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第9話 え、何故「名案だ!」みたいな顔してるのです?

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 教室へと戻る途中、沢山の人とすれ違い挨拶をする。

 私の噂は、主に殿下のせいで決して良い物ばかりではない。
 しかしそれでも、例え『殿下の婚約者』という肩書きが消えたとしても、私は公爵令嬢だ。
 周りが敬った態度をする理由は十分にある。

 例え内面では別の事を思っていても、外面を取り繕うくらいの事は、もうこれくらいの年齢になれば誰でも出来るのだ。


 だから立ち話はしないまでも、私は挨拶に挨拶を返せるくらいの速度で歩いていた。
 だってまさか、殿下が追ってきているだなんで夢にも思っていなかったから。

 もし分かっていたら、私は全力で走って逃げただろう。
 例えそれが淑女として恥ずかしい事だとしても。

「エリザベート!」

 私を呼び止める大声に、廊下の通行人が皆振り返る。

 そんな中私が思った事と言えば「婚約者でもなければ友人でもないのに呼び捨てで呼ばないでほしい」だ。
 後は、せっかく片付いたと思っていた面倒が再び降って沸いたかの様な感覚に襲われて、どうしようもなくため息を吐きたくもなった。

 しかしまぁ、相手は曲がりなりにも殿下である。
 最低限の節度を保つ為に、どうにかそれは飲み込んだ。

 すると、彼が言う。

「さ、さっきから婚約者婚約者と連呼するから一体何かと思っていれば……何だやはり俺の婚約者という立場に未練があるのではないか」

 結構前から走っていたのだろう、息がかなり上がっていた。
 お陰で息を整えたいからなのか、それともため息を吐いているのか。
 よく分からない感じでそんな事を言ってくる。

 その声に、私は思わず「何言ってんだコイツ」と思った。

 私が一体今まで何回彼に対して未練ありげな言動をしただろうか。
 答えは0回。
 そう、一度もしていない。

 それなのに、彼は私に『譲歩』した。

「仕方が無いな、正妻はリズリーの物だからな。側妃席を一つお前にやっても良いぞ」
「……はぁ?」

 周りに沢山の人が居る場所だという認識はあった。
 しかしそれでも、思わずそんな言葉が飛び出てしまう。

 殿下に対してするには不適切な声だとか、そんな事はもうどうでも良い。

(ホントに何言ってんだコイツは。そんなのこちらから願い下げだ)

 そんな風に思っていると、殿下の後ろからパタパタという音が聞こえてきた。
 リズリーと殿下の仲間たちである。
 そうか、ヤツらも来てしまったか。

「ただし俺の心はもう全てリズリーの物だからな、体だけならたまに貸してやろう。その代わり、妃としての仕事はきちんとこなせよ?」
「そうですね、そうしましょう! それなら婚約者の肩書きはそのままですから生徒会に再び籍を置けます! 全て今まで通りですねっ!」

 いやいやいやいや。
 意味が分からない。
 理不尽すぎて全くもって理解できないし、何走ってきて早々に火炎放射器の上から油を垂れ流すような阿呆をしているんだこの女。

 しかも殿下共々「名案だ!」みたいな顔をしてる。
 マジで怖い。


 公爵令嬢が、同年代の伯爵令嬢を正妃に迎える夫の側妃になる?
 それも、面倒事(じらい)処理は今まで通りに全部私で?
 その上たまに、側妃として恥ずかしくない『実績』を残す為に体だけ「貸してくださる」と言ったのかコイツらは。

(好きでもない人間を相手にそんな事。拷問以外の何物でもない。何だこの展開は。ホラーか、ホラーなのか)

 もしかしてこの2人、サイコパスかなんかなのかも。
 じゃないとこんなの、上手く説明つかないよ。
 

 というか、そもそもだ。

「殿下。先日申し上げた事を、今ここでもう一度断言しておきます。私は貴方を好いた事などありません」

 多分ここから、ボタンを掛け違えている。
 

 前提が間違っているから、こんなさも「恵んでやったぜ俺優しい!」みたいな感じになっているのだ。
 ここを正さねばこの話は一生掛けても終わらない。

 幸いここは公衆の面前、しかも殿下が切り出してくれた形である。
 だから殿下がここでどんな被害を被ったとしても、それは殿下が起こした事故だ。
 私が咎められる点は何も無い。

 ならば、せっかく殿下が『与えてくれた』この機会。
 みんなに直に聞いてもらって一部の噂の火消し役になってもらおう。

 そう。
 重荷から解放されて自由を知った今の私は、間違いなく強いのだから。
 
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