女の子は強くなりたい

キリ

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汚れた食器

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キッチンの水が流れる音だけが部屋に響く朝。
なぜ私はここにいるんだろう。


『今夜会えない?』

仕事終わりの夜9時、LINEの通知は3ヶ月音信不通だったセフレからだった。
私のLINEを既読無視したくせに、弁明もなしか。

『どこ?』

すぐにつく既読。

『俺ん家。』

『わかった。』

3ヶ月音信不通だった相手の誘いに易々と乗る自分に嫌悪感を覚えつつ、ため息を吐きながら電源ボタンを押した。

あいつの家に着く頃には、すでに11時を超えていた。片手にはあいつの好きなビールとつまみ。
ビールの重さに腕をやられつつ、インターホンを押す。
ガチャ。ドアはすぐ開いた。

「待ってたよ。どうぞ。」

あいつはまるでつい先日も私たちが会っていたかのような態度だった。
レジ袋を慣れた手つきで受け取りつつ、ご機嫌な様子で中へと案内する。中は相変わらず薄暗かった。
シンクにはいつ使ったかわからない食器、部屋は取り込んでそのままにしている服で溢れていた。
片付けもしてくれないんだな。少し呆れつつ、部屋に入る。

「シャワー浴びなよ。」

そう言って洗濯物の中からくしゃくしゃのタオルを掴んで渡してくる。

「ありがと。」

タオルを受け取り、メイク落としと剃刀を持って脱衣所に向かう。

シャワーを浴び、出会って初期の頃、好きだと言っていた水色の下着をつける。そして顔には朝夜兼用の下地をつけ、粉を叩く。唇には薄ピンクのティントをつけた。

「おかえり。飲む?」

そう言うあいつの手には、さっき私が買ってきたビールが握られている。

「飲む。」

ビールを受け取り、口をつける。
ゴクッ。喉に微量の炭酸を感じる。苦い。
こういうものを飲むと一気に自分が悪い大人になった気分になる。
首にタオルを巻いたまま雑に髪を乾かした。タオルを洗濯機の中に投げ入れ、部屋に戻る。

「こっち。はやくおいで。」

あいつが手招きしている。傍に座ると腰に手を回してくるとほぼ同時に唇に乾いたものがふれ、舌が流れ込んでくる。
いつも通り流れに身を任せ、目を瞑る。

気づくと狭いシングルベッドに横になっていた。
あいつは椅子に座りタバコを蒸している。暗い部屋でスマホの光が顔を照らし、その顔は青白く見えた。

「水飲むっしょ。はい。」

私に気づいたあいつが、自分の飲んでいたペットボトルを私に差し出す。中身は半分も入っていなかった。

「ありがと。」

ペットボトルを受け取り、中身を飲み干す。
乾いた喉が潤う。
空のペットボトルを渡しながら、私は聞く。

「寝ないの?」

あいつはそれを気怠げに受け取りながら、答える。

「あー先に寝てていいよ。」

いつも通りピロートークもなしか、と思いつつ、横になる。数分後にベッドにきたあいつは、私に背を向けていた。

ピピピッピピピッ。
目覚ましの音で目を覚ます。

あいつはすでに仕事着に着替えていた。
寝ぼけた目を擦りながら、私は言う。

「早いね。」

あいつがこちらを見もせずに答える。

「あーうん。
もう出るから鍵、ポストに入れといて。
じゃあね。」

その背中に向かって声をかける。

「うん。行ってらっしゃ、、」

あいつは私の言葉を最後まで聞かず、行ってしまった。

朝のはずなのに薄暗い部屋で重たい体を起こし、背伸びをする。

「はぁ、、、」

自然と出るため息が誰もいない部屋に落ちる。
足元に落ちていた服を畳み、クローゼットの中にしまう。他の服も同様に片付けていく。

こんなふうになったのはいつからだろう。
何を期待していたのだろう。

あいつの家で過ごす日が増えたある日こんなことを言われた。

「どうせ脱がすんだから、お風呂上がり毎回毎回下着つけなくて良くね?こっちも手間だし。」

ショックだった。毎度毎度可愛い下着を新調していたのに、それはあいつにとって無意味な行動だった。この時から、あいつは私をまるであのシンクに溜まった食器と同じように扱っている。
必要な時だけ洗い、使ったらまた放置する。汚れがこびりついてようが、シンクが汚かろうが関係ない。

ようやく見えてきた床を踏み、キッチンに向かう。なんとなく水を出しつつ、シンクの中を探る。

「痛っ!」

指から血が流れる。一番下に包丁があったらしい。白いお皿に溜まっていた水がみるみるうちに赤く染まる。

「なんで見えないの、、、」

急に鼻の頭が熱くなって胸がキュッっとなる。目が霞んできた。そのまま流し台に額をつけ、うずくまる。
私はなぜここにいるんだろう。
住んでもいない部屋を片付け、食べてもいない食器を洗い、誰のためにこんなことをしているのか、心底自分が情けなくなる。

洗い物を放置したまま、可愛い下着をつけ、服を着替え、メイクをし、荷物を持って玄関の扉に手をかける。
これで最後にしよう。

「じゃあね。」

扉を開ける。日差しが眩しい。思わず目を細める。
二度と戻ってこないでね、私。
足が軽い。大丈夫。私はあの食器のようにはならない。
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