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1章
29話
しおりを挟む「ねえ、お願いしますよ」
「絶対に嫌だ」
「一生のお願いですから」
「しつこいぞ」
私はクレアに一生懸命にお願いするがクレアは取り付く島もないほどにバッサリと拒否した。
それはなぜか。
今私が頼んでいる願いが「コスプレをして欲しい」という頼みだからだ。
元々、嫌々女装をさせられてるクレアはコスプレなんて了承するはずもなく、こうして私の願いをバッサリと切り捨てている。
「ちょっとだけ、ちょっとだけですから。ね?」
「ね、じゃない。それに着るか着ないかでちょっとなんて無いだろ」
「私としてはちょっと脱げかけてるのもいいと思いますが……」
おっと、クレアの私を見る視線が絶対零度になった。
ちゃんと言い訳しないとクレアの中で私が変態にカテゴライズされてしまう。
「もちろん冗談ですよ」
「なんだ……良かった。まさか本当に変態なのかと思っ──」
「私が本当に好きなのは脱げかけよりも恥ずかしがる顔です」
「この変態が! もっと度し難いわ!」
「痛っ!? 乙女に何をするんですか!」
「黙れ! お前が普通の乙女を語るんじゃない!」
クレアに頭を引っ叩かれた。
クレアには女装して恥ずかしがる顔の良さは分からないのだろうか。
「とにかく! 絶対に俺はコスプレなんてしないからな!」
クレアは腕を組んでそっぽを向いてしまった。
やはりと言うか、クレアのガードは固い。
そもそも好きで女性服を着ているわけではないのでそれも当然と言えるが、このまま頼み続けても了承してくれる見込みは無いだろう。
だが私の方もあっさり了承してもらえるとは最初から考えていない。もちろん、クレアに対して交渉のカードを用意していた。
「分かりました……そこまで言うなら」
私はあるものをポケットから取り出した。
「もし私の言う衣装を着てくれるなら、これをクレアさんに差し上げます」
「何だそれ」
私が取り出したのはあるチケットだった。
クレアはこれが何か分からないのか首を捻る。
「ふふ……これはですね、ホワイトローズ商会の店でスイーツが一日食べ放題になる券です」
「っ!?」
「それも最高級店で使うことも可能です」
「何だと!?」
クレアのカードを見る目つきが変わった。
私は計画通り、と笑みを浮かべる。
前回放課後デートをした後、時折「また食べたいな……」と呟いていたのと、クレアが最近ホワイトローズ商会の店にスイーツ目当てで通っていることを聞いて思いついたのだ。
クレアに対してスイーツは交渉のカードとして有効だと。
そして予想通り、クレアは私の手にあるカードから目が離せないようだった。
「だが……女装するのは……」
スイーツ食べ放題のカードを目の前にしてもクレアはまだ渋っていた。
どうやらまだスイーツ食べ放題よりも女装することの恥ずかしさに天秤が傾いているらしい。
だがそれも私の想像通りの反応だ。クレアが食べ放題だけじゃ首を縦に振らないことは分かっている。
だから、ここで最後のダメ押しをする。
「ではこれに加えて新作のスイーツをいち早くクレアさんにご馳走します」
「っ……!!」
「モンブランという栗を使ったケーキで、試作品を食べた従業員が──涙を流していました」
「くっ……!」
ふふ、気になるだろう。涙を流すスイーツなんてどんな味がするのか想像してしまうだろう
これが商会で自ら営業をしていた時に培ったトーク力だ。
「どうですか? ちなみに新作を発表するのは明日です」
「……分かった! ……着る!」
クレアはスイーツの魔力に落ちた。
「可愛い! 可愛いですよクレアさん!」
「な、何だよこの衣装……!」
クレアが今着ている服は私が持ってきた衣装の一つ、セーラー服だ。
この世界の制服はたいていブレザータイプだったので、セーラー服はあまり無く私がわざわざデザインまでして作り上げたものだ。
学園のスカートは膝下まであるが、これはもちろんミニだ。
でも大丈夫。ちゃんとニーソを履かせてあります。健全です。
「はあ……やっぱりセーラー服も似合う! 作って良かった!」
「これ、スカート短すぎないか?」
クレアは流石に短すぎるスカートが恥ずかしいのか、スカートを押さえて恥ずかしがっている。
「そのスカートを押さえる仕草可愛いです!」
「うるさい! 早く終わらせろ!」
もう一挙一動を見逃すことができないくらい今のクレアは最高だ。
私は目をかっ開いて目の前の光景を脳に刻みこむ。
ん? 待てよ。
確かに今クレアはスカートが短すぎて恥ずかしがってるが、本来はスカートを履いている時点でその表情は出ていてもおかしくない。
でも、クレアは制服のスカートを履いていても全く恥ずかしがったりはしない。
それはつまり、それほど女子制服を着慣れていると言うことであり……。
だめだ。それすらも最高。
本来男性が着るのは恥ずかしいスカートに履き慣れて羞恥心が無くなっている、という状況も最高なことに気づいてしまった。
私は今より高次元へと足を踏み入れた。
「これは後世に残さないと……!」
私は必死に手元にあるスケッチブックに目の前の様子を書き込んで行く。
この日のために画力を上げておいて良かった!
前の世界とは違いこの世界には写真機はまだ存在しないので、女装男子の姿を残そうとすると絵を描くしかなかった。
手元のスケッチブックはノールックで、クレアを凝視しながら描いていく。
この世界に転生してはや十数年、私はついに理想郷へと辿り着いたのだ!
羞恥で真っ赤に染まった顔、男性だとは思えない容姿、そして見た目にそぐわぬ男らしい仕草。
どれもが女性である私には表現することのできない、純度100パーセントの女装男子だ。
「いい……!」
私は何度目かも分からないその言葉を呟くと、ちょうどスケッチも終わったので立ち上がった。
それを見てクレアは疲れた表情になってため息を吐いた。
「やっと終わったのか……」
「え? 何を言ってるんですか」
「は? 望み通りコスプレしてやったんだから、これで終わりだろ?」
「確かにそうですが……私、一着で終わるなんて言ってませんよね?」
私はそう言って近くにある大きなカバンから次のコスプレ衣装を取り出した。
大量の衣装を見てクレアの表情が青ざめる。
「嘘だろ……?」
「チケットの代わりにコスプレするって言ったのはクレアさんなんですから、男に二言はありませんよね?」
「都合のいい時だけ男扱いするなよ……!」
心なしかいつもよりもツッコミのキレが悪くなっていた。
その後もクレアにはメイド服、猫耳、そして私の好みの私服などを着てもらった。
「可愛い! 最高ですよ!」
私はクレアにそう叫びながら手元のスケッチブックにスケッチをする。
「存在自体が神! 可愛いの権化!」
「ふ、ふん……!」
そして私がずっと褒め続けていると最初は嫌々衣装を着ていたクレアもまんざらでは無くなってきたのか、「全く……!」と呟きながらも特に嫌がらずに衣装を着るようになった。
クレアは前の世界で友達がSNSに自撮りをあげて大量のいいねを獲得していた時と同じ笑みを浮かべている。
氾濫するほどの肯定に脳みそがどっぷりと浸かって何か危ないモノをキメたみたいな顔になっているが、多分大丈夫だろう。
頭を引っ叩けば治るはず。きっと。
……大丈夫だよね?
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