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13話 デルムの焦燥

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 それはいつも通り、デルムが研究室で優雅に寛いでいた時のことだった。
 アンティークのカップに最高級の茶葉で淹れた紅茶を一口飲み、目の前の人物に尋ねた。

「……それで、お前たちはまんまと自分たちのせいだと認めたと?」
「も、申し訳ありません!」
「あの目に睨まれると足が竦んで……!」

 椅子に座っているデルムの前には三人の研究者が跪いて頭を下げている。
 デルムは長いため息を吐いた。

「別にソフィアの畑を荒らしたのはいい。嫌がらせするのも溜飲を下げる方法としては効果的な方法の一つだ。俺はやれと言っていないがな」 

 デルムは「だが」とつけ加える。

「最も罪深いのは、お前たちが俺の名に傷をつけたことだ。見ろ、この純白のマントを」

 デルムは白のマントを手で払う。
 白いものは汚れていればかなり目立つが、純白の布で作られたマントには汚れ一つ見たらない。

「これは俺の高貴さと、優雅さと、洗練さを表しているんだ。お前たちがしたのはこのマントに泥をつけたようなものだ」

 デルムはため息をつきながら頭を振る。

「令嬢たちからの評判が落ちたらどうするつもりなんだ?」

 純白のマントをつけたデルムはその名声と整った顔から、素顔を知らない貴族の令嬢や市民からは人気があった。

「大変申し訳ありません!」
「お許しください……!」

 研究者たちは平身低頭して謝罪する。
 しかしデルムはまだ許す気はないようで、また何か言おうと口を開いた。

「た、大変です! デルム様!」

 その時、扉を開けて慌てて入ってきた。
 良いところを邪魔されたデルムは不機嫌そうな顔でたった今入ってきた研究者を見る。

「なんだ」
「大変なんです! これを見てください」

 男はそう言ってデルムに一枚の紙を差し出した。
 封筒もあるので恐らく手紙だろう。しかし、誰かからの手紙にしてはかなりカッチリとした印象を抱かせる装飾が施されている。
 デルムは怪訝な目をしながら手紙を手に取って、内容を確認した。
 そして驚愕と共に目を見開いた。

「さ、再審議だと!?」

 デルムは叫んだ。
 手紙は管理局からであり、そこにはデルムが現在権利を持っている『水障壁』の魔術を再審議にかける、という内容だった。
 理由は本当にデルムが権利者であるか疑わしいため、と書かれてある。

「なっ……! これはどういうことだ!」
「わ、分かりません」
「審議も何も、これは俺の魔術なんだぞ!」

 どこか演技がかった口調でデルムは『水障壁』が自分のものであることを主張した。
 なぜなら、派閥の主としてデルムが崇められているのは『水障壁』を発明したとされているからだ。
 デルムの派閥にいるほとんどの人間は、デルムが『水障壁』をソフィアから奪ったことを知らない。
 知っているのは信頼できる人間と、買収した審査官だけ。
 真実が知られればデルムの評判は地に落ちるだろう。
 だからデルムは必死に自分のものであると主張した。

「なぜ俺の魔術なのに再審議されなきゃならないんだ! 今すぐにでも抗議してやる!」
「私たちもそう思います! デルム様、私たちにも協力させてください!」
「ええ、今すぐにでも証拠を提出して、管理局を黙らせてやりましょう!」
「あ、ああ。そうだな……」

 デルムは目を泳がせた。
 そのデルムの無罪を晴らすための証拠は、全てソフィアが握っている。
 それに下手に関わらせたらどこから情報が漏れ出すか分からない。

「…………いや、これは俺の手で決着をつける。俺の魔術だからな」
「流石です、デルム様。冤罪だというのにそれに真っ向から立ち向かうその強さ。尊敬します!」

 研究者たちはよりデルムに対して憧れの視線を注ぐ。
 デルムが『水障壁』の発明者ではないと分かった瞬間、これが全て敵視に変わるかもしれない。
 デルムは少々居心地の悪さを感じつつも、笑顔を浮かべて「任せておけ!」と言うのだった。




 数日後。
 状況は全く改善していなかった。
 それも当然だ。状況を改善できる唯一の手段はソフィアが所有しており、手出しができない状況にある。

「……」

 デルムはいつもの椅子に座り、優雅に紅茶を飲む。
 しかし耳にはヒソヒソと話す声が聞こえてくるため、リラックスできない。
 デルムが権利の証明をできずに数日経った今、デルム派閥の人間はデルムに対して少しずつ懐疑の目を向けるようになっていた。
 証拠である資料を提出するだけで管理局はデルムを『水障壁』の権利者であると認めるのに、それをいつまで経っても行わないためだ。

「……っ!」

 デルムはギリ、と歯噛みをすると椅子から立ち上がり、自分しか立ち入ることの出来ない自室へと戻った。
 机の上にはインク壺に刺さったままのペンと、何枚もの紙が散らばっている。

「なぜ俺に出来ないんだ!」

 デルムは机に戻り、紙に文字を書き連ねて行く。

 もちろん、デルムは証拠の資料を捏造しようとした。
 しかし貴族魔術学院時代はともかく、研究所に入ってから全く研究をしていなかったデルムでは『水障壁』の研究論文はおろか、構造ですら完全に理解することができなかった。
 術式があるため、魔術の発動に際して完全な理解は必要ないのだが、論文の執筆という段階になってくると話は変わってくる。
 ここで、着実に努力を重ねてきたソフィアと、日々怠惰に人任せに生きてきたデルムの差が出始めた。

「くっ……! このままでは、俺が不名誉を被ってしまう!」

 ぐしゃ、と机の上の書きかけの論文とも呼べない出来損ないを握りつぶす。
 しばらく経ったのに、全く進捗が無いことにデルムはイライラしていた。
 思考はぐちゃぐちゃで、一息ついて整理しないと頭が爆発しそうだった。

「はぁ……とにかく気分転換を……」

 デルムは気分転換しようと、紅茶を飲もうとして……とある噂が耳に入ってきた。
 ソフィアが新しい魔術を発明したというものだ。
 そして、それに加えて「本当はソフィアが『水障壁』を発明したのではないか」という言葉も。
 次の瞬間、デルムは部屋を飛び出した。

(これ以上ソフィアに成果をあげられると、俺の立場が危うくなる……!)

 いつもはゆったりと、余裕たっぷりに歩くデルムは、今はいかり肩で早足で歩いている。

「ソフィア!」

 デルムはソフィアの前に立ち塞がる。
 いきなり目の前に立ち塞がられたソフィアは怪訝な目でデルムを見ている。
 デルムはソフィアに指を突きつける。
 そこで、起死回生の一手としてデルムはソフィアに決闘を申し込んだ。

「ソフィア・ルピナス! お前に決闘を申し込む!」
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