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第5話 媚び、ですって?
しおりを挟む移動中、取り立てて話す事も無ければその必要性も感じないので、互いに無言のまま歩いていく。
以前は一応『未来の夫を支える方』として接していたので、こういう時には場を持たせる努力をしていた。
つまり私から話題を振っていた訳なので、私がソレを辞めた今、無言が続く事はある意味必然と言えただろう。
が。
「……今日は媚びは売らないのか」
そんな一言で、予想外にも沈黙が破られる。
その物言いは、あまりに酷いものだった。
まぁ確かに少なからず打算はあったが、それをまさか自分に対する媚びだと思われているとは。
いくら宰相の息子だと言えど、頭の出来は違うらしい。
「もし私が媚を売っている様に見えたのなら、それは貴方に対してではなく、あなたの向こうに透けて見えていた殿下に対してなのでしょう。どちらにせよ、殿下の婚約者という立場から解放された今、私はその必要性を感じません」
少々考え足らずな人のようだが、果たしてちゃんと伝わっただろうか。
そう思って、少しだけ不安になる。
すると彼はまるで「揚げ足が取れる」と喜ぶような笑みを浮かべた。
「それは僕に『媚びを売る価値は無い』とでも言っているつもりかい?」
正にドンピシャ、正解である。
が、表情を見る限り、こちらが本気でそう思っているとは考えていないようだ。
でなければ、こんなにもあからさまに「誤解を招く可能性のある失言だ」と言わんばかりのニヤリ顔はしないだろう。
私は彼に、言葉は何も返さない。
代わりにニコリと一つ笑みを返しておく。
すると流石に気付いたのだろう。
彼はカッと怒りに顔を赤らめた。
しかし気にする事はない。
私にとって、彼はもう限りなく関わりが薄い人なのだ。
職務でも私的立場でも繋がりのない彼との間に唯一残されているものと言えば、同じく『公爵家』という爵位に属する事くらい。
在学中は「同じ学校の生徒同士」というのもあるが、それはこの学校に通う全ての人が持つ共通項だ。
関わりと言えるほどのものではない。
「君は本当に……予想以上の性悪だな」
「あら、それはありがとうございます。私の気遣いを毎度毎度無下にしてきた貴方にそう言われるなんて、本当に光栄です」
私が話しかける度に一々嫌そうな顔をして、まったく話に乗ってこなかった。
そんなあからさまな態度をしていた人間が、よくそんな事が言えたものだ。
否、それ以前に。
(そもそも、だ。よくもいつもは邪険にしておいて、話を振らなかった私に非難じみた事を指摘出来たものだ)
自分の言動に大きな矛盾がある事を、まさか彼は気付いていないのか。
無自覚だからこそ人を腹立たせる事もあるのだと、彼は少し知った方がいいと思う。
私の嫌味が余程効いたのか。
それ以降、再び沈黙が舞い降りた。
(そういえば、目的地は何処だろう)
ふとそんな風に思ったが、あえて聞く事はしない。
そしてそれから少し経って、無駄に広い校内の中、一体何処へ向かおうとしているのか。
だいたいの予想をつける事が出来た。
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