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第二章 第一幕:第二王子トラブル編

第1話 王族

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 時刻は7時丁度。
 ファンファーレが鳴り響き、皆の視線がとある一点へと集中した。

 皆の視線の先にあるのは会場の西、吹き抜けの2階聳える立派な扉だ。


 音が鳴り終わると同時に、その扉がギィーッという音を立てながらゆっくりと開いた。
 そこには数人の人影がある。

(多分、先頭の2人が現王と第一王妃。その後ろが第二王妃で、次が前王と前王妃。そして最後の2人が、王子たち)

 セシリアはそんな風に当たりを付けながら、入場してくる初見の彼らを見上げる。


 王族と聞くとどうにも身構えてしまうが、何のことはない。
 普通の人間だ。

 それが彼らに対して抱いた第一印象だった。


 吹き抜けになっている二階の廊下を歩く大人達は、確かにみんな『上に立つ者』としての振る舞いをしていた。

 しかしそれも形式だけ。
 決まっている事柄をなぞる様に遂行しているが故の動きであることはセシリアがほんの少し見ただけでも分かる。

(……上の空、っていう感じ)

 特に王妃と子供達にその傾向が強い。
 皆それぞれに集中しきれていないのが分かるのだ。

 しかし。

「凄い……あれが王様」

 そんな呟きに視線を向ければ、おそらくセシリアと同じ境遇なのだろう少女が目を輝かせながら彼らを見上げている。

 しかも周りの大人達も、大抵は好意的な視線を彼らに向けていた。

(あれの一体どこが『凄い』のだろう。ただパーティーの進行に従っているだけなのに)

 そんな風に思って思わず首を傾げれば、頭上でクックッという控えめな笑い声が降ってきた。

「やはりお前も思うか? 『普通の人間だ』と」

 見上げると、ワルターが綻ぶ口元に手を当てながらこちらを見下ろしていた。

 セシリアが素直にコクリと頷くと、ワルターが言葉を続ける。

「キリルの時もマリーシアの時も同じ様な反応だった。どうやらクレアリンゼもデビュー当時に似た様な事を思ったそうだ」

 その観察眼はきっと、母方の血が為せる技なのだろう。
 そんなワルターの声に、セシリアは「なるほど」と頷く。


 母は、昔から表情から相手の思考を読む能力に長けているらしい。
 きっとその血を受け継いでいるからこそ、周りとの間にこんなにも感じ方の差が出来てしまっているのだろう。

 そんな風に独り言ちていると、おそらく定位置まできたのだろう。
 王が豪奢な椅子の前で立ち止まり、体ごとこちらに向いた。

 そして、言う。

「今年もよく来たな。皆、この1年を問題なく過ごしたようで何よりである。――これより今年の社交を開始する」

 彼が朗々とそう宣言すると、周りから拍手が巻き起こった。


 王が告げる開会の言葉に対して貴族達は拍手をもって返す。
 それが毎年の恒例でありこの場のマナーである事は、事前情報として知っていた。

 その為セシリアも、周りと同じく拍手で応じる。


 拍手が会場内に響き渡ると、王族達は皆それぞれ用意された椅子へと着席した。

 そして全員が座り終わった事を合図に、拍手がパラパラと止み、代わりに再び喧騒が戻ってくる。


 そんな中、セシリアに耳打ちする声があった。

「王が来た。貴族家の当主は、これから王に社交開始の挨拶をしに行かねばならない。そして今年はお前も同伴する必要がある」

 父のそんな声に、セシリアはコクリと頷く。

「謁見の場での礼儀作法はきちんと頭に入っています。私はただ礼儀を尊(たっと)んでその場に居るだけですからね、大したことありません」

 言外に「大丈夫」と告げて見せる。

 現に王族と絡むのは当主である父だけで、セシリアは本当にただの顔合わせとしてその場に居合わせるだけである。
 取り立てて何かをする訳ではないので気も楽だ。

 するとワルターは「その通りだ」と安心した様に笑ってくれた。



 王族への謁見は、通常爵位の高い者から順番に行う事となっている。
 その為セシリア達の順番は、公爵1家と侯爵3家の謁見後以降になる。


 2人が謁見待ち列の最後尾についた時には、列に並ぶ貴族は既に1侯爵家のみとなっていた。

 その後ろには既に伯爵家の当主が3人並んでいる。
 セシリア達はその後ろに並ぶ形だ。


 列へと並ぶと、1つ前に並んでいた人影がこちらを振り向いた。
 女の子だ。

(この子も多分、今年が社交界デビューなんだろう)

 でなければ、子供がこの列へと並ぶ事はできない。

 などとどうでも良い事をボーッと考えていると、何から彼女がこちらを見つめてきている事に気が付いた。

 セシリアが彼女に目の焦点を合わせると、意識が向いた事に気付いたのか。
 彼女がニィッと笑った。

(……何だろう?)

 何となく勝ち誇られている事は分かる。
 しかしそうされる理由が、全く分からない。


 セシリアが首を傾げていると、クイッと上に手が引かれた。
 僅かに引き上げられたその手は、父の大きな手で握られている手である。

「セシリア、緊張はしていないな?」

 父のその確認に、セシリアは苦笑する。

「恥ずかしながら馬車を降りる頃には少し」

 苦笑の理由は緊張していた過去の自分へ向けたものだ。

 あの時、友人兼執事の彼に触れて初めて、緊張している自覚を持った。
 アレがもしも彼でなかったら、もしかしたらその自覚もなく、今でも気負ったままでここまで来ていたかもしれない。

(……後でゼルゼンにちゃんとお礼を言っておこう)

 などと心に決めたところで、父は「まぁ心配することも無いだろう」と告げる。

「余程のイレギュラーでもない限り、何事もなく終わるさ」

 何故ならこれは、全ての貴族にとっての通過儀礼だ。
 形式的なものであり、そうであるが故にイレギュラーの挟まる余地は限りなく無いに等しい。

 そんな父のフォローを聞いて、セシリアは思わずニヤリとしてしまう。

 『余程のイレギュラーでも無ければ』という言葉は、おそらく父が過去にそのイレギュラーに遭遇したことがある為の言葉だろう。

「お父様の時の様な方は、今回は居ないのですか?」

 それは、からかい半分、念のための確認半分の言葉だった。

 からかいは勿論父の『やらかし』を前提として、確認は万が一にもそんな事は起こらないという確証が欲しくてのものだ。

 因みに確認は、セシリアの「そういう面倒事は、外野として見ている分には楽しいのだが、間違っても当事者なんかにはなりたくない」という本音を見事に代弁した行動である。
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