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第7話 可哀想? えっ、誰がです?

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「殿下、先生伝手に私が既に生徒会から籍を抜いている事はお伝えしたと思いますが」
「あぁそれは聞いている」

 では何故「次の仕事をしろ」だなんて話になるのだろう。

 思わず首を傾げれば、殿下は何故か「何故そんな当たり前の事を」と言いたげな顔になる。

「便宜上籍は抜いても、お前は公爵令嬢だ。そして、生徒会活動は国を背負う人間の義務。公爵家という家柄ならば従事して当たり前だろう」

 何だその暴言は。
 私は思わずそう思った。

 だってそうだろう。
 籍がないという事は、その人間の名前は活動成果に載らないという事だ。
 つまり行った仕事が、本人の名で評価される事は無い。


 彼が今言ったのは「お前は仕事をしろ。手柄は俺がいただくけどな」という事である。

 これを暴言と言わずに、一体何と言えば良い。
 


 彼はどうやらこの論理に、絶対の自信があるようだった。
 しかし私からすれば、どうしようもなく穴ボコだらけだ。

「……やはり私が仕事を行う必要性を感じません」
「何?」
「私が生徒会に所属しその仕事を行なっていたのは、殿下を補佐すべき『婚約者』という立ち位置にあったからに他なりません。もし私が『公爵令嬢だから』という理由で働く必要があるのでしたら、ヴィラン様もここにお呼びすべきです」

 その指摘に、殿下の顔が嫌そうに曇った。


 ヴィラン様というのは、公爵家の第一子息だ。
 いつだって歯に絹着せぬ物言いをする人なので、権力で周りを振り回す殿下とは絶対的に性格が合わない。

 互いに互いを嫌っている上に、彼の方は「嫌いな奴には近寄らない主義」の持ち主なので2人は滅多に顔を合わせない。
 が、一度エンカウントしてしまうと大変な事になる。

 まぁ大抵の場合、殿下が理不尽なゴリ押しを誰かにしようとしているのだから、悪いのは殿下なのだが。


 つまり何が言いたいのかというと、こういう事だ。

 生徒会長である殿下は、他メンバーの任命権を持っている。
 しかし「嫌いだから」という理由で、入会資格を持つヴィラン様を、殿下は敢えてメンバーから外した。
 その代わりの人数埋めの為に、腰巾着で自分に対して従順な侯爵子息をメンバーに加えた。

 そんな事実がある以上、私を『公爵令嬢だから』という理由で生徒会に縛る事は出来ない。


 私の指摘は尤もで、尚且つ殿下にとっては1番触られたくない所だったのだろう。
 彼の顔がクシャリと歪んだ。
 するとリズリーが口を挟む。

「殿下にだって、人の合う合わないはあると思います! そんな事で責めるのは、殿下が可哀想ですよ!」
「リズリー……」

 庇ってくれたリズリーに、殿下が熱い視線を向ける。

 しかし、彼女の言葉は間違っている。


 確かに人には相性の良し悪しがあるだろう。
 しかしそれを理由に仕事が疎かになる様な事は、決してしてはならないのだ。
 殿下の立場ならば、尚更。
 
「リズリーさん、貴方のソレは優しさではなく甘やかしです。練習の今甘やかして、もし本番出来なかったら。その時どれだけリズリーさんが慰めようとも、殿下の社会的評価は変わらないのですよ」

 リズリーは殿下を愛している。
 きっとこの先の人生、彼と共に歩む事を選ぶだろう。
 ならば一層、これは知っておかねばならない。


 国事でした失敗は、決して取り返す事は出来ない。
 後でどんなに頑張っても、一度失ったものは完全に元には戻らない。

 失われた命は決して戻らず、国事における一つのミスは、簡単にそういった『事故』を起こし得る。
 そしてその時真っ先にその被害を受けるのは、何を隠そう平民なのだ。


 王族の仕事は重い。
 一見『そう』は見えなくても、見えない所で割を食う人間が居る。
 そういう仕事をしているのである。
 
 だからきちんとした自覚を持って、仕事をする。
 それは王族教育の一つとして数えられる考え方だ。

 そしてそれに倣うためには、例え嫌いな人間でも適格者を遠ざけてはならない。


 これは生徒会発足当時、口を酸っぱくして殿下に言った事でもある。
 しかしそれを、彼は聞き入れてはくれなかった。
 
 彼以上の権力を持たない私には、結局のところ進言は出来ても強制は出来ない。
 だから当時は諦めた。
 しかし、だからこそ今、それを盾にして私は戦う。

 それ程までに、理由なくただ殿下に使い潰されるのは嫌だ。

「エリザベート様は、殿下の事を助けてあげたいとは思わないんですかっ?!」

 心優しいリズリーが言う。
 
 彼女は全く気付いていない。
 王族である殿下に対してただの伯爵令嬢が「あげたい」だなんて、まるで施しの様な言葉を使う。
 それが酷く傲慢なものだという事を。

 そして殿下も気付いていない。
 彼は今、そのお優しいリズリーにかなり夢中だ。

 だから私は。

(なら、ちょうど良いじゃない)

 そんな風に、心の中で呟いた。




 
 

 
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