も聞いたじゃん!私年下だけど、年齢は気にならないのかって。気にならないって言ったのあなたでしょ。」
私の言葉に彼が黙り込む。2人の間に沈黙が流れた。私はゆっくりため息をついて、仕切り直す。
「もういいや。てかさ、ほんと彼女のどこがいいの?結婚するの?」
彼がまたんーっと唸る。
「結婚はわかんない。
良いところかぁ、良いところねぇ。
あ、生でやらせてくれるとことか?あとフェラがうまい。」
予想外の返答に、私は呆れつつ聞いた。
「それほんとに重要?」
彼が嬉々として答える。
「意外と重要よー。
だからりなにもピル飲んで欲しいって言ったんじゃん。お金は出すしさー。」
彼の言葉に私はまた苛立ちを覚える。
「ピルが避妊率100%じゃないの知ってる?
しかも彼女でもないのにさ、もしできちゃったとして、責任取れないでしょ?
私まだ18だし。リスクだってあるのに。簡単に言わないでよ。」
彼はまた黙り込む。私は止まらない。
「フェラだって、27歳の人に私が敵うわけないじゃん!経験人数が違うんだから。なんでこんな風に扱われなきゃいけないのっ⁉︎
そんなにそこが重要なら、風俗でもデリヘルでもなんでも利用すればいいッッ!
勝手に値踏みされて、競わされて、私はあなた達の性処理道具じゃないッッ!」
温かいものが頬を伝う。声が震えて、嗚咽が混ざる。
彼は黙って聞いていた。
「りな、好きだよ。愛してる。」
彼の言葉に涙があふれる。子供のように泣く私に、彼が宥めるように声をかける。
「今週末行くから、ゆっくり話そう?
ね、だからもう泣かないで。」
泣きすぎてうまく声が出ない。
なにも言えない私に彼が優しく声をかける。
「りな、好きだよ。大好き。」
気づくと通話が切れていた。
ツゥー。ツゥー。という音が嫌に耳に響く。
しばらくして彼からLINEがきた。
《ごめん。電池が切れちゃったみたい。》
めんどくさいだけだろ。そんなことを思う。
私は悪い子だ。でも別にいい。大人が汚いせいだ。そのせいで自分も汚れてしまう。ならば染まってやろう。私もいずれ大人になるのだから。
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