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第二章 第二幕:執事・ゼルゼンから見た社交界
第3話 歪んだ貴族の側面
しおりを挟む一行の入場が終わり、彼らが貴族達の人込みに入っていったのを見送ったところで、ゼルゼンは一度ポーラと解散した。
一定の距離を保って主人の様子を観察しながら、『いざという時』の為に待機。
それを、付かず離れずの絶妙な位置どりで熟す。
しかしそうやって移動していると、やはりと言うべきか。
貴族達の話し声が、ゼルゼンの耳にも色々と入ってきた。
例えば、領地の話。
今日のドレスの話。
最近流行っている食べ物の話。
その他にも他の貴族たちの噂話。
それらを耳で拾っては「いつか何かの役に立つかも」と、少しでも内容を覚えようと心がける。
記憶力の良いセシリアならば話している内容をそのまま丸暗記できるかもしれないが、生憎ゼルゼンはそこまで物覚えが良くは無い。
しかし、心掛ければ話の概要くらいは覚えていられるかもしれない。
そんな裏任務に1人勤しんでいると、耳がまた新たな話題を拾った。
「かねてより婚約していたリリーと、来年結婚する事になったんだ。リリーは淑女教育も行き届いていて、中々に器量が良く、とても従順な女だ。将来は私を立て、私に尽くしてくれる事だろう」
話し手は10代半ばの男、見た目はキリルと同い年くらいにだろうか。
「リリーは伯爵家の娘で俺は公爵だからな、相手の両親もこの婚姻には諸手を挙げて喜んでいる。結婚すればあちらも俺にさぞかし頭が上がらないだろう」
言葉はちょっとアレだが、内容的には自慢話と取れなくもない。
そういう類の話題である。
(確か公爵って、貴族の中では一番偉い爵位だったよな? そうか、それでこの見下した感じなのか)
おそらく立場的に、この様な物言いが許されているという事なのだろう。
しかし使用人としては、主人には絶対に近寄って欲しくないタイプの人種だ。
そんな事を考えていると、少年の話し相手が彼に相槌を打つ。
「そりゃぁ一伯爵家から公爵家に嫁ぐのだから、向こうも鼻高々だよね。それにしても、良いなぁ! そんな良い女が結婚相手だなんて」
相槌の主は、セシリアと同年代に見える少年だ。
彼の言葉を聞いて『良い女』で括るあたり「彼の基準も歪んでいるな」と思ってしまうのは、ゼルゼンが平民であるが故なのだろうか。
しかし、それにしても。
(まるで他人のおもちゃを欲しがる子供みたいだ)
話しているのが人間についての事なので、ゼルゼンはどうしてもそこに嫌悪感を抱いてしまう。
するとそんな少年の相槌に、どうやら男は気を良くしたらしい。
「この結婚は縁談では無く、私が社交界デビューの場で『青田買い』したんだ」
ニヤリと笑って「真実を教えてやる」とさらに自慢げになって話し始める。
「見目が良く大人しそうな女に当たりを付けて、ほんのちょっと細工をしてやれば、相手はすぐにコロリ転がってくる。それを利用して親密になれば、とんとん拍子に婚約だ」
その物言いは、最早自分の所有物自慢ですらなかった。
あれは「そんな素晴らしいものを見つけてきた自分の目が凄い」という自慢だ。
ここまで下衆さも極まると、もしセシリアを近づけようものならすぐに反発を起こすに決まっている。
(これは「近寄ってきて欲しくない相手」から「危険人物」へと格上げかな……)
この場合、もちろん危険な目に遭うのは相手の方である。
おそらく相手を物の様に扱いあまつさえそれを材料に自分を自慢したいだけのやつ相手に、セシリアは容赦しないだろう。
話を聞き、そんな事を考えながらも、その一方で目はしっかりと本業を熟していた。
そして、思う。
(そろそろ疲れてきてる、かな)
おそらく外目には分からないだろうが、ゼルゼンの目はしっかりと彼女の疲労を感知していた。
彼女が一体何を話しているのかは分からないが、頭をフル回転させているのは確かだ。
と、なると。
(後で持っていくのは糖分多めの方が良いかな)
脳疲労には糖分が良いらしいと、以前セシリアが言っていた。
それに甘い系はそもそもセシリアの好物でもある。
飲み物は、流石に紅茶は無いだろうから、選んだお菓子に合う物で。
そんな事を考えていると、男の声がまた聞こえてくる。
「まぁもしも後で容姿や品格が相応しくないと思えば、その時点で破談にすれば良いだけの話だ。そのくらい、家の権力でどうとでもなる」
そのくらいの軽い気持ちでやってみるのが良いんだ。
などと、彼は言う。
しかしそれは、女性側からするとたまったものでは無い。
婚約破棄というのは、それだけで女性にとっての傷になる。
それを気軽に考えるあたり、控えめに言って最低である。
「まぁ結果的には上手い具合に成長したから、俺は婚約破棄しなかったけどね」
そう言うと、彼は「お前も父親が侯爵なんだから婚約破棄くらい簡単さ」なんて言いながら軽薄に笑った。
(まったく……世も末だな)
最低過ぎるその存在に、ゼルゼンは思わずため息をついた。
少なくとも俺だったら、こんな権力を笠に着る気満々の奴が治める領地には住みたくない。
そしてそんな奴が爵位の頂点に君臨する国というのも、実に不安である。
しかしそんなゼルゼンの気持ちとは裏腹に、少年はただ無邪気に彼を煽てる。
「凄いね、エドガー兄様!俺も『青田買い』してみたいっ!!どうやったら出来るの?」
「そうだなぁー……。じゃぁ私がやった方法を教えてやろう」
特別だぞ?
そう言って、彼はその手段について話し始める。
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