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第二章:初めての社交お茶会に出向く。

第5話 クラウンの言い分 -王城パーティー編-(1)

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 公爵家のエドガーという人は、俺にとって『年の離れた兄の様な人』である。


 血の繋がった兄は、いつも俺を見下してくる。
 しかし、彼は違う。

 
 彼と初めて会ったのは、家ぐるみでの非公式なお茶会の時だった。
 
 彼は優しかった。
 構ってくれるし、話を聞いてくれる。
 何よりその目は、俺を嫌っても蔑んでもいない。

 俺が彼に『兄』を感じるまでに、そう時間は掛からなかった。

 そしてその時から、俺は親愛の意を込めて、彼を『エドガー兄様』と呼んでいる。

 俺にとってのエドガー兄様は、家柄も良く、優しく、物知りで、何でも出来る、凄い人だった。

 だから彼の言葉には、何の疑問も持たなかった。


 エドガー兄様が思うすぐする予定の、結婚。
 その日は、それの話を聞かせてくれた。

 『結婚』は、俺にとっては決して他人事ではない。
 というか、大半の貴族の子供にとって『結婚』とは割と身近な話題の一つだ。

 貴族の子女のほとんどが、色恋の「い」の字も知らない内から婚約者を宛がわれて育つ。
 そして余程の事がない限り、そのパートナーが変わることはない。


 そしてそれは、俺にとっても例外では無かった。

「クラウン、喜べ。お前に婚約者が出来たぞ。今はまだ『非公式に』だが、お前はいずれその娘と結婚するのだ」

 ある日。

(なんだか今日は、お父様が随分と機嫌良いな)

 なんて思っていると、外出戻りのその足で俺の部屋までやってきた彼に、そう言われた。

 それは確か、俺がまだ4歳の時だったと思う。

 そうしていとも簡単に、俺には『将来の結婚相手』が出来た。



 まだ会ったことも無い、婚約者。
 名前しか知らない相手。

 その正体に、最初は心も躍った。

(どんな子なんだろう)
 
 そんな風に思って、教えてもらった名を頼りに探してみる。

 しかしいくら探しても見つからない。
 それどころか、その姿さえ見たことがある者は見つからない。

 
 だから『婚約者』に関する情報源は、もっぱら父だけだった。

「お前の婚約者は――」

 あれ以降、父は酒に酔うといつもそう言ってクダを巻く様になった。


 しかしその話の内容は、いつも代わり映えしなかった。

 外見が――とか、所作が――とか。
 どれも、そういう類の物ばかり。

 例えば何が好き、とか。
 普段は何をして過ごしている、とか。

 そういう情報は全くくれやしない。


 目新しい情報も無く、その情報の中からは彼女の為人(ひととなり)が見いだせない。
 それどころか、本当に存在しているのかさえ不確かな、婚約者。


 それはやがて、俺にとっての鎖となった。

 父から度々言われる「お前はいずれその子と結婚するのだ」という言葉が、何だかまるで俺を縛り付ける為の道具みたいで。

 ひどく窮屈な代物に成り果てた。



 だからこそ、エドガー兄様の言葉は酷く衝撃的だった。

「この結婚は縁談では無い」

 その言葉に「結婚相手は自分で選ぶ事が出来るのか」と、思った。
 そしてそれに気が付いてしまえば「自分の結婚相手は自分で探したい」と思っても、何ら不思議はない。


 エドガー兄様だって、「お前も父親が侯爵なんだから簡単さ」って言ってくれた。

 兄様がそう言うんだから、俺に出来ない筈は無い。


 そして、何よりも。

(『青田買い』、なんかよく分からないけどカッコイイ響きだ)

 その言葉が持つ意味は分からなかったけど、そんなのはどうでも良い。
 自分をその場に押しとどめる邪魔な鎖を断ち切れるというのなら、尚更だ。

 だから俺は、自身の希望を口にした。

「俺も『青田買い』してみたいっ!! ねえ、どうやったら出来るの?」

 それはただただ純粋な願望だった。

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