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1章

30話

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 パーティー当日。

 私は珍しくドレスに身を包んでいた。
 辺りをざっと見渡すが、会場にはほとんど貴族の生徒しかいない。恐らく平民の生徒にパーティー用のドレスは購入できないからだろう。

 ちなみにだが、貴族の生徒とは違い、平民の生徒は制服での参加が認められている。しかしこんな豪華なドレスに身を包んでいる貴族が集まるパーティーで、制服で参加したい平民の生徒は存在しない。そのためこのように貴族の生徒しかパーティーには参加していなかった。

 そしてパーティー会場だが、明確ではないがざっくりと二つのフロアに分割されている。一つは前方の音楽が流れ、ダンスを踊ったりすることができるフロア。そして後ろで立ち話をしたり貴族のあれこれが行われる談笑フロアだ。

 パーティーが始まったばかりの現在はほとんどの生徒が談笑フロアにいる。
 会場には優雅な音楽が流れ、各々が談笑していた。
 私はいかにも上流階級、といった雰囲気が落ち着かなくて、隣のクレアに話しかけた。

「何だか落ち着きませんね」

「落ち着け。もう戦いは始まってるんだ」

「そうですよね。あ、あれうちのドレスだ」

 私は辺りを見渡してどれだけ私の商会のドレスがあるか数えることにした。
 ホワイトローズ商会のドレスはわかりやすい。なぜなら私が元の世界から持ち込んだファッションをもとにドレスが作られているため、形がこの世界のドレスと違うのだ。
 見たところによると、大体半分は私の商会で用意したドレスだ。

「よく見ると、お前のところのドレスばかりだな……」

「この時期は儲けさせてもらってます」

 歩いていると、ふと気づいたことがある。
 私の商会以外のドレスにも露出が多くなっていた。
 私が元の世界から持ち込んだファッションを十年前から商会で売り、流行させたため、以前の露出の多いドレスや服装も受け入れられるようになっているためだ。

 ちなみに今、クレアは右足の太ももが大きく露出するようなドレスを着ている。
 すらりと伸びる太ももが本当に美しい。今すぐにでも泣いて崇めたいくらいなのだが、中身がクレアなのでそれは叶わない。本当に残念だ。

「ところで、なんでさっきから俺の太ももばかりを見てるんだ」

「すみません。どうしても目が離せなくて」

「変態が……」

「返す言葉もございません」

 私は素直に謝罪する。
 これに関してはどうしようもなく私が変態なので反論できなかった。

 と、そうしていると目の前に複数の人間が立ちはだかった。
 マーガレットとその取り巻き達だ。
 マーガレットはいかにも悪役みたいな笑い声をあげ、私たちを見下す。

「あら、あなたも派閥で参加していたんですの? けど、二人きりの派閥だなんて、随分小さな派閥なんですわねぇ?」

 マーガレットがそう言うと後ろの取り巻き達はあらかじめそうしろ、と言われていたかのようにクスクスと笑う。
 恐らくいつも通りマーガレットの命令でやらされているのだろう。

「婚約者がいるルーク王子をたぶらかすあなたが派閥を作って、今度は何をするつもりかしら?」

「私は別に王子をたぶらかしてはいません。あちらが話しかけてくるだけです」

 マーガレットとクレアは冷笑を浮かべながら見つめ合う。
 その時だった。

「クレア。何をしているんだ」

 ルーク王子が話しかけてきた。

「ルーク王子……」

 いきなり話しかけられたことにクレアは表情を引き攣らせ、マーガレットはそんは二人を見て一気に不機嫌な表情になった。

「何か問題があったのか?」

「いいえ、王子には関係ないことです」

 ルーク王子はクレアに質問する。
 それに対してクレアは関わってくるな、と笑顔だが拒絶オーラ全開でルーク王子に答えた。

「そうか? マーガレットに何かされていなかったか?」

 しかし鈍感なルーク王子はクレアの拒絶オーラに気づかず、それどころかとんでもない爆弾を落としていった。
 終いには目の前にマーガレットがいるにもかかわらずマーガレットを悪者だと決めつけ、クレアを気遣うようなそぶりまで見せている。

「ルーク様!」

「ん?」

 マーガレットが少し大きな声でルーク王子の名前を呼ぶ。
 するとようやくルーク王子はマーガレットの方向を向いた。

「ごきげんよう。あなたの婚約者の、マーガレットです」

 マーガレットは「あなたの」を強調してルーク王子に挨拶をする。
 普通はここでマーガレットに挨拶を返して、ドレスを褒めたりするだろう。

「ん、ああ」

 しかしルーク王子はマーガレットの挨拶に対して適当な返事を返すだけった。
 マーガレットの笑みが引き攣った。

「それにしても今日のクレアは一段と美しい……。まるで野原に咲く一輪の花のようだ!」

 それどころか本来はマーガレットに言うべきはずの言葉をクレアに言い始めた。
 私は恐る恐るマーガレットの方を見る。
 あっ、こめかみに血管が浮き出てる……。
 これには流石にマーガレットも我慢の限界が来て、ルーク王子をクレアから引き離そうと横から話に入った。

「ルーク様、本日のお召し物もよくお似合い──」

「そうだクレア! 俺と一曲踊ってはくれないだろうか! 今日はずっとクレアと踊ってみたいと思っていたんだ!」

「っ!」

 ルーク王子は隣に婚約者であるマーガレットがいると言うのに、クレアへの好意を隠そうともせずに口説き始めた。
 クレアの表情がさらに引き攣る。男なのに男に口説かれて、内心では吐きそうになっているようだ。

 普通、最初のダンスには婚約者を誘うべきだ。しかしルーク王子はそれを無視してクレアを誘っている。
 婚約者であるマーガレットに対してあまりにも失礼なクレアへの誘い。
 マーガレットは悔しそうにクレアとルーク王子を睨んでいた。
 このままでは派閥間戦争待ったなしだ。
 それをクレアも理解しているので、ルーク王子の言葉をキッパリと拒否した。

「いやです」

「王族である俺と踊るのは不満か?」

 しかしルーク王子は食い下がる。今度は王族であることを強調してきた。
 ルークはわざとか無意識か分からないが、自分が王族であることを見せびらかす癖がある。
 クレアは困っているようだった。
 さすがに今の言い方をされて断ったら王族に対して拒否感を示しているような答え方になり、角が立つからだ。
 ここは私が助けに入るべきだろう。

「申し訳ありません王子。クレア様に私が先約を入れております」

 私が急に会話に割り込むと、ルーク王子は驚いたように目を見開いて私を見た。

「またお前か……!」

 そして忌々しげに私を見つめる。
 先日の一件もあり、私の言葉を疑っているのだろう。
 一般的にはダンスは男女で踊るものだが、この国には仲の良い女性同士で踊る文化も存在するので、不自然だが理屈としては通っているはずだ。
 まぁ本音は透け透けだろうけど。

「……そうか。先約となると、割り込むのは不作法だな。では、後ほどまた誘いにくる」

 流石に割り込む事は出来なかったらしい。
 ルーク王子は身を翻し、去っていった。
 そして一部始終を見ていたマーガレットは心から怒りと悲しみを滲ませた声で呟いた。

「…………何で私は」

 しかし公爵令嬢としてのプライドからか、マーガレットは涙を堪えてクレアを睨みつけると、「ごきげんよう!」と挨拶をして立ち去っていった。
 私はあまりも酷い扱いをされているマーガレットに同情をせざるを得なかった。

「…………助かった」

 二人が立ち去った後、クレアは小さな声でポツリと呟いた。

「あそこでクレアさんが王子の申し出を承諾していれば最悪派閥同士の戦争になってましたから。私は政治的ないざこざに巻き込まれるの嫌ですし」

「でも、あいつお前の顔を覚えたぞ」

 あいつとは王子のことだろう。王族をあいつ呼ばわりとは何とも大胆だ。

「まあ、何とかなりますよ」

 私は肩をすくめて答える。
 いざという時は何でも使って抵抗する。
 クレアは「ありがとう」と呟いた。

「それにしても、俺と踊るって何だよ」

「先約がいないと断ることができなかったでしょう?」

「そうじゃなくて。男爵家と公爵家じゃ普通釣り合わないだろ。誘いを逃れるための出まかせじゃないかってあいつも疑ってたぞ」

 確かに、公爵家と男爵家がダンスを踊るなんて、貴族社会ではごく稀だ。
 しかし完全にないわけではないし、ここは学園。女子生徒同士で踊ることだってある。

「疑わしいだけなら何も言えませんよ。それに出まかせではなく、本当にしてしまえばいいじゃありませんか」

「は? 本当に踊るのか」

「ええ。これで踊らなかったら王子に何を言われるかわかりませんから」

 先約があると言って誘いを断った手前、踊らないと王子から文句を言われることになるだろう。

「でも、男性役はドレスでは踊れないだろ」

「そうですね」

 確かに女性二人で踊る場合はどちらかが男性用の服を着て踊るのが普通だ。
 たが私達は二人とも女性用ドレス。このまま踊ることは出来ない。

「ふふ……実はこんなこともあろうかとクレアさんの男性用の衣装は用意してあります」

「何でそんなの用意してるんだよ……」

 クレアは呆れたようにため息をついた。

「ホワイトローズ商会の力を舐めないでください」

 私にかかればそれぐらいはすぐに用意できる。

「よし、それなら俺が男性役で踊ろう」

「はい。まぁ、クレアさんの素敵なドレスが見れなくなるのは残念ですが……」

「俺は嬉しいけどな。曲がりなりにも久しぶりに男として振る舞えるからな」

 クレアは本当に嬉しいのか少し上機嫌だ。

「これで貸し一つ、ですよ?」

 私はニヤリと笑った。

「ああ。いつか返す」

 クレアは頷いた。
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