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38話 魔獣の討伐

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「まさか、こんな森にやって来るとはな……」

 鬱蒼とした森の中を歩きながら、レオは呟いた。
 ソフィアの提案により、レオにソフィアの実力を知らしめるために、二人は王都から離れた森の中へとやってきていた。
 レオとソフィアは二人だけでこの森に来たわけではなく、騎士が十人ほど一緒に付いていた。
 この騎士たちは、この森にいる強力な魔獣を討伐する任務に就いており、それを見たレオが騎士団の魔獣の討伐に同行しようと提案した。
 騎士団の魔獣の討伐に同行するのはソフィアとレオの護衛兼、実力を見定める為でもある。
 実際に盗賊団の討伐を行う騎士団の人間によって、盗賊団の討伐に参加しても大丈夫か判断をしようとしているのだ。

(ここでレオにしっかり実力を見せないと……!)

 ソフィアは両手の拳を握りしめ、決意する。

「ソフィア、本当にその服装で良いのか?」

 レオは後ろを着いて来ているソフィアの服装を見て、本当にそれでいいのかと質問した。
 ソフィアの服装はいつも通りにローブ姿だ。
 とても森の中で動けるような服装には見えない。

「大丈夫だよ。実はこのローブ、結構快適なの。妖精の鱗粉を練り込んでるから魔力で歩くのを補助してくれるし、しかも、温度も自由に変えられる優れものなんだよ」

 ソフィアはふふんと自慢げに胸を張る。

「そうか」

 少し子供っぽいソフィアのその仕草を見て、レオは微笑む。
 素っ気ない返事に聞こえるが、声には確かにソフィアへの愛がこもっていた。
 それを見ていた騎士達は「あの宰相様がこんな表情を!?」だとか、「こんなに心を許している顔は初めて見たぞ!」と心の中で動揺していたが、幸いにも騎士団で鍛えた鉄面皮によって、二人には全く伝わっていなかった。

「それこそ、レオもそんな服装で大丈夫なの? いつも着てる宰相の服だけど」

 今度はソフィアがレオに質問する。
 ソフィアのいう通り、レオの服装はいつも通りの仕事用のものだった。
 ゴテゴテとした飾りはつけられてないものの、ある程度は威厳を保つために装飾が施されている。
 そんな服で、この森の中を歩いていて大丈夫なのか、とソフィアは考えていたいた。

「俺も大丈夫だ。宰相という立場上、いつ敵と戦っても良いようにこの服で戦う訓練は積んである。もし闘いになったとしてもパフォーマンスは落ちることはない」

 しかしそんな心配は杞憂なようで、レオは涼しい顔で肩をすくめる。

(そういえば、盗賊団と戦う時もこの服装で戦ってたな……)

 ソフィアは誘拐された時のことを思い出す。
 宰相服を着ていながら、レオの動きは全く衰えないどころか、そこらの兵士よりもよほど速かった。
 仕事服で手下どころか団長のジルドンを圧倒していたあたり、実はレオは国内でも有数の実力者なのではないだろうか。
 そんなソフィアの疑念など知る由もなく、レオはまたソフィアに質問した。

「それより、杖をずっと浮かせているが、魔力は大丈夫なのか?」

 レオはソフィアの隣をふよふよと浮かんでいる杖を指差した。
 ソフィアはこの杖を森を歩いている間、ずっと浮かせている。
 そろそろ魔力が尽きて来るんじゃないか、とレオは心配していた。

「大丈夫、魔力は全く減ってないから」
「そうなのか」
「杖を浮かせるのは初歩の魔術だからね。これくらいなら魔力の消費は少ないし。それに私は体力が無いから、こうしないと杖は重くて運べないんだよ」
「魔力の消費が少ない? 本当か?」

 レオは隣のベテランの騎士に聞く。
 ベテランの騎士は慌てて首を横に振った。

「私は長年魔術師を見てきましたが、こんなに魔術を使い続けるのは普通おかしいかと」

 ベテランの騎士はソフィアを畏怖の目で見ながらレオにそう言った。

「だろうな」

 やはりソフィアは異常らしい。
 予想していたので、特に驚きもしなかった。
 本人には自覚がないようだが、ソフィアは常人よりもかなり才能がある。
 謙虚は美徳だと言うが、流石に謙虚すぎやしないだろうか、とレオは思った。

「それよりも、忙しいところをついてきてもらってすまないな」
「いえ、魔獣の討伐は我ら騎士の仕事ですので!」

 レオが騎士に謝ると、騎士団が敬礼する。
 無理を言ってこの魔獣の討伐に同行したが、恐らくかなり迷惑だっただろう。
 そのため、レオは騎士団の面々に謝罪したのだが……。

「宰相様がいれば、こちらも百人力です!」
「そうです!」
「逆に私達の方が安心します!」

 騎士達は口々にレオを褒め称える。

「戦闘面で頼りになる宰相ってなに……」

 その光景を見て、ソフィアはポツリと呟いた。
 そうして、レオと騎士団のことに気を取られていたからだろう。

「あっ」

 木の根にソフィアが足を引っ掛け、転びかける。
 その時、レオがソフィアを抱き止め、転倒を防いだ。
 黒髪と黒目が間近に迫る。

「ご、ごめんなさい……」
「怪我はないか」
「うん……」

 ソフィアはレオの手を借りてしっかりと立つ。

「ここからは足元に気をつけろ」
「うん」

 しっかりと足元を確かめながら、ソフィアは森の中を歩いていった。



「魔獣が現れました」

 斥候に行った騎士が戻ってきて、魔獣の存在をレオに伝えた。
 他の騎士たちの雰囲気が一気に引き締まる。

「標的の魔物か」
「はい、炎蛇《フレイムスネーク》です」

 炎蛇。
 身体から紅蓮の炎を吐き出し、直径一メートル、長さ二十メートルはある巨体をくねらせる炎蛇は、並の冒険者では束になっても敵わない相手だ。
 切りつけようと近づけばその身体から出す炎に焼かれ、魔術を放っても炎の鎧が魔術を打ち消す。

「では、私が行ってきます」
「了解しました」
「気をつけろ」

 ソフィアがベテランの騎士にそう言うと、ベテランの騎士は頷いた。
 ソフィアはレオの送り出す言葉を背中で受け止めながら、炎蛇の前へと出ていった。

 ソフィアと炎蛇が相対する。
 レオと騎士団がその様子を見守っていた。

「さて、どうやって戦うのか……」

 ベテランの騎士が呟く。

「大抵の魔術は効かない相手に、どう立ち回るのか……見物ですね」

 それに部下の騎士が追随した。
 国の主戦力である騎士団が相手をしなければならないと判断された魔獣。
 果たしてソフィアのような、いかにも魔術師然とした娘に炎蛇の討伐が出来るのか……。
 彼はソフィアの実力を見極めるため、一つの動作も見逃すまいと注視していた。

「……」

 反対に、レオは少し心配そうに眉を顰めてその様子を見守っていた。
 もし危ない状況に陥ったと判断したとき、いつでも助けに入ることが出来るように、剣の柄を力強く握る。

「……ふぅ」

 ソフィアは深く息を吐いた。
 ソフィアは浮かせている杖を手元に寄せて、しっかりと握りしめる。

 炎蛇がチロチロと舌を出すと、口の端から炎が漏れた。
 十メートルは離れているのに、ここまで身体から出ている炎の熱波が伝わってくる。
 炎蛇はソフィアを警戒してから、見定めるように、じっと見つめている。

 決着は一瞬だった。

「『魔力砲《マナ・カノン》』」

 ソフィアがそう唱えた瞬間、杖の先に魔力が集り、炎蛇へ向けて放たれた。
 通常よりも魔力が圧縮された『魔力砲』は、まるで紙を破るかのように炎蛇の炎の鎧を貫いた。
 身体に風通しの良い空洞が空いた炎蛇が、大きな音を立てて地面に倒れる。

「は……?」
「えっ……」

 ベテランの騎士と、その部下たちは愕然としていた。

「な……炎蛇がたった一撃で!?」
「そ、それに聞き間違えでなければ、今使ったのは『魔力砲』なのですか!?」

 ベテランの騎士がソフィアに質問した。

「はい、そうですけど……」

 ソフィアが肯定すると騎士達がざわめいた。

「あれが『魔力砲』!?」
「そんな……ただの単純な中級魔術で炎蛇を倒したと……!?」
「どう見ても上級魔術に匹敵する威力だったぞ!」
「発動速度もとても中級魔術の速度とは思えない速度だったぞ。あんなの、誰も避けれないんじゃないか?」

 騎士団はソフィアの『魔力砲』を見て様々な議論を行っていた。
 どうやらある程度の実力はあると認めてもらえたらしい。

「どうだ。ソフィアの実力は盗賊団の討伐に連れていけるか?」
「……」

 快諾、と思いきやベテランの騎士は顎に手を当てて考えていた。
 それは他の騎士達も同様で、唸っている。

「確かに魔獣への戦闘力は十二分にあるのは分かりました。しかし盗賊団討伐に連れていけるかと、言われると……」
「ふむ」

 レオが続きを促す。

「魔獣の討伐と人間との戦いは全くの別物です。自分を殺すつもりの人間と戦うとなると、どうしても尻込みしてしまう人間はいます。戦えるかどうかは、対人を経験してみないと……」
「その通りだな」

 レオはベテランの騎士の言葉に、その通りだと頷いた。
 ソフィアとしても、その理屈には理があると思ったので、何も言わなかった。

「では、一度騎士団と模擬戦をしてみるか」
「えっ」

 しかし、今度レオが提案したのは、ソフィアが全く考え付かなかった案だった。

「その方が手っ取り早く実力を確認できるだろう」
「い、いやしかし……宰相様の婚約者様を危険な目に遭わせるのは……」
「確かにこれほどの実力の魔術師がいるのはありがたいですが……」

 騎士団の方も当然というべきか、ソフィアが模擬戦をすることには渋っていた。
 宰相の婚約者を危険な目に遭わせるわけにはいかないからだろう。
 しかし、それは暗に言えばソフィアの実力は認めているということだ。

「どのみち、危険な目に遭う覚悟もないなら盗賊団の討伐には参加できまい。そうだろう、ソフィア」

 レオが挑戦的な笑みを受かべてソフィアに尋ねてくる。
 その目は「まさかここで逃げたりしないよな?」と言っているようだった。
 ソフィアはそのレオの問いに応えるように、笑顔を返した。

「もちろん、模擬戦をさせていただきます。私だって戦う覚悟はあるんですから」
「本人もこう言っていることだし、手間だが模擬戦をしてもらえるか……」
「…………分かりました。一度王都へ帰って、模擬戦をしましょう」

 ベテランの騎士は観念したようにレオの提案を受け入れた。
 そういう訳で、ソフィアは騎士団の騎士と模擬戦を行うことになった。
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