上 下
38 / 78
第一章:奔走する者と、機を待つ者。

第19話 貴方ならば、どうするか(2)

しおりを挟む


 しかしそれでも、ゼルゼンは後悔を吐く。

「……私は、事前にクラウン様が『おかしな行動』をする可能性に触れていました。にも関わらず、彼の行動を予測出来ず、セシリア様のへの『粗相』を許してしまった」

 これは、一種の懺悔だった。

 しかしただの懺悔では無い。
 自分の停滞を許さない、更なる高みを目指す者の懺悔だった。

 そしてそんな高い向上心を持つ人間を、マルクが好まない筈がない。

「貴方の言う『おかしな行動』というのは、以前の報告にあった『クラウン様とエドガー様の会話について』の事でしょうか」

 まずは彼の言葉を紐解くべく、確認の言葉を発する。

「そうです。私はその不穏な会話を聞いていました。それなのに、クラウン様が近付いてきたあの時。……私は警戒を怠りました」

 状況を回避する為の情報は、確かに自分の手のひらの上に乗っていた。
 それなのに、それを上手く活かす事ができなかった。

 その結果、主人が被った不利益を彼は後悔しているのだ。

「もしも私があの時きちんと警戒出来ていれば、ドレスが汚れるような結果にはならなかったかもしれません」

 そこに居るだけならば、ただの木偶の坊と同じだ。
 付き人の意味がない。

 彼はそう、先日の自分を吐き捨てる。
 そして、こんな不安も口にした。

「……もしもあの方が手に持っていたのが、ジュースでは無く刃物の類だったら……取り返しが付きません」

 そう言って、自責の念に堪える様にギュッと拳を握り込む。


 そんな彼を、マルクはまず冷静に、且つ客観的に考える。


 もしもクラウンが持っていたのが凶器だったなら。
 それはある意味、的外れな危惧だろう。

 何故なら、それはあの場を警備していた王城所属の騎士達の領分なのだから。

 しかし。

(付き人である以上に、主人を様々なモノから守りたい。そう思う気持ちは、執事として間違っていはいない)

 だからこそ『執事としての闘い方』を少し教えてやる必要があるだろう。

「明日。セシリア様がデビュー以降、初の社交に参加されます。その際に同じ轍を踏むわけにはいきません」

 彼はそう言うと、強い目を向けてきた。
 そして「だから」と芯のある声で言葉を紡ぐ。

「……私はあの時どう行動すれば正しかったのか、マルクさんならあの場でどのように動いたのか。教えてください、マルクさん」

 その声は、ただひたすらに真摯だった。

 そんな彼に育ってくれた事を、マルクは内心で喜んだ。
 しかしそれは心の内だけだ。

 何故なら、今彼が求めているのは賞賛や慰めの言葉なんかじゃない。
 先に進む為の力なのだから。

「良いでしょう」

 教師の目で、マルクが答えた。

 すると、彼も途端に教えを乞う生徒の目になる。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前は魔女にでもなるつもりか」と蔑まれ国を追放された王女だけど、精霊たちに愛されて幸せです

四馬㋟
ファンタジー
妹に婚約者を奪われた挙句、第二王女暗殺未遂の濡れ衣を着せられ、王国を追放されてしまった第一王女メアリ。しかし精霊に愛された彼女は、人を寄せ付けない<魔の森>で悠々自適なスローライフを送る。はずだったのだが、帝国の皇子の命を救ったことで、正体がバレてしまい……

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】異世界で急に前世の記憶が蘇った私、生贄みたいに嫁がされたんだけど!?

長船凪
ファンタジー
サーシャは意地悪な義理の姉に足をかけられて、ある日階段から転落した。 その衝撃で前世を思い出す。 社畜で過労死した日本人女性だった。 果穂は伯爵令嬢サーシャとして異世界転生していたが、こちらでもろくでもない人生だった。 父親と母親は家同士が決めた政略結婚で愛が無かった。 正妻の母が亡くなった途端に継母と義理の姉を家に招いた父親。 家族の虐待を受ける日々に嫌気がさして、サーシャは一度は修道院に逃げ出すも、見つかり、呪われた辺境伯の元に、生け贄のように嫁ぐはめになった。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

宝箱の中のキラキラ ~悪役令嬢に仕立て上げられそうだけど回避します~

よーこ
ファンタジー
婚約者が男爵家の庶子に篭絡されていることには、前々から気付いていた伯爵令嬢マリアーナ。 しかもなぜか、やってもいない「マリアーナが嫉妬で男爵令嬢をイジメている」との噂が学園中に広まっている。 なんとかしなければならない、婚約者との関係も見直すべきかも、とマリアーナは思っていた。 そしたら婚約者がタイミングよく”あること”をやらかしてくれた。 この機会を逃す手はない! ということで、マリアーナが友人たちの力を借りて婚約者と男爵令嬢にやり返し、幸せを手に入れるお話。 よくある断罪劇からの反撃です。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...