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第二章:セシリア10歳、社交界デビューする。
第3話 マイペースな親子
しおりを挟むそれから後、セシリアは家族と共に数ヶ所ほど挨拶に回った。
オルトガン伯爵家は、どの政治的派閥にも属していない。
そのため、そもそも『挨拶をしなければならない家』というのはあまり多くない。
それに加えて両親共に、家族ぐるみでの挨拶は必要最低限に絞ってするタイプの為、全てを網羅するのも短時間で済んだ。
それらが終わると、一行は一時解散する事となった。
此処からは家としてではなく、個人的な交流のある相手にそれぞれ挨拶をしに行くのである。
という訳で、他の皆は自由時間となったのだが。
「セシリア、お前は私と来なさい」
「はい、お父様」
セシリアは即答でそう返し、この時間を父と過ごす事になった。
歩き始めた父に続くと、彼はこちらを振り返らずに口を開く。
「今日の段取りは頭に入っているか?」
「はい、この後貴族たちの入場が終わったら王族の入場。その後、私達は王族の方への謁見をしなければならない」
貴族は、王族からの承認があって初めて貴族である事を認められる。
それが社交界デビューの年の王族との謁見で為されるのだ。
社交始めの王城パーティーでは、当主は毎年必ず挨拶の為に謁見の場へと上る事になっている。
デビューをする子供が居る年にはみんな、そこに子供を連れていき王族から認めてもらうのだ。
確認する様な声色でセシリアが告げると、ワルターが「その通りだ」と頷いてくれた。
そして、こんな風に言葉を続ける。
「その謁見までには、まだ少し時間がある。しかし何もする事が無いという訳でもない」
その言葉を受けて、セシリアはチラリと壁掛け時計に目をやった。
時刻は、午後6時47分。
ちょうど伯爵位の入場が終わり、侯爵位の入場時刻に差し掛かったところである。
王族主催の催し物に限り、貴族の間には明確なルールがある。
そのうちの一つが『声を掛けるのは基本的に爵位の高い者から低い者に対してのみ』というものだ。
だから例えば話したい相手が自分よりも格上だったその時は、永遠に声を掛けられるのをただ祈りながら待つしかない。
しかしそれは逆に言うと、苦手な格上相手にわざわざ自分から挨拶をしに行く必要が無いという事でもある。
そしてそれは「格上への挨拶にはメリットよりもデメリットの方が大きい」と感じているオルトガン伯爵家にとって、非常に都合が良くもある。
おそらく侯爵家の誰かが入場したのだろう。
周りがまるで小波のように騒めいた。
しかしそんな中であっても、ワルターは自分のペースを決して崩さない。
「セシリア、お前はもう貴族家当主の名前と各家同士のつながりは覚えているか?」
それは、疑問というよりも確認のニュアンスを持った言葉だった。
そしてセシリアが「はい」と短く、しかしキッパリと肯定すると、「うむ」と頷きながら言葉を続ける。
「ではその貴族達の顔とその血縁者、各家同士以外のつながりについて教えていく。覚えるのが必須、という訳ではないが、今日の内に全てを頭に叩き込むと後々楽できる」
そんな風に言われて、セシリアは「なるほど」と頷いた。
(交流を持たない人間のそういう諸々を覚えるのは、本音を言えばとても面倒だけど)
それでも今後はセシリアだって、他貴族たちと社交をしていく事になる。
その為の情報は、無くて困る事はあってもあり過ぎて困る事はおそらく無い。
セシリアの肯首を確認してから、ワルターの『貴族講座』が始まった。
本人たちを少し遠巻きにしながらワルターの授業を耳にして、セシリアは次々へと情報を頭に叩き込んでいく。
周りも、まさか父に手を引かれて貴族たちの間をすり抜けていく10歳児が、今正に社交の武器を研いでいるとは思わない。
その為、油断してみな雑談や噂話に興じている。
その声は当然セシリアにも漏れ聞こえており、そして彼女は「ついでに」と、それも一緒に頭へも叩き込んだ。
こうして時間は過ぎていく。
実はこの時、セシリア込みのワルターに挨拶をしたがっていた侯爵が2組存在した。
理由は簡単。
子供達をセシリアに面通しし、今後のオルトガンとのパイプにしようと考えたからだ。
その為、彼らはそれぞれに子供の手を引きながら、終始あちこちへと動き回るワルターとセシリアの後を追う。
しかし、自分だけなら未だしも子供連れだ。
子供の歩みはどうしたって遅くなる。
結局それが足枷となってしまう。
そして、その隙を見逃すワルターでは無い。
セシリアの手を引いて、ワルターは実に巧みに動き回った。
その立ち回りのお陰で、セシリアは幸いにも暗記時間を些事に侵食されずに済んだった。
結局、2組は両方が両方ともついぞ王への謁見以前にセシリアに声をかける機会を失ったのだった。
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