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26話 レオとのデート

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 それは突然だった。

「ソフィア、明日デートをしよう」
「え」

 ソフィアはレオから放たれた言葉に耳を疑った。
 あのレオから、「デート」という単語が聞こえた気がするが、恐らく聞き間違いだろう。

「あの、今何て……?」
「聞こえなかったか。明日デートをしないかと言ったんだ」
「デデデ、デート!?」
「街へ出かけよう。明日は特に予定は無いな?」
「な、無いけど……」
「決まりだ。では、明日の正午、迎えに行く」

 レオはそれだけ言って立ち去っていった。
 凄まじい速度で決められたデートに、ソフィアはあまり実感が湧かないまま、翌日を迎えることになった。




「ほ、本当に来るのかな……」
「大丈夫よソフィア。自信を持って!」
「そうだ。父さんたちは応援してるからな!」

 レオとデートをすると聞いた両親が後ろで騒いでいる。
 翌日、いつものローブではなく、外出用の服に身を包んだソフィアが屋敷で待っていると、本当にレオが迎えにきた。
 昨日はあまりに早かったので実は夢ではないか、と思っていたソフィアだが、その予想は外れたようだ。
 レオはいつも通り黒を基調とした服装なものの、街へ出かけるためか装飾はシンプルなものを着ていた。
 レオはソフィアを見ると、いつもの無表情を少し崩して、微笑んだ。

「ソフィア。似合っているぞ」
「その、レオも格好いい……よ?」

 何だか私服で、しかも両親が近くにいる場でレオと初めて会ったので、気恥ずかしさが勝り目を合わせることができなかった。
「その割には俺のことを見ていないようだが」


 当然レオもソフィアの視線が明後日の方向を見ていることに気がついて指摘する。

「あ、あの、これは、その……!」

 ソフィアは赤面して目を回し始めた。

「さ、行くぞ」

 そんなソフィアを見てレオは手を掴んで引き寄せると、強引に馬車まで連れて行く。
 後ろでソフィアの両親と見送っている使用人が歓喜の悲鳴を上げる声が聞こえた。
 ああ、これは帰ってきたら根掘り葉掘り聞かれるな、とどこか他人行儀に考えながらソフィアは馬車に乗り込んだ。




 やってきたのは王都の一等地にある商業区だった。
 一等地にある商業区は比較的治安が良く、貴族が好むブランド品や高級品が揃っているので、基本的に貴族が良く利用している。
 もちろん、大きな商会を持っている平民など、裕福な平民が立ち寄ることもある。
 店が立ち並ぶ中、ソフィアとレオは並んで歩いていく。
 お洒落な服やドレスがウインドウに並べられているここは、今まで魔術一筋だったソフィアにはあまり縁が無い。
 そのためソフィアは緊張していた。

「あ、あの……」
「どうした」

 しかしそれよりも、もっと緊張していることがあった。

「何でこんなにくっついてるんですか!」

 レオがピッタリとソフィアにくっついているのだ。
 具体的には手を握り、限りなくレオとソフィアの距離が近くなっていた。
 しかも指を絡める恋人繋ぎだ。
 まるでバカップルのような二人には当然視線が集中するし、レオの整った顔が近くにあるしでソフィアは気が気じゃなかった。

「敬語が戻っているぞ」

 レオがソフィアが敬語になっていることを指摘する。
 衝撃の事態にキャパオーバーしてしまったソフィアは、自然にレオの敬語を外していたようだ。

「あ、えっとその……ごめん」
「気にするな。徐々に慣れていけばいい」

 レオは肩を竦めて、話題を変えた。

「これはどうだ。似合うと思うが」

 レオは流行りの服を指差してそう言った。
 しかしソフィアは首を横に振った。

「確かに憧れるけど、私には似合わないから」

 ソフィアは自嘲する。
 今まで魔術一筋で、あまり見た目に気を遣ってこなかった自分には、こんな素敵な服は似合わない。ソフィアはそう考えていた。

「そんなことはないと思うがな」

 レオはソフィアの言葉を否定するが、少し考えてソフィアの手を掴んだ。

「まあ、別に今日は服を買いに来たわけじゃない。他の店も回ろう」

 レオはソフィアの手を引いて歩いていく。
 そしてレオが今度連れてきたのは魔術に使う素材が売られている素材屋だった。

「こ、これは……!」

 ソフィアは目を輝かせる。
 しかし、ソフィアはすぐにレオが自分が街に不慣れであることに気がついて、気を遣ってここまで連れてきてくれたことを理解し、申し訳なさそうな表情になった。

「でも、せっかくのデートなのに……」
「構わない。俺はお前が楽しむところが見たいんだ。遠慮なく見てくれていい」
「そ、そこまで言うなら……」

 ソフィアは途端にそわそわと興奮しながら、棚の商品を見ていく。
 それをレオは微笑ましく見ていた。

「いっぱい買っちゃった……」

 素材屋から出てくる頃には、両手に素材が入った紙袋を持ったソフィアがいた。
 ソフィアがその素材に興味を示すと何でも「買ってやろう」と言い出すので、ついつい歯止めが効かなくなってしまった。

「俺が持とう」
「え、でも……」
「デートに付き合ってもらった礼だ」

 レオはソフィアの手から奪うように荷物を取る。
 ソフィアはレオの言葉に甘えることにして、レオの横をついて行った。
 それから少し歩いていると、ソフィアがきょろきょろと辺りを見渡していたので、レオはどうしたのかと質問した。

「どうした」
「さっきから視線を感じるんだよね……」
「きっとソフィアを見ているんだろう」
「いや、レオの方だと思うけど……」

 どう考えてもレオの方が注目を浴びるに決まってる。
 特に、女性からの視線が凄い。
 横に並んでいるソフィアも嫉妬の視線が飛んでくるので、少し落ち着かない。

(でも、嫉妬の視線だけじゃない気がするんだよね)

 しかし本当に微かな違和感なので、自分の気のせいなのかもしれない。
 そう考えていると。

「あれを食べないか」

 レオが立ち止まり、とある店を指差した。
 レオが指し示したのはクレープ屋だった。
「なんでも、若者の間で流行っている店らしい」
 魔術一筋であるソフィアも甘いものには目がなかった。

「食べたい!」
「買ってくるから、ここで待っていてくれ」
「うん」

 レオはクレープを買いに行った。
 ソフィアは大人しくレオの帰りを待っていた。
 そして、しばらく経った時のことだった。

「ねえ」

 声をかけられたので顔をあげると、そこには二人の青年が立っていた。
 派手な装飾に身を包んでおり、軽薄そうな笑みを浮かべている。
 自分の裕福さを誇示するような身なりから察するに、どこか商家の息子といったところだろう。

「君、今暇?」
「ええと……」

 ソフィアは自分の置かれた状況を素早く察知した。
 ソフィアは俗に言うナンパに引っかかっているようだった。

「すみません。婚約者がいるので」

 婚約者がいることを教えて、さっさといなくなってもらおうと考えたのだが、彼らは引き下がらなかった。

「え、もしかして今フラれた?」
「いやいや、俺たちが誰かわかってんの?」

 まさか自分たちの誘いが断られるとは思っていなかったのか、信じられないような顔で眉を顰めている。

(まさか、私平民だと思われてる?)

 彼らの態度に、ソフィアは可能性に思い至った。
 ソフィアの服装は高価な布を使っているものの、彼らのように派手なわけではなく、どこか落ち着いているので、ソフィアの雰囲気と相まって平民だと思われているようだ。
 貴族と分かっていないなら尚更まずい。問題を起こす前に自分が貴族であることを教えて、さっさとどこかへ行ってもらおう。

「あの、私は……」
「良いから俺たちと来い!」

 ソフィアが口を開こうとした途端、二人のうちの一人がソフィアの腕を強く掴んだ。
 レオとは違う、ソフィアのことなど全く考えていない、力任せの暴力にソフィアは小さく悲鳴をあげた。

「何をしている」

 しかしその腕を別の腕が掴んだ。
 聞き覚えのある声に、ソフィアは安堵の笑みを浮かべた。

「レオ……!」
「な、なんだコイツ……!」

 いきなり現れたレオに、二人は驚愕していた。

「俺の婚約者に何をしている」

 レオからは怒気が溢れ出していた。
 今まで見たことがないようなレオの眼光に、ナンパの二人は後ずさる。

「この手を離せ」
「痛っ……!? 分かった! 分かった離す!」

 レオが腕に力を込めると、ソフィアの手を掴んでいた方が苦痛に顔を歪め、手を離した。

「お、お前ら、こんなことをしてどうなるか分かっているんだろうな!」
「ほう、それは宰相である俺を敵に回すということか?」
「え?」
「……ッ!? おい不味いって! コイツら貴族だ!」

 片方がソフィアとレオが貴族であることに気がついたようだ。
 そしてサーっと顔が青ざめていく。

「失せろ。二度と目の前に姿を現すな」
「も、申し訳ありませんでした!」

 二人組はレオにもう一度睨まれると、途端に走っていった。
 レオはその背中を鋭い目つきで見送り、彼らの背中が見えなくなるとソフィアに怪我がないか確認し始めた。

「大丈夫か。怪我はないか」

 レオはソフィアがさっき掴まれていた腕を見る。

「大丈夫。どこも怪我はしてない」
「そうか……」

 レオは安堵したのか、息を吐き出す。
 いつもの無表情だったが、安心したような表情になっていた。

「やはり俺の言うとおりになったな。見られているのはお前の方だ」
「え、うん……そうだね」

 どうやらさっきの視線のことを言っているようだ。
 確かに狙われていたのはソフィアらしい。
 きっと視線の正体は彼らナンパ二人組だろう。

(よし、視線については解決したし、今日はデートを楽しもう!)

 ソフィアは気分を切り替え、デートに戻っていった。
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