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39話 模擬戦(1)

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 王都に帰ってきたソフィアとレオの一行は、騎士団の訓練場へと向かった。
 王宮の近くにある訓練場には騎士団の見習いから、ベテランの騎士まで様々な騎士が毎日鍛錬を積んでいる。
 騎士たちが真剣を素振りしている様子を見ながら、ソフィアは歩く。

「訓練所は初めてきたかも……こんな場所なんだ」
「訓練所には道場から、魔術を試し撃ちするためのダミーまで、様々な設備が揃っています。かなり広いので、方向音痴の騎士がたまに迷ってしまうくらいなんですよ」

 ベテランの騎士が訓練場について解説してくれた。
 その説明を聞いて、不思議に思ったことをソフィアは質問する。

「騎士団なのに、魔術を訓練する場所もあるんですか?」
「はい。魔力があるなら戦闘中の手札の一つとして魔術を修めておくのは悪くありませんし、魔術師から騎士を目指す人間もいますから」
「なるほど」

 確かにそう言われて、改めて観察してみると騎士の中には剣と同時に杖を抱えている者もいる。
 そしてベテランの騎士は笑いながら自分を指差した。

「かく言う私も魔術を使える騎士の一人なのですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。私の魔術の腕ではあなたの足元にも及ばないでしょうが……」
「そんなことはないと思いますけど。私はそこまで強い魔術師ではないですし……」

 確かに魔術については自信がある。
 だがそれは理論や、魔術の発明に限った範囲であり、実践経験が圧倒的に不足しているソフィアでは、一対一の真正面からの闘いになった時、騎士には勝てるかどうか……。
 それがソフィアの自己評価だった。
 しかし騎士たちは不思議そうな顔で首を捻っていた。

「あの威力と速度の魔術を放っておいて、普通……?」
「ははは、謙遜がお上手で」

 会話を聞いていた周りの騎士たちが笑う。

「謙遜したつもりは……」
「気にするな。彼らの言っていることの方が正しい」
「うん……えっ?」

 レオが励ましてくれたと思ったら、全く別だったので少しフリーズしていると、そうこうしている内に目的地に到着したようだった。
 前を歩いていたベテランの騎士が立ち止まった。
 立ち止まったのは大きな広場で、騎士たちが模擬戦をする場所のようだった。
 今も広場の真ん中では二人の騎士が木剣を用いて模擬戦を行っており、それを囲うように騎士たちが見学していた。

「気をつけッ!」

 ベテランの騎士がそう叫ぶと、さっきまで模擬戦をしていた騎士も、見学していた騎士たちもピタリと動きを止め、瞬時に整列した。

「見事に統率された動きだ」
「お褒めに預かり恐縮です」

 レオが感嘆の声を上げるとベテランの騎士はお礼を述べた。

「今日は宰相様と、その婚約者様がお越しくださった」

 ベテランの騎士はレオとソフィアを紹介する。
 レオの名前を聞いて騎士がざわめく。

『あれが例の……』
『一人で盗賊団を壊滅寸前にまで追い込んだと言う……』
『噂通り確かにかなり強そうだ……』

「今日は模擬戦をやってもらう!」

 ベテランの騎士がそう言うと、騎士たちは我先にと手を挙げた。

「俺! やりたいです!」
「是非一度手合わせを!」

 どうやらレオの噂を聞いて、腕前を見たいらしい。
 強い者と手合わせをしたい、と言うのは騎士にとっての本能なのだろう。
 もしくは、ここで宰相に自分の腕を見せて出世しようとしているのか。
 しかし、今日手合わせに来たのはレオではない。

「今日模擬戦を行うのは宰相様の婚約者である、ソフィア様だ!」

 ベテランの騎士が叫ぶ。
 しん、と広場が静まり返った。
 一人の騎士が遠慮がちに手を挙げた。

「し、質問してもよろしいでしょうか」
「許可する」
「なぜ婚約者様と模擬戦を?」
「いい質問だ。ソフィア様は今回、盗賊団の討伐に同行なさることになった。実力を測るため、模擬戦を今から行う」

 ソフィアが盗賊団の討伐に同行する、と聞いた途端、騎士たちは反対した。

「危険です! 騎士でもない女性が同行するなんて……!」
「同行はやめるべきです!」
「危険でないかどうかを今から確認するのだ。それに心配するな、私の見立てではお前たちの方が負ける」
「は、はぁ!?」
「負ける? 俺たちが?」

 いきなり上司に負けると言われた騎士たちは、ある者は呆れたような声をあげ、ある者は怒っていた。

「模擬戦の勝敗はどちらかが降参するか、もしくは状況によって我々が判断する。ソフィア様は魔術を使い、お前たちには反魔の盾の使用を許可する」

 反魔の盾とは、文字通り魔術を反射する盾のことだ。
 騎士たちはこの盾を標準装備しており、実戦形式の模擬戦を行うなら反魔の盾は必須と言える。

「し、失礼ですが、それでは婚約者様の方がかなり不利なのでは?」
「できる限り実戦に近い状況で、どの程度戦えるかを見るための模擬戦だ。反魔の盾を使用してもよろしいですよね?」

 ベテランの騎士が振り返って聞いてくる。

「はい、私は構いません」
「なっ……!?」

 見方によっては、騎士たちのことを舐めていると言われているように見えるその肯定に、騎士たちは驚いていた。

「どうした。誰も立候補しないのか? ソフィア様に勝てば一日休みを与えてやるが!」

 誰も立候補しないので、ベテランの騎士がソフィアに勝てば褒美をつけると言った。
 しかしやはり宰相の婚約者とは戦いづらいのか、誰も相手に立候補しない。

「俺がやります!」

 その時、騎士の中から一人の青年が手を上げた。

「ムックか。なぜ志願する?」
「今から実戦の怖さを教示するためです! それに、特に危険は無さそうなので!」

 見るからにやんちゃそうなその青年は、半分バカにしたようにソフィアのことを見て笑っていた。

「反魔の盾は使えるんですよね?」
「そうだ」
「それなら勝つのは楽勝ですよ! 余裕で勝てる相手と戦って、休暇までもらえるんでしょ? 戦わない手はありませんよ!」

 ムックという名前の青年はケラケラと笑う。
 明らかにソフィアを侮っている様子のムックを、ベテランの騎士は冷ややかな目で見ていたが、他に立候補する者もいないので、最終的に模擬戦を許可した。

「……良かろう。相手はお前にしよう」
「よっしゃぁ! 休暇いただき!」

 もうすでに勝ったような口ぶりで騒ぐムックを、周りの騎士は呆れたように見ている。
 しかしそれを止めない辺り、ムック以外の騎士たちも似たようなことを考えているのだろう。
 一緒に森に出てソフィアの実力を知っている騎士たちは彼らを可哀想なものを見る目で見つめていたが。
 ベテランの騎士はソフィアに向き直ると、頭を下げた。

「申し訳ありませんソフィア様。思いっきり叩き潰していただいても構いませんので」
「良いのか?」

 叩き潰すという言葉に、レオの方が反応した。

「まあ、良い薬になるでしょう。外見で実力を見誤った者がどんな末路を辿るのかを知っておいた方がよろしいかと」

 レオの質問にベテランの騎士は全く構わないと頷いた。
 対してソフィアはかなり焦っていた。

「いや、叩き潰せ、と言われても……」
「大丈夫です。あなた様の実力はこのジークリヒと、この騎士たちが保証します」

 ベテランの騎士は、森に出かけた際の騎士たちを指してそう言った。
 騎士たちも頷いている。

「そ、そう言われましても……」

 身にあまる期待を寄せられ、ソフィアは困惑していた。

「反魔の盾をとってきました!」

 武器庫から反魔の盾を取りに行っていた騎士が戻ってきたので、ソフィアとムックは広場の中央に移動した。

 ソフィアと向かい合ったムックは余裕の笑みを浮かべていた。

(俺がこんな小娘に負ける? あり得ねえ)

 明らかに実戦の経験がない貴族の娘。
 それでいて体力も無さそうで、筋力もほとんどないだろう。

(加えて、こちらにはこれもある)

 ムックは左手の反魔の盾を握りしめた。
 魔術を弾く反魔の盾は、あらゆる魔術を無効化する。

(こっちは魔術師との戦いは士官学校時代に何回だって経験してるんだ。今更魔術師ごときに俺が負けるなんてありねえ)

 ソフィアなど肉薄すれば、そのまま力づくで押し倒して勝てる。
 ムックはそう確信していた。

「あー……痛いのとか、大丈夫なんですかあ? 模擬戦なんで、もしかしたら怪我するかもしれないですよ? 俺が怪我を負わせても、宰相様に泣きついて俺に罰を与えたりしませんよね?」

 ムックはワザと苛立つような話し方でソフィアに質問する。

「ええ。構いません。模擬戦の結果であなたに報復することはないと誓います」

 杖を構えたソフィアは動じることなく返事をした。

「へー、そうなんですね。…………言質はとったからな」

 その様子に少し苛立ちを覚えながらも、ムックは木剣を構える。
 ムックにとって、その言質を取るのは重要だった。
 模擬戦で怪我をさせた結果、騎士団を首にされたりしたら、たまったものではないからだ。
 しかしあっさりとソフィアからは言質を取ることができた。
 それどころか、思っていたよりも成果は大きかった。

(よし、決めた。絶対に報復はないんだから、組み合った時にどさくさに紛れて胸でも揉んでやろう)

 ムックはそんなことまで考えて、下卑た笑みを浮かべた。
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