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 私には婚約者がいる。
 いや、いた。
 名前はデビット・ベイカー。伯爵家の跡取りの息子だ。
 私とデビットが婚約したのは私達が七歳の頃。
 デビットは容姿端麗でいつも冷静だったので、子供ながら私はずっとデビットに想いを寄せていた。
 こんなに素敵な人と婚約できるなんて、なんて運が良いんだろう、と思っていた。

 だから私はデビットに釣り合うように努力した。
 デビットが好きだと言った容姿に近づけ、デビットの支えになれるように、貴族令嬢を超えた技能を身につけた。
 それは当然簡単なことでは無かった。
 しかしデビットのためなら、と血の滲む努力を続けた。

 デビットに釣り合う女性になれるように。

「すまない、マリア。婚約を解消してくれ」

 別れは突然だった。
 ベイカー邸へと呼び出されて、やってきた私にデビットは単刀直入に別れ話を切り出した。
 隣には見知らぬ女性が座っている。

「彼女は……?」

「ああ、すまない。紹介が遅れた。彼女は男爵家のマーシャ・ロールズだ。一年前から付き合っている」

 待て、何かおかしな事を言っている。
 一年前から、付き合っている?
 私とデビットは婚約していたはずだ。

「ま、マーシャ・ロールズです! はじめまして!」

 マーシャと名乗った少女は頭を下げた。
 デビットの好む外見と全く一致している。
 そう言えば、彼は天真爛漫な人が好みだとも言っていたが、彼女は性格も天真爛漫なようだ。

「私はマリア・ウィンターです。伯爵家の娘です」

 私も表面上は、穏やかに笑う。
 内心では全く逆だったが。

「彼女とは学園で出会ったんだ。一目惚れだったよ。こんなに美しい女性がいるなんて」

 デビットは聞いてもいない話をうっとりと、いかにも美談を話している、といった表情で話し始めたが、私は辟易していた。
 何をもって婚約者の前でこんな話をしているのだろう。

「マリア、僕達は真実の愛に落ちてしまったんだ。だから頼む、潔く身を引いてほしい」

 私は怒りで表情が崩れそうになるのを我慢しなければならなかった。
 どの立場からそれを言っているのだろう。

 十年間デビットのために頑張ってきたけど、こんな人だとは思わなかった。
 婚約の解消? ちょうど良い。
 こんな人なら願い下げだ。

「分かりましたわ、デビット様。真実の愛があるのなら、私は身を引きます」

「……! ありがとうマリア!」

 デビットとマーシャが嬉しそうに顔を上げる。
 私はそれに向かってニッコリと笑みを返した。

「ですが、当然慰謝料は貰えるんですよね?」
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