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2章

41話

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「は? え?」

 クレアは困惑している。
 クレアは自分のことになると少し鈍感になるので、まさか今マーガレットと婚約破棄をした途端に自分が婚約を申し込まれるとは思っていなかったのだろう。

 私からしたらルークの狙いは見え見えだったが。

 ルークは元々クレアに想いを寄せていたのでマーガレットとの婚約が破棄されればクレアに婚約を申し込もうとするのは当然の流れだろう。

 マーガレットも予想通り、と言う顔をしている。
 マーガレットは今まで婚約者としてルークを近くで見ていた分、考えることが分かっていたのだろう。

「な、何で……?」

「よく聞いてくれた!」

 クレアは「なぜ今?」という意味の質問だったが、ルークはなぜプロポーズしたのか、という意味に聞こえたらしい。
 ルークはクレアの近くまで来ると跪き、クレアの手を優しく持った。

「最初は一目惚れだった。でもクレアと接しているうちに、どんどん可愛いところも見えてきて、今ではもうクレアのことしか考えられない! これはもう愛なんだ! だからクレア、俺と婚約してくれ!」

 ルークは盛大な愛の告白をクレアへと捧げた。
 聞いていてこっちが暑苦しくなるほどに熱がこもっているのが分かる。
 クレアはどんな反応をしているのか、とクレアを見る。

「……」

 クレアは笑顔を維持しながらも真っ青な表情で今にも吐きそうになるのを我慢しているような顔になっていた。
 『オエェ……』と言いたそうだ。

 元々クレアの恋愛対象は異性。
 価値観が進みきっていないこの世界では同性愛に対する抵抗があるだろう。
 それにクレアは男。後継ぎを残さなければならないルークの正妻になるには面倒が多すぎるので断らなければならない。

 それなのに、むさ苦しい男にいきなり手を取られ、愛していると口説かれて、しかも相手が王子ということもあり断り辛い。
 クレアにとっては相当ストレスを感じる状況だろう。

「残念ですが、私にはそのお話は受け入れることができません」

 クレアは何とか自分を持ち直すと丁重に断る。

「なっ!? 何故だ」

 ルークは自分の告白が断られると思っていなかったのか、驚愕している。

「私ではルーク王子に釣り合いません。もっと他に相応しい方がいます」

 クレアはルークに握られた手をすっと引いて離す。

 あっ、どさくさに紛れて手を剥がそうとしてる。
 しかし案外ルークの力が強いのか、手を剥がしきれず手こずっているようだ。
 クレアの表情が焦りはじめた。

「釣り合うかどうかなんて関係ない! 俺はクレアがいいんだ!」

「うっ……」

 手を引き剥がそうと奮闘していたところに、急にルークに顔を近づけられ、クレアは顔を顰める。

「ですが……」

「クレア以上の女性なんていない! 俺はクレアとこの国をともに繁栄させていこう!」

 クレアの声をかき消すような大声でルークは告白する。
 ルークの猛攻でクレアが押され始めた。
 情熱的すぎてこっちが当てられてしまいしそうだ。

 私は隣にいるマーガレットの様子が気になって横を見る。

 あ、目が死んでる……。

 誰であれ元婚約者が自分と別れると決まった瞬間別の女性を口説いていたら、そんな顔にもなるだろう。

 少しはマーガレットに配慮はしないのか、と思ったが、ルークにそんな配慮ができているならこんな状況にはなっていないことを思い出した。
 ルークは元の世界の言葉で表すなら、ノンデリカシー男だろう。

「いやでも……」

 クレアはどうやって断るのか困っている様子だ。
 大前提として、自分が男であることを隠さなくてはならない。
 その上で王子であるルークの告白を断らなければならないので、言葉選びはかなり難しいだろう。

「王子である俺の何がいけないんだ!」

 そしてこのようにルークは無自覚に権力を盾にする癖がある。
 王子の告白を断るのか、と面と向かって言われて「はい」とは言い辛いだろう。
 ルークはそれを理解していないのだ。

「私は……」

 クレアは目の前の状況に処理能力が追いつかなくなったのか、目をぐるぐると回していた。
 もうクレアはまともにルークの告白を断ることができないだろう。

(しょうがない。正体を明かすことになってもここは私が……)

 私は正体を明かしてでもクレアを守ることを決意して、一歩前に出た。

 その瞬間。

「もう我慢なりませんわ……!」

「え? あっ、マーガレットさん!?」

 マーガレットが飛び出した。

「しっかりしなさい!」

 マーガレットはクレアに近づき、クレアの両頬を両手でサンドする。
 そしてクレアを叱りつけた。

「男でしょう! 嫌ならしっかり断りなさい!」

「え……?」

「は……?」

 クレアとルークはポカンとしていた。
 私の口からも「うそ……」と言葉が漏れた。

「えええええっ!?」

「ちょっ!? えっ!?」

 私は叫び声を上げた。
 クレアも驚愕している。

「あなたがスッパリ断らないと私がずっと──」

 マーガレットがクレアに説教を始めた。
 しかし私はそれを遮る。今はそれより重要なことがある。

「マ、マーガレットさん!」

「何ですの?」

「クレアさんが男だって、知ってたんですか……?」

「え? そりゃあ知ってましたわよ。幼馴染なんですから」

 マーガレットは当然のように答えた。

「と、ということは今まで私たちが頑張って隠してきたのは……」

「全くの無駄ですわよ?」

「そ、そんな……」

 クレアがショックを受けていた。
 どうやら、私たちがマーガレットに対してクレアの性別を隠していた努力は無駄だったらしい。

「ははは、何を言ってるんだ。クレアが男な訳ないだろう。こんなに可愛いのに」

 その時、ルークが笑い声を上げながらクレアが男であるということを否定した。いや、認めたくないのかもしれない。

「面白い冗談だ。ね? 父上?」

 ルークは国王に質問した。
 それはクレアが男性である、というマーガレットの言葉を否定してもらうためだ。
 しかし、国王から返ってきたのは全く逆の言葉だった。

「ん? ルーク、何を言ってるんだ。クレアは男に決まってるだろう」

「へ?」

「だからクレアは男性だよ。ルークはクレアが男だと知らなかったのかい?」

 国王はさもクレアが男だということは当たり前だという様子で答える。

「………………」

 ルークは思考が止まったのか、数秒間沈黙した。

「え、ええぇぇぇぇぇええええっ!? クレアが、男っ!?」

 そして叫んだ。

「う、嘘だ! クレアが男な訳がない!」

「いえ、クレアさんは男ですよ」

「勝手なことを言うな男爵家!」

 ルークは頭を抱える。
 ぶつぶつと呟きながらながら冷や汗をかいていた。

「そんな……クレアが男だったら、俺は今まで男に恋をして……?」

 ルークはそこまで呟くと強く頭を振る。

「いや、嘘だ! そうだろう! クレア!」

 ルークは直接クレアに質問する。

「わ……、俺は、男です! 正真正銘の男性です!」

 クレアは男だと明かす決心がついたのか、決意の目で自分が男だと告げた。

「嘘だっ!!」

 ルークは叫んだ。
 クレアが男だとは信じられないのか、それとも認めたくないのか、ルークはクレアの言葉を否定した。

「いや、本人がそう言ってるのに嘘はあり得なくないですか?」

「そうですわよ」

「俺は信じない! クレアは男じゃない! それと男爵家、お前本当に黙れ!」

 ルークはまだ納得していない様子だった。
 気持ちは分からなくもない。クレアは美少女だし、今まで恋をしてきたと言うならその事実は認めたくないだろう。

 しかしそれ以外でどうやって証明すればいいと言うのだろう。
 あとの方法は、直接触らせるぐらいしかないが……。
 でも、キッパリ男だと証明できないとルークはクレアを諦めなさそうだし、どうするべきか……。

「信じられないなら、……触りますか?」

 クレアは流石に恥ずかしかったのか頬を染めてルークに言った。

「ぐはっ……可愛い!」

 私はそのクレアがあまりにも可愛くて卒倒しそうになった。
 こんな時に言うのはアレだが、私はそもそも無理やり女装させられているシチュエーションが大好きなのだ。
 そのためこのクレアの表情には特にそそられるものがある……!

 私はルークがどんな反応をしているのかと気になって、ルークを見た。

「実は男でも問題無いのか……?」

 ルークはクレアを見ながら小声で呟いていた。
 私には分かる、あれは本気だ。
 今ならきっと私たちは熱い握手を交わすことができるのではないだろうか。

「い、いや! やっぱり嘘だ! こんなに可愛いクレアが男な訳がない!」

 ルークは頭を振って自分にそう言い聞かせた。
 不味い。私も今のは流石に可愛すぎて擁護出来ない。
 これで勘違していた方が悪いなんて言うのは流石に酷だろう。

「そこまで嘘をつくなら俺にも考えがある!」

 そしてルークは私を指差した。

「いいかクレア! 男だという嘘を撤回し俺と婚約しないなら、そこの男爵家がどうなっても知らないぞ!」
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