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第一章:セシリア、10歳。ついに社交界デビューの日を迎える。

第4話 オルトガンの血

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 一体どんな話なのか。

 その内容に全くと言っていいほど心当たりが無いセシリアは、ドキドキとしながら彼の次の言葉を待つ。


 しかしだからこそ、彼の次の言葉に思わず首を傾げてしまった。

「お前は今日まで一度も他の貴族と会った事が無い。その事に関して、今まで疑問を抱いた事は無いか?」

 何故そんな質問をするのだろう。
 そう思いながらも、セシリアは口を開く。

「確かに普通は『社交界デビュー前から、仲の良い家同士との交流はあるものだ』という話は小耳に挟んだ事がありますが……」

 思い当たる所を答えれば、ワルターは満足げに頷いた。

「そうだ。普通は社交界デビューの前から、子供達は他の貴族達と接触させ、交流を持たせる。そうすれば同年代の友達も出来るだろう。なるべく小さい頃に出会っていた方が互いに打ち解けやすい」

 つまり、私にとってのゼルゼンの様に、同年代の友人を作る為という事だろうか。
 セシリアは、そんな風に思考を巡らせた。

 まぁゼルゼンは平民なので貴族同士での友人関係とはまた少し違うのだろうが、ゼルゼンとの間にあった『初対面での行き違い』もある。
 おそらく社交界という公の場でトラブルを起こさない為にも、友達の作り方というのは学んでおくべきなのだろう。

「加えて社交界デビューの場は、『大人の世界』だ。社交界デビューの場となる王城は特に会場内の雰囲気が独特だから、緊張もする。そこに見知った顔があれば、子供達も安心するしな」

 なるほど、デビュー前からの交友にはそういう利点もあるのか。
 セシリアは思わずそう納得した。

 確かに緊張してパーティーの中で『しなければならない事』が出来なければ、それは大きな問題だ。

 しかし。

「……という事はつまり、当家には例えそのようなメリットを得られなくても『そうする理由』というのが何かしらあるのですね?」

 今まで父が話してくれたのは、全てメリットばかりだ。
 ならば当家がそうしない理由が無い。

 つまり、他家にはメリットが多いが、当家にはデメリットの方が多い。
 そういう何かがあるのだろう。


 セシリアが尋ねると、ワルター以外から声が上がった。
 クレアリンゼだ。

「それよ、セシリア」

 ほのほのと笑いながら、クレアリンゼは笑った。
 ワルターはそんな彼女を「私が言いたかった」と言わんばかりの表情で見遣る。


 対してセシリアはというと、その言葉の意味がよく分からない。

(「それ」って、どれ……?)

 心中でそんな疑問を覚えていると、ワルターが一度コホンと軽く咳払いをしてから言葉を再開した。

「つい今しがた、お前は『今日まで一度も他家との間に交流が無かった事』に対して私の少ない言葉だけで、『敢えてそうしない理由が何かあるのだろう』という仮説を立てた。しかし普通の10歳児には、あのくらいの情報ではそこまで思い至らない」
「そう、なのですか?」

 ワルターの解説でクレアリンゼの言葉の意味は分かったが、実感が全く無い。
 だからセシリアは首を傾げて、そう尋ね返す。


 正直いうと、セシリアは今まで自分と誰かのスペックの違いを比べた事が無い。
 その必要が無かったし、全く同じ境遇の同級生がセシリアには存在しない。
 比較対象の不在もこの原因と言えるだろう。

 その為、彼女にとっての『10歳児に対する常識や基本』とは、自分である。

 自分が基準なのだから「お前は世間一般で言う10歳児よりも頭が回る」と言われたところで全く以ってピンと来ないのは、当たり前と言えば当たり前の事だろう。


 困惑顔のセシリアに、ワルターがすかさず擁護の為の声を掛けた。

「なに、ピンと来ないのは仕方が無い。みんな最初はそうなのだから」
「みんな、ですか?」

 また首を傾げたセシリアに、瞳に優し気な色を灯してワルターが言葉を続ける。

「そうだ。オルトガン伯爵家の血を引く人間というのは代々みんな、他よりも知能指数が高い傾向にある。そういう人間というのは、頭の回転が速く記憶力も良い。事象の客観的な説明も子供の内から大人顔負けにする事が出来、物事の本質も容易く捉えることが出来る」

 だから何もセシリアに限った話ではないのだ。

 オルトガン伯爵家の血統を継ぐもの、つまり5人家族の中ではクレアリンゼを除いた全員がそれに該当する。

「私の目から見ても、ワルターだけではなく貴方達子供も全員、そういう傾向がある様に見えます」

 でも貴方には先達が居る。
 だから心配する必要は無いんですよ。

 クレアリンゼもそうフォローする。

「そして何よりも、そういう人間は知的好奇心が旺盛だ。セシリア本人にはまだその自覚は無いだろうが、ゼルゼン。お前には思い当たる節はあるのではないか?」

 そう言うと、ワルターはゼルゼンへと目を向けた。
 釣られるようにセシリアも振り向けば、そこには思い出し顔のゼルゼンが居る。

 彼は「あくまでも私見ですが」と前置いた上でこう言った。

「……確かにセシリア様は他の同年代と比べて頭が回り、記憶力も良いです。気になった事は納得するまでいつも熱心に調べていますが、少なくとも私には、あんな徹底的には出来ません。その為『知的好奇心が高い』というのにも当てはまると思います」

 ゼルゼンがセシリアの傍にい始めてから、およそ4年。
 彼女の様子や性格や好き嫌いに関しては、知る為の時間が十分にあった。

 しかしそれでも彼女を『特異だ』と思わなかった事には、きちんと理由がある。

「私はてっきり、それらの違いは私達が使用人で、セシリア様が貴族だからだと思っていたのですが……」

 ゼルゼンの言う『同年代の子供』とは、その全てが平民だ。
 その為セシリアとその他の違いを、彼は今まで階級による生活環境の違いのせいだと思っていた。

 そんな彼の言葉に、セシリアも同意の肯首をする。


 セシリアの閉じられた世界の中でもしも比較対象を挙げるとしたら、それはきっとゼルゼンと似たり寄ったりの人選になるだろう。

 しかし彼らとセシリアとの間には育てられた環境も、求められるスキルも違う。
 その為セシリアは彼らと自分を比較してそこに優劣を付けようなどという思考に、今まで思い至る事が無かった。



 だからこそ「両者の違いは生活環境故だ」と自信を持って肯首したのだが、対するワルターは首を横に振る。

「確かに貴族と使用人では、育ってきた環境や施される教育に違いはある。しかし頭の回転や物覚えなどについては、例えどんなに良い環境で教育を受けたとしても本人の努力と、そして素質に比例する」

 勿論努力と鍛錬によって、それらはある程度補う事が可能だ。
 だが、素質は間違いなく、アドバンテージ足り得る。

「その年で既に貴族の作法を完璧にマスターし、成年になる16歳までに必要な知識を全て学習し終える。そんな事、素質という名の下駄が無ければ出来はしないのだ」

 それは確信に満ちた声だった。

 その確信に足る何かが、きっと彼にはあるのだろう。
 そう思わせるには十分な説得力だ。

(お父様がそこまで言うのなら、もしかしたらそうなのかもしれない)

 実感がまだおぼろげなまま、セシリアはそんな風に思う。

 しかし。

(それが、両親が私を呼び出して伝えたかった事なのかな……?)

 セシリアの心中に、ふとそんな疑問が浮上する。

 もしもそうなのだとしたら、私としては何だか気持ちが宙ぶらりんだ。
 実感できない事を伝えられて、一体私にどうしてほしいのかが分からない。
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