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19話

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 アレク王子との婚約。
 サイモンが王子でなくなった今、次に王となるのはアレクとなる。

 当然次期王に婚約者がいない、なんてことはあり得ないので新しい婚約者を至急探し始めたそうだ。

 しかし王妃教育は時間も、費用もかかる。

 それに加えて由緒正しい家柄の娘となると私しかいなかったらしい。

「……そうですか」

 私は淡白に答える。

 私の努力が丸っきり無駄になることはなく、本来の役目を果たすことが出来ることを理解しても──私は何故か嬉しくなかった。

 それは、きっと──

「アメリア」

 父が私の名前を呼んだ。

 父は真剣な瞳で私を見つめている。
 その瞳は覚悟を決めている表情で、私は父が次に何を言うのかが手に取るように分かった。

 父はきっと父としての感情を押し殺して、貴族として私にアレク王子と婚約しろというのだろう。

 アレク王子と婚約できるのは、私しかいない。

 しかし、それは違った。

「先に言っておくが、断ってもいい」

「え?」

 父の予想外の言葉に私は首を傾げた。

「王族に対してサイモンにされた仕打ちを材料にしてお前の自由を勝ち取ってきた。婚約はお前の意志が優先されることになっている」

「……でも」

 つまり、私は婚約を拒んでもいいということだ。
 しかし、そんなことが許されるのだろうか。
 私だけ義務を放棄するなんて……。

「お前が婚約しないと王は困るだろうが……そんなことは気にしなくてもいい。お前はもう頑張った」

 父がポン、と私の肩に手を置いた。
 「お前は頑張った」その言葉が私の心にじわり、と染み込んでいく。

──私、頑張ったんだ。

 瞳からは自然と涙が溢れてくる。
 母が私を抱きしめた。

「そうよアメリア。あなたはもう十分頑張ったわ。誰もあなたを責めない。だから、もう休んでいいの」

 ずっとずっと。小さい頃から、物心ついたときから張り詰めていた糸が緩んでいく。

「ほ、ほんとに休んでいいの……っ? わたし、もう頑張らなくても、いいの……?」

 それはずっと望んでいた言葉。

 もう頑張らなくてもいい、と。
 王妃の役目なんか忘れてもいい、と。

 いつか周りの女の子のように自由に生きたいと願った、私の言葉だ。

「ええ。いいのよ」

 その日、王妃として張り詰めていて十八年生きてきた私は、初めて心の底から泣くことができた。
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