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2章
37話
しおりを挟む「け、決闘!?」
いきなりマーガレットから出てきた不穏な単語に、私は困惑した。
「ええ! ここまでコケにされて引き下がることなんて出来ませんわ!」
マーガレットは闘志を剥き出しにしてクレアを睨む。
「へえ、私に勝てるとでも……?」
「私も成長しましたのよ! 見くびらないことですわね!」
「でも決闘って何で勝負するんですか?」
私はマーガレットに質問する。
「それはもちろん、昔からして来た勝負に一つ、腕相撲で勝負ですわ!」
マーガレットが示した勝負は腕相撲だった。
決闘と聞いて、どんな勝負をするのかと思ったが、比較的安全そうな勝負で私は安心した。
でも、腕相撲か……。
確かにクレアは男子だとは思えないほどに腕は細いから勝負にはなりそうだが……あれって力こぶ作れるの?
「さあ! 勝負ですわよ!」
マーガレットが机の上に肘を置く。
「望むところです」
クレアは好戦的な笑みでマーガレットと同じように肘をついた。
「お父様! 合図を頼みますわ!」
「うむ、勝負開始!」
そしてアーノルドの合図で勝負は始まった。
「ふんっ!」
「はっ!」
勝負が始まった瞬間マーガレットは力を込める。
クレアも同様に力を込めた。
両者の力は拮抗しており、中々の接戦が繰り広げられていた。
「ぐっ……!」
「このっ……!」
両者とも腕に力を精一杯込める。
だが流石に男性のクレアと女性のマーガレットでは筋力に差があるようで、徐々にマーガレットが押され始めた。
そして最終的に軍配が上がったのはクレアだった。
「ふんっ!」
クレアはマーガレットの手を机に押し付ける。
「勝負あり! 勝者クレア!」
「ふっ……当然ですね」
クレアは立ち上がり勝ち誇った。
まあ、曲がりなりにもクレアは男子なので当然といえば当然の結果である気がする。
ていうか女子相手に本気の力出してあの接戦を繰り広げてたのこの人……?
「悔しいですわ!」
マーガレットは心底悔しそうに歯ぎしりをする。
「これで勝負は私の勝ちですね」
クレアは「決闘に勝ったんだから大人しく言うことを聞いてもらうぞ?」という意味を込めてマーガレットにそう言った。
しかし、マーガレットは諦めていなかった。
「くっ! なかなかやりますわね! これで三本勝負の内の一本が取られましたわ! 次は二本目ですわね!」
なぜか当たり前のように三本勝負になっていた。
クレアもこれには流石に呆然としていた。
「初めて聞いたんですけど……」
「ていうか急にめちゃくちゃ説明口調……」
「さぁ次の勝負に参りますわよ!」
マーガレットは私達の言葉に被せるように次の勝負へ移ろうとする。
「えぇ……。まぁいいですよ。次も勝つから問題ありませんが」
流石に女子相手に本気で腕相撲をしたことに申し訳なさを感じていたのか、クレアは不満を言いながらも三本勝負を受け入れた。
しかしその余裕そうな態度がマーガレットの癪に障ったのか、マーガレットはより顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ふん! どこまで私をコケにして! その余裕そうな顔を吠え面に変えてやりますわ!」
「自分から三本勝負って言ったくせに……」
「次の勝負は──拳ですわ!」
マーガレットは拳を天に突き上げる。
「えっ、拳!?」
私はマーガレットの言葉を思わず聞き返す。
拳ってまさか、殴り合いってこと!?
「二人とも殴り合うんですか!?」
「ふん、あなたが今までそれで私に勝ったことがありましたか?」
しかしクレアもマーガレットも、さほど疑問を感じてはいないようだ。
本当に殴り合うの!?
「二人とも、それは芝生がある外の庭でやりなさい。流石に部屋の中は危ないからね」
さらにはアーノルドも疑問を抱いてないようだ。
「分かりましたわお父様!」
「分かりました」
「いや、外ならしてもいいんだ……」
そして外へとやってきた。
さすが公爵家の屋敷ということもあり、走り回ったとしても大丈夫なほど庭は広い。
「大丈夫なんですか? 本当に拳同士って……」
主に私が心配しているのはマーガレットの方だ。
曲がりなりにもクレアは男なので、単純に戦うとなるとマーガレットが怪我をする可能性がある。
「拳でしか伝わらない想いがあるんですわ!」
「そうです。結局は殴り合えば人同士は理解し合えるんです」
「えぇ……」
まるで高貴な人間とは思えない言葉だ。
「エマさん。勝負の開始の合図をしてくださいませんか?」
「え? はい。分かりましたけど……」
昭和の不良みたいなノリに私が困惑しているマーガレットに勝負の合図を任された。
マーガレットとクレアは向き会う。
「それでは……初め!」
私は勝負開始の合図をした。
「うおおお!」
マーガレットはクレアに殴りかかる。
しかしその拳はお世辞にも速いとは言えなかった。
まあ、令嬢のパンチなんてこういう速度だろう、ぐらいの速さだ。
当然クレアは余裕を持って回避する。
小さな音を立てて、マーガレットのパンチは空を切った。
「私は武闘派令嬢なんですのよ!」
マーガレットはクレアに対して次々と拳を繰り出す。
しかしどれもクレアには当たらない。
「くっ……! このっ……!」
マーガレットは何とかクレアに拳を当てようとするが、一切当たらなかった。
それどころかマーガレットの体力の方が尽き始めた。
マーガレットは肩で息をしながら、拳で汗を拭う。
「ちょこまかと……!」
「早く諦めてください……!」
クレアも避け続けることは体力を使うのか、息切れが激しくなってきた。
「クレアさんこそ……観念したら、どうですか!」
マーガレットはヘロヘロになりながらクレアに向かってパンチする。
クレアはそれをふらつきながら避けようとした。
しかし足がもつれたのか避けきれず、ついにマーガレットの拳がクレアの頬を掠めた。
と言っても、撫でるくらいの威力なので血が出たりとかそういうことはなかったのだが。
「やった……!」
「くっ……!」
「見てください! 私だって、自分を守る力くらいはあるんですよ!」
やっと拳が当たったことにマーガレットは嬉しそうな表情になった。
「クレアさん弱っ! 私のパンチが当たるなんて、弱っ!」
パンチが当たったことでテンションが上がったマーガレットはクレアを煽る。
「なっ!? こっちが手加減してたら調子に乗って……!」
クレアは挑発に青筋を立てる。
さっきからやけに手を出さないと思っていたら、やっぱり手加減していたらしい。
「そっちがそのつもりなら反撃に……」
クレアが拳を振り上げ、マーガレットに反撃しようとした。
しかしその瞬間。
「分かってますわよ!」
マーガレットが叫んだ。
「今だって私は手加減されてるって! 守られたくないだなんて言える立場じゃないって! だって、私は自分の身すら守れなかったんですもの!」
マーガレットのその言葉にクレアはぴたりと止まった。
ぽす、とマーガレットの拳がクレアの胸に当たる。
「でも、やっと、やっと! 私は一人前になったと思ってたんです!」
マーガレットは力の篭っていない拳を、何度もクレアに叩きつける。
「やっと対等になったと思ったんですわ! あなたの後ろにずっとついていた弱虫で泣き虫の私が、やっとあなたと対等になったと思ったんです! 私の憧れたあなたに!」
それは恐らく、マーガレットがずっと抱えていた気持ちだった。
「マーガレット……」
「隙ありっ!」
「ぐべっ!?」
マーガレットがクレアにビンタをした。
しかも今まで本気を隠していたのかそれなりの力が篭っていたため、バチン!と大きな音がしていた。
「なぜ本気ビンタ……」
もう体力を使い果たしていたクレアはそのまま芝生の上に倒れ込む。
「これでこの勝負は私の勝ちですわ!」
マーガレットは息を吐きながら勝ち誇る。
そして天に拳を突き上げるとふらふらと揺れて、クレアの隣に倒れ込んだ。
芝生の上に大の字で寝転がり、二人は同じ空を見上げる。
「クレアさん」
「はい」
「今までのこと、ごめんなさい」
マーガレットは謝罪をした。
それは心からの謝罪だった。
「ずっとあなたに醜い嫉妬で嫌がらせをして来ました。本当にごめんなさい」
クレアは空を見ながらマーガレットの言葉を黙って聞いていた。
「許します」
そして、クレアはマーガレットを許した。
「私の方こそごめんなさい」
今度はクレアがマーガレットに謝った。
「え?」
マーガレットはクレアを見る。
「私はずっとマーガレットさんを苦しめて来ました。それにマーガレットさんの気持ちにも気づいていたのに、ずっと歩み寄ることをしなかった。誰かに言われるまで。だから、ごめんなさい」
「……許しますわ」
マーガレットは目を瞑る。
「これで私たち、おあいこです」
「ええ、おあいこです」
マーガレットとクレアは笑い合う。
「それで、三番目の勝負はどうするんですか?」
そしてクレアは思い出したように三本目の勝負について、マーガレットに質問した
「もちろん次回にお預けですわ! 首を洗って待っているんですわね!」
マーガレットはいつものように、自信満々な笑みでそう言った。
この日ようやく、二人は真の意味で仲直りをした。
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