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6話 ベッドの側には

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「んん……」

 ソフィアは目を覚ました。
 目を開けると、ベッドの横で椅子に腰掛け、本を読んでいるレオがいた。

「レオ様っ!?」

 ソフィアは慌てて起き上がる。

「起きたか」

 レオは本を閉じる。

「わ、私、どれくらい寝てましたか……!?」
「一時間程度だと思うが……」
「その間レオ様はずっとそこで本を読んでらっしゃったのですか?」
「いや、さっきまで仕事をしていた。終わったから本を読んでいたんだ」
「申し訳ありません……」
「謝らなくていい。それより気分は良くなったか」
「あ、はい。仮眠をとったのでかなり良くなりました」
「そうか」

 ソフィアがそう言うとレオは椅子から立ち上がる。

「さっきの続きを話すぞ。婚約者になったんだ。色々と確認しておいた方がいいだろう」
「あ、はい」

 そしてソフィアとレオはソファに座った。

(それにしても、とんでもない人と婚約してしまった……)

 対面で紅茶を飲んでいるレオを見て、ソフィアは改めてそう思った。
 凍りつくような美しい貌に、他を寄せ付けない立ち振る舞い。
 わずか二十五歳にして宰相になった類を見ない優秀さ。
 そんなレオと婚約できたなんて、過去の自分に言っても信じないだろう。

「さて、まずは何を話すかだが、疑問はあるか」

 疑問はあるか、と言われても疑問だらけだ。
 まず何故ソフィアと婚約してくれたのか。
 そして、さっきの「婚約できてよかった」と言うのは一体どういうつもりで……。
 思い出すとまた頬が熱くなってきた。

「何故私と婚約を……?」

 ソフィアは思い切ってレオに質問してみることにした。

「ふむ、まず、俺が第一王子の陣営だと言うことは分かっているな」
「はい、それは知っています」

 レオが第一陣営の筆頭だということは知っている。

「だから、俺は第一王子の利益になるように行動する。そういうことだ」
「えっと……もう少し詳しく聞きたいんですけど」

 あまりに簡潔すぎて理解することができなかったので、ソフィアは重ねて質問する。

「ルピナス家は第二王子と婚約するだけあり、規模は大きい。国内で最大の鉱山を持ち、人脈も広い。流石は第二王子陣営の筆頭と言える」
「それは、ありがとうございます……?」

 家のことを褒められるのは嬉しいのでお礼を言った。

「加えて、お前がとても優秀だ」
「え、私ですか?」
「ああ、俺からすれば何故疑問を持っているのか分からないんだが」
「そう言われましても、私は何の実績も残せていないので……」
「そんなことはない。貴族魔術学院を飛級で卒業しているじゃないか、それも次席で」
「それは、そうですけど」
「その上、卒業の直前まで首席だった。これは興味本位だが、何故次席に?」
「それは……デルム様が婚約者に首席は譲るものだと言われて」
「なるほど、顔を立てるように言われたのか」
「はい……」

 ソフィアは魔術学院を飛級の首席で卒業するはずだったのだが、デルムに「首席を譲れ」と言われ、婚約者の顔を立てるべきか悩んだソフィアは最終的にデルムに首席を譲った。
 そのため魔術学院はデルムが首席、ソフィアが次席となっている。
 だが、当時魔術学院に在籍していた者の間ではソフィアの方が首席に相応しいことは周知の事実となっている。

「とにかく、飛び級次席という実績は使える。それに新しい魔術も発明したんだろう」
「っ何故それを」
「少し調べればわかる事だ。世界で四つめの『汎用防御魔術』か。改めて聞いても凄まじい発明だ。第二王子が盗んでまで自分の功績にしようとした理由も分からなくもない」

 『汎用防御魔術』。
 魔術師が防御手段に使う汎用的な魔法を指す言葉だ。
 今まで汎用防御魔術は三つしかなかった。
 『氷壁アイスウォール』『土壁サンドウォール』『光障壁プロテクション』の三つだ。
 そこにソフィアは新しく『水障壁アクアプロテクション』の魔術を加えた。

「新しい防御魔術の発明は多くの魔術師の命を救うことに繋がる。開発した人間はまさに英雄のように扱われるだろうな」

 実際、表向きには汎用防御魔術を発明したことになっているデルムは、研究所の中でまさに英雄のような扱いを受けている。

「でも、魔術はもう登録されてしまって……」
「ふむ」

 ソフィアが暗い顔で俯くと、レオは顎に手を添えて考えこんだ。
 そして顔を上げてソフィアの顔を見た。

「それなら俺が取り戻そう」
「出来るんですか?」

 ソフィアが勢いよく顔を上げる。
 ソフィアの目には少し希望の光が灯っていた。

「権力には権力をぶつければ良い。少し時間はかかると思うが、できるはずだ」
「ありがとうございます!」

 もう自分の手には戻ってこないと思っていた魔術が取り返せるかもしれない、と聞いてソフィアは思わず嬉しさのあまり立ち上がり、レオの手を握った。
 しかしすぐに冷静になってソファに座り直す。

「あっ、すみません……」
「話が逸れたな。元に戻そう。新しい魔術を開発したソフィアと、ルピナス家がこちら側に入れば第一王子が国王となるのは確定する。だから婚約破棄された今、お前と婚約したかった」
「あ……なるほど……」

 さっきから疑問だったことが腑に落ちた。
 どうやらさっきの「婚約できてよかった」発言は私と婚約したかったわけではなく、ルピナス家を第一王子陣営に引き込みたい、という意味だったらしい。
 また勘違いしていたようだ。本当に恥ずかしい。
 と、そこでソフィアはとあることに気がついた。

「ん? と言うことは国王様は第一王子が国王になるのを言外に後押ししたと……」
「思ったより頭が良いな。そうだ、第二王子はもう見捨てられた」

 キッパリとレオはそう言い切った。
 どうやら、デルムは後継者として失格の烙印を押されたらしい。

「そうですか……」
「俺から見ても納得の判断だ。婚約破棄の件に加えて、他人の功績を横取りする者にはこの国は任せることはできない、ということだろう。どうやら本人は気付いていないようだが」
「そうですよね」

 ソフィアは少し何とも言えない気持ちになった。
 嫌な思い出が多かったが、あんなのでも婚約者だったのだ。
 知らずのうちに将来が断たれているデルムには少しだけ思うところがある。
 そんなソフィアの心情を察してか、レオは話を変えた。

「次の質問はあるか」
「レオ様は何故婚約破棄をされたんですか……?」

 今度はソフィアの方からレオが婚約破棄された理由を聞いた。
 レオは少し目を伏せた。やはり辛い記憶を聞いてしまったのだろうか。
 だが、何故ロベリアがレオとの婚約を破棄したのかが疑問だったのだ。
 こんな好条件の男性との婚約を破棄する理由が分からない。

「それは、俺のサントリナ家がロベリアのオーネスト公爵家を宰相の地位から落としたからだ」
「宰相の地位から落とした?」
「元々、俺の父が宰相になる前、ロベリアのオーネスト公爵家が三代続いて宰相の地位に就いていた。だから、ロベリアと俺との仲はとても悪かったんだ」
「それで昨日婚約破棄を?」
「ああ、全く身に覚えのないことで泣かれて、公衆の面前で婚約破棄された」

 どうやらレオもソフィアと同じく冤罪で婚約破棄をされたようだ。
 ソフィアは同情的な目でレオを見つめる。

「私もおんなじです。お互い似たもの同士ですね……」

 ソフィアとレオはため息をつく。ため息のタイミングが重なった。

「ふっ」
「何だかおかしいですね」

 ソフィアとレオは少しの間くすくすと笑いあった。
 それから二人は何度か会話を交わして、ソフィアは帰ることになった。
 レオは椅子から立ち上がる。

「今日は時間をもらってすまなかったな」
「いえ、私もお話しできて楽しかったです」

 これは偽りのない本音だ。
 デルムと一緒にいた時はずっと詰られるか、雑用をさせられるかで、心休まる時間はなかった。
 レオも同じ気持ちだったのか、出会った時よりも穏やかな表情になっている。

「レオ様と婚約できてよかったです。これからもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 そしてソフィアは部屋から出て行こうとしたが。

「待ってくれ」

 レオに呼び止められ、ソフィアは振り返る。

「どうしましたか?」
「欲しいものはあるか」
「欲しいものですか……?」
「ああ。そう言えば聞くのを忘れていた。婚約した証として何か贈ろう。何がいい」
「欲しいものと言われても……」
「何でもいい。俺に用意できるものなら何でも用意しよう」
「……何でも?」

 ソフィアの目の色が変わったような気がした。

「じゃ、じゃあ研究室をください!」
「研究室?」

 ソフィアから出てきた言葉が予想外だったのか、レオは眉を少し上げた。
 ソフィアが少しずつ近寄ってくる。

「できますか! 研究室!」
「いや、用意はできるが」
「本当ですかっ!」

 ソフィアの変わりように、レオは表情にこそ出さなかったが面食らっていた。

「あ、ああ。本当だ」

 いつの間にかソフィアが至近距離にまで迫っていた。
 レオはさりげなくソフィアから距離をとる。

「ちょうど昨日第二王子の研究室の一つをもぎ取ってきたところだ」
「あっ、もしかして昨日研究所にいたのは」
「昨日ロベリアに婚約破棄されてな。第二王子の差し金だと聞いてむしゃくしゃしたから奪ってきた」

 『むしゃくしゃしたから奪ってきた』
 レオはそんなことを真顔で言ってきた。
 ソフィアは氷狼と呼ばれるレオからそんな言葉が出てきたチグハグさに困惑していた。
 この人、今までは冷たい人だと勘違いしてきたが、もしかして本当はかなり天然なところがあるのでは……?

「研究室は明日から使えるようにしておこう」
「ありがとうございます!」

 レオの言葉でソフィアの意識が研究室に向かう。
 もう研究所で魔術を研究することができないと思っていたので、思いがけず研究室を手に入れたのはソフィアにとってまさに僥倖だった。

「そうだ! もう雑用からは解放されたんだから、自由に研究できる! ああ、何を研究しよう……!」

 ソフィアは涎を垂らしながら空想を膨らませる。
 しかしレオの一言で現実に戻された。

「ソフィア」
「あっ、申し訳ありません!」

 人前で自分の世界に浸ってしまっていたことに気づき、口元の涎を拭う。

「いや、それほど喜んでもらえるならこちらも贈る甲斐がある」
「それではこれで失礼します!」

 そしてソフィアは上機嫌な笑顔で部屋から出ていった。
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