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第一章:マイペースに生きてると、たまにはオークに囲まれる。

第3話 憧憬であった昼寝、起きたら不運

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 青い空に、白い雲。
 そして広がる若草色の草原地帯。
 風がさわりと一つ吹くと、草が波打ちどこまでも向こうまで走っていく。

 それは見ていて心が洗われるような、実に美しい光景だった。


 解放感に、なのだろうか。
 クイナがテンション爆上がりになって、「すごいのー! すごいのぉー!!」と言いながら辺りをしきりに駆けずり回っている。

 そんな背中を眺めながら、俺は憧憬に想いを馳せた。


 俺には過去がある。
 今の『平民』で『冒険者』で『他種族国家・ノーラリアの住民』の俺ではなくて、この国の隣・ルドヴィカ王国で王太子だったという過去が。

 その地位は僅か2か月前に捨ててきたものだが、つい最近――生まれてからの18年間――まで、その身分に縛られていた事には変わりない。

 俺は、王太子である事それ自体を不満に思った事は無かった。
 が、それでも視察で外に出向いた時なんかには、少しくらい思うところも無いではない。
 

 馬車の中から、これととてもよく似た光景を見た事があった。

 その時に思ったのである。

 何にも邪魔されず、誰も俺を見ていない。
 そんな時にもしここに来れたなら、と。


 多分満足したんだろう。
 ひとしきり走ったクイナはテケテケと戻って来て嬉し気な笑顔で「ただいまなのーっ!」と言ってくる。

 息は多少上がっているが、流石は獣人というべきか、それとも子供というべきなのか。
 顔に疲労の色は見えず、むしろさっきまでよりずっと溌溂《はつらつ》としている様にも見えた。
 そんな彼女に、俺はゆっくりと「なぁクイナ」と声をかける。

「やっぱり休憩していかないか? ここに寝転んで、ちょっとだけ昼寝とか」

 先程「休憩は不要」と言った彼女に、俺はそんな提案をした。

 クイナは一瞬キョトン顔なる。
 が、すぐにピンと来たらしい。

「もしかして、これはアルドの『やりたい事』なの?」

 小首を傾げ、まっすぐにそう聞いてくる。


 地位を追われる形で王太子ではなくなった俺は、一つ決めた事があった。
 それが『これからは、今までやりたくてもできなかった事をしよう』という事である。
 
 ――広い草原で昼寝をする事。
 今提案したソレこそが、正に俺が持つ『やりたくてもできなかった事』の内の一つだった。


 クイナに「あぁ」と頷けば、「じゃぁやるのーっ!!」とすぐさま元気な声が上がる。

「アルドの『やりたい事』に付き合う、それがアルドとの約束なの!」

 先程までは先を急ぎたい一心だった筈なのに、まるで不服などないような顔で彼女は俺との出逢った時の約束を、違えずにいてくれるらしい。
 その小さな温もりが、心をほわりと温かくする。


 一方クイナは、まるで「すぐさま有言実行なの!」と言わんばかりに、その場で草原にダイブした。

 一瞬「体を痛めないだろうか」と俺は心配したのだが、どうやら草が上手いことクッションになったらしい。
 軽い体はクシャッと原っぱに音を立て、コロンと足元に転がった。


 すぐに仰向けに寝返ったクイナと、ばっちりと目が合った。
 すると彼女は曇りのない笑顔を浮かべ、自分の隣をペシペシ叩く。
 どうやら「ここに来い」と、そう主張したいらしい。

「はいはい行きます」

 微笑しながら彼女の隣に腰を下ろし、俺も寝転ぶことにする。
 が、その前に一つだけ。

「念には念を。注意し過ぎて損は無いしな」

 そんな呟きと共に、バッグの中から手のひら大のキューブを出した。
 魔力を流して起動させ枕元に置いてから、やっと俺も横になる。


 お腹の上で指を組み、仰向けになって息を吐く。
 目いっぱいに、青い空が広がった。
 風で揺れる草の音だけが聞こえるポカポカ陽気の草原に、「気持ちがいい」以外の言葉が無い。
 
 ふと、手を何か暖かなものが掠めていった。
 チラリと見ればクイナの尻尾が俺の手の上を、ファッサファッサと行き来している。

 くすぐったい。
 モフッとそれを捕まえれば、クイナがキャッキャと笑い出した。
 何が楽しいのかは知らないが、楽しそうだからまぁ良いだろう。

 なんて思っていると、次第に瞼も重くなって――。



 で、次に起きたらこの状況。
 もう「ビックリだわ」以外の言葉が出ない。

 幸いにもまだ空は青いし、日も登ったまま。
 下を見れば草原だって健在状態なんだけど、いかんせん周辺景色の落差がヤバい。

 サァーッとどこまでも広がっている筈の草原は、オーク達の分厚い身体で遮られてもう見えやしない。
 何よりその巨体でこちらをニヤニヤと見下ろす顔に、思わず拒否反応が出てしまう。

 ……否、オークの顔は元々この形状がデフォルトだから相手にニヤニヤしている気はないかもしれない。
 が、その顔のせいでクイナが怖がってるんだから、もう完全にギルティーだ。

「アアアアルドッ! クイナたち、オーク肉さんにグルッて囲まれちゃってるのぉーっ!!」

 そう言って腹に頭突きをかます彼女を抱きしめながら、俺はあの時『念のため』と思った自分を後で褒めてやりたいと改めて強く思う。


 俺とクイナの周りには今、半円状の透明ドームが出来ている。
 枕元に置いていたキューブ――結界を作る魔道具――のお陰で、外の者は何人《なんびと》たりともこちらに近寄る事が出来ない。

 マリアさん、ありがとう。
 心の中で、見た目も心もまるで天使そのもののような女性に深く礼を述べる。
 その一方で抱き着くクイナの震える背中を再び軽く叩いてあやしつつ、改めて辺りを見回した。
 


 周りを取り囲んでいるのは、全てオークの成体だ。

 数はおよそ30体ほど。
 群れである事は間違いなく、3分の2は素手だけど、残りは斧《アックス》系の武器を手にしてる。

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