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三章.ダンジョン!
5.ヒストリアのひとりごと
しおりを挟むあたしの名前は、ヒストリア・リーツ。
Sランク冒険者である、ルーラ・ラプツェルのパーティに所属している女剣士だよ。
剣術のランクはS。
はっきり言って、めちゃくちゃ強いよ。
黒髪ツインテールの美少女だし、天はあたしに一物も二物も与えてしまったらしい。
先日、あたしたちパーティは、冒険者ギルドからの依頼で、とあるダンジョンに潜入し、死線を切り抜けた。
最下層でSSランクモンスターの『鬼』が出現したときは、本当にもうだめかと思った。
だけど、突然現れた謎の美少女軍団が私たちを助けてくれたのだ。
あれから三日。
ずっと、ルーラちゃんの様子がおかしい。
「モコモフ様……あなたのことを思うと、胸が苦しくて、おかしくなりそう……もう一度、あなたに会いたい……」
ルーラちゃんはあれからずっと、こんな感じで遠くを見ながら、ひたすらポエムを呟いている。
ヤバイでしょ?
あの豪傑で不遜なルーラちゃんはどこに行っちゃったの?
宿屋の扉からこっそり様子をうかがっていると、ルーラちゃんは立ち上がって、ふらふらと外に出ていってしまった。どこかへ出かけるみたい。
こっそり後をつけると、着いた場所は街の広場だった。
中心には噴水があり、そこそこ人もいる。
ルーラちゃんは広場に咲いていた花を一輪ちぎって、噴水前のベンチに座った。
それから花びらを一枚ずつ千切っては、噴水にそっと入れていく。
「モコモフ様は私を、好き、嫌い、好き、嫌い……好き……」
なんかヤバイ光景を見てしまった……重傷すぎる……。
たしかにあの子――モコモフちゃんは、めちゃくちゃ可愛かった。
ルーラちゃんのドストライクだろうなって感じがしたよ。でもまさか、ここまでルーラちゃんの心を乱すとは思わなかった。
っていうかルーラちゃんって、ただの美少女好きかと思ってたけど、ガチでそっち系だったの……?
恋愛対象女の子なのかな?
知りたくなかったなぁ、それ。
これから一緒にお風呂とか入りにくいじゃん……。
まぁそれはともかく!
ここでのぞき見ていたって、埒があかない。
私は大きく息を吸って、ルーラちゃんに話しかけることにした。
「あ、ルーラちゃんだー! こんなところで何をしてんのー?」
偶然を装って明るく声をかけると、ルーラちゃんは物憂げな顔を上げた。
「あ、ヒストリア……おはよう。散歩をしていただけよ」
ルーラちゃんは、ぎこちなく笑ってそう答える。
いつもの強気のルーラちゃんも可愛いけど、今の儚げな雰囲気を漂わせているルーラちゃんもいい。
恋する乙女オーラ全開ってかんじだ。
私はにこっと笑って、ルーラちゃんの隣に座る。
下から覗きこむように、ルーラちゃんを見上げた。
「ね、ルーラちゃん! 今から、気分転換に軽い依頼でも受けにいかない?」
「今から? 二人でってこと?」
「だめぇ? 軽いDランクとかの討伐でいいからさ。私もう、三日も動いてなかったから、身体が鈍っちゃったんだよねー」
「もちろん、いいわ。行きましょうか」
ルーラちゃんは微笑んで、立ち上がった。
やっぱりいつものルーラちゃんじゃない。いつもなら「Dランクなんて嫌! BランクかAランクに行くわよ!」って言うもん。
私たちは二人並んで、すっかりおなじみの冒険者ギルド『黒龍の枕』に向かった。
到着して中に入ると、そこには見知った顔がいた。
私は手を振って、明るく声をかける。
「あ、ロキちゃんだー! おっはよー!」
ギルドの依頼を眺めていたのは、ついこないだまで一緒のパーティにいた、錬金術師のロキちゃんだった。
ロキちゃんは、Aランクの美少女錬金術師、メアリーちゃんが入ったことで、ルーラちゃんにクビにされた可哀想な男の子だ。
追い出されてから、ロキちゃんはすっかりルーラちゃんが苦手になってしまったようで、いつもそそくさと逃げてしまう。
だけど今日。ロキちゃんは目を見開いて驚いて、慌てて駆け寄ってきた。
「ルーラ! それにヒストリアも! 身体はもう大丈夫なの?」
「――は? 何の話よ」
ルーラちゃんは、あたしの前に立って、ギロリとロキちゃんを睨んだ。
あ、いつものルーラちゃんに戻った。
「え? いや……例のダンジョン攻略が大変だったって聞いたからさ」
「……もうその話が広まっているのね。そうよ、あんたの言うとおり私の実力が足りなくて、死線をくぐったわ。最下層には、SSランクのモンスターがいて、まるで勝てる気がしなかった。でも殺される寸前に、とても素敵な方に助けて頂いたのよ」
ルーラちゃんがそう言った途端、ロキちゃんの表情が引きつった。
「す、素敵な方……? そうなんだ……」
「ええ。とても強くて美しい方々だったわ。……特に私を抱き上げてくださった少女は、奇跡のような愛らしさだった。透きとおるような白い肌、白金色の髪。まるでお伽噺に出てくる天使のようだったわ。もう一度、あの方に会ってお礼をしたい……」
「へ、へぇ……」
ロキちゃんはなぜか、目を泳がせていた。
肩に乗っているペット(?)のスライムは、身体を震わせて笑っている。
どうしたんだろ? まぁいいけど。
「と、とにかく無事ならよかったよ。じゃあね、ルーラ! それにヒストリアも!」
そう言い残して、ロキちゃんは逃げるように、ギルドを出て行ってしまった。
うーん。相変わらずロキちゃんは、人が良すぎる。あんな風に追い出したあたしたちに、話しかけてくることがすごいよ。
ルーラちゃんは男嫌いだから、ロキちゃんのことをずっと疎ましがっていたけど、他のメンバーは、別にロキちゃんのことを嫌いじゃなかった。良い子だったし。
女のパーティに男を入れるって、実は修羅場に発展するケースが多いから鬼門らしいんだけど、その点、ロキちゃんは無害だったし、安全だった。
「……ヒストリア、ごめんね」
突然、ルーラちゃんに謝られて、驚いて顔をあげる。
ルーラちゃんは悲しそうな表情をして、うつむいていた。
「ちゃんと、謝れていなかったでしょう。あのダンジョンで、私は判断を誤って、みんなを危険な目に遭わせてしまったわ」
「えっ、そんなの謝らなくていいよ! CランクのダンジョンにSSランクのモンスターがいるなんて、誰も予想できないし、ルーラちゃんのせいじゃないよ」
「……ううん。私がもっと強ければ、あのダンジョンだって攻略できたかもしれないのに……」
「もう何言ってんの! ルーラちゃんらしくないよ!」
あたしは声を荒らげて、ルーラちゃんの両手をぎゅっと握った。
ルーラちゃんは驚いて、あたしを見る。
「確かに『鬼』に対して、ルーラちゃんは何もできなかった。でもそれは、ルーラちゃんだけじゃない。あたしだってそうだったよ! みんな弱かったの。ルーラちゃんだけじゃなくて、みんなうぬぼれてたんだよ」
「ヒストリア……」
「だからさ、ルーラちゃん! もっと強くなろっ! あたしたちは、Sランクでとどまるような存在じゃないでしょ? あの鬼より強くなって、そしたらまた、あのダンジョンに攻略に行こうよ!」
笑ってそう言うと、ルーラちゃんは微笑んで、大きく頷いてくれた。
「そうね……どうかしてたわ。私、もっと強くなる。ステータスを全て、SSランクにするぐらい、強くなるわ。勇者になるのは、この私なんだから」
ルーラちゃんは顔をあげて、きっぱりと言った。
うん、いつものルーラちゃんの顔だ。
やっぱりあたしは、そっちのルーラちゃんの方が好きだな。
「そうと決まれば、Dランクの任務なんてやってる場合じゃないわ! ヒストリア、今から二人でAランクの任務に行くわよ!」
「え、Aランクにするの……? せめてB……」
「だめよ! 死線をくぐってこそ、経験値は得られるんだから!」
ルーラちゃんは嬉しそうに言って、受付に受注しに行ってしまった。
うわぁ、しかも、Aランクモンスターのベルフェゴールの討伐依頼を受注してる。
軽くほぐしにいくような依頼じゃないじゃん……。
ちょっと、気合い入れすぎちゃったかも。
ルーラちゃんは、薄紫色の髪をなびかせて、振り返る。
その姿は、どこまでも高貴で美しい。
ギルド中の男の視線を、釘付けにしている。
「さぁ、行くわよ、ヒストリア!」
自信満々にそう言って、ルーラちゃんはギルドの扉を開け、外に出て行く。
その後ろ姿を眺めながら、あたしはもう何度目かも分からない決意をした。
……絶対に、ルーラちゃんを勇者にするんだ、ってね!
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