上 下
6 / 21

第5話 媚び、ですって?

しおりを挟む


 移動中、取り立てて話す事も無ければその必要性も感じないので、互いに無言のまま歩いていく。
 
 以前は一応『未来の夫を支える方』として接していたので、こういう時には場を持たせる努力をしていた。
 つまり私から話題を振っていた訳なので、私がソレを辞めた今、無言が続く事はある意味必然と言えただろう。

 が。

「……今日は媚びは売らないのか」

 そんな一言で、予想外にも沈黙が破られる。


 その物言いは、あまりに酷いものだった。
 まぁ確かに少なからず打算はあったが、それをまさか自分に対する媚びだと思われているとは。
 いくら宰相の息子だと言えど、頭の出来は違うらしい。

「もし私が媚を売っている様に見えたのなら、それは貴方に対してではなく、あなたの向こうに透けて見えていた殿下に対してなのでしょう。どちらにせよ、殿下の婚約者という立場から解放された今、私はその必要性を感じません」

 少々考え足らずな人のようだが、果たしてちゃんと伝わっただろうか。
 そう思って、少しだけ不安になる。
 
 すると彼はまるで「揚げ足が取れる」と喜ぶような笑みを浮かべた。

「それは僕に『媚びを売る価値は無い』とでも言っているつもりかい?」

 正にドンピシャ、正解である。
 が、表情を見る限り、こちらが本気でそう思っているとは考えていないようだ。
 でなければ、こんなにもあからさまに「誤解を招く可能性のある失言だ」と言わんばかりのニヤリ顔はしないだろう。


 私は彼に、言葉は何も返さない。
 代わりにニコリと一つ笑みを返しておく。

 すると流石に気付いたのだろう。
 彼はカッと怒りに顔を赤らめた。


 しかし気にする事はない。
 私にとって、彼はもう限りなく関わりが薄い人なのだ。

 職務でも私的立場でも繋がりのない彼との間に唯一残されているものと言えば、同じく『公爵家』という爵位に属する事くらい。
 在学中は「同じ学校の生徒同士」というのもあるが、それはこの学校に通う全ての人が持つ共通項だ。
 関わりと言えるほどのものではない。

「君は本当に……予想以上の性悪だな」
「あら、それはありがとうございます。私の気遣いを毎度毎度無下にしてきた貴方にそう言われるなんて、本当に光栄です」

 私が話しかける度に一々嫌そうな顔をして、まったく話に乗ってこなかった。
 そんなあからさまな態度をしていた人間が、よくそんな事が言えたものだ。
 否、それ以前に。

(そもそも、だ。よくもいつもは邪険にしておいて、話を振らなかった私に非難じみた事を指摘出来たものだ)

 自分の言動に大きな矛盾がある事を、まさか彼は気付いていないのか。
 無自覚だからこそ人を腹立たせる事もあるのだと、彼は少し知った方がいいと思う。


 私の嫌味が余程効いたのか。
 それ以降、再び沈黙が舞い降りた。
 
(そういえば、目的地は何処だろう)

 ふとそんな風に思ったが、あえて聞く事はしない。
 そしてそれから少し経って、無駄に広い校内の中、一体何処へ向かおうとしているのか。
 だいたいの予想をつける事が出来た。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

閉じ込められた幼き聖女様《完結》

アーエル
ファンタジー
「ある男爵家の地下に歳をとらない少女が閉じ込められている」 ある若き当主がそう訴えた。 彼は幼き日に彼女に自然災害にあうと予知されて救われたらしい 「今度はあの方が救われる番です」 涙の訴えは聞き入れられた。 全6話 他社でも公開

努力をしらぬもの、ゆえに婚約破棄であったとある記録

志位斗 茂家波
ファンタジー
それは起きてしまった。 相手の努力を知らぬ愚か者の手によって。 だが、どうすることもできず、ここに記すのみ。 ……よくある婚約破棄物。大まかに分かりやすく、テンプレ形式です。興味があればぜひどうぞ。

完)まあ!これが噂の婚約破棄ですのね!

オリハルコン陸
ファンタジー
王子が公衆の面前で婚約破棄をしました。しかし、その場に居合わせた他国の皇女に主導権を奪われてしまいました。 さあ、どうなる?

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

悪役令嬢のわたしが婚約破棄されるのはしかたないことだと思うので、べつに復讐したりしませんが、どうも向こうがかってに破滅してしまったようです。

草部昴流
ファンタジー
 公爵令嬢モニカは、たくさんの人々が集まった広間で、婚約者である王子から婚約破棄を宣言された。王子はその場で次々と捏造された彼女の「罪状」を読み上げていく。どうやら、その背後には異世界からやって来た少女の策謀があるらしい。モニカはここで彼らに復讐してやることもできたのだが――あえてそうはしなかった。なぜなら、彼女は誇り高い悪役令嬢なのだから。しかし、王子たちは自分たちでかってに破滅していったようで? 悪役令嬢の美しいあり方を問い直す、ざまぁネタの新境地!!!

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

処理中です...