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ボウケンシャ
二度目の旅立ち
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バタンっ!
ラシルケの事務所の扉が勢いよく開かれた。
「っおいおい! もう営業時間外……」
そこにいたのは、大量のキノコを背負ったあの二人組。
ああ、と半ば呆れたように息を吐き、足先から頭のてっぺんまで観察する。どうやらただ茸狩りをしてきただけ、ではないようだ。
「おかえり。随分遅いご帰還だね」
そのまま事務所の奥へと招かれたジャロウたちは携行食をとりながら報告を始めた。
「へぇ~! フクロウが? あの噂って本当だったんだ!」
「はい。でもそのせいで紅樹草をとる時間があまり無くなってしまって……ジャロウさんの尻尾と毒が関係してると思ったんですけど」
「毒……か。たしかに、それも一因ではあるだろうね」
少年は分厚い本を取り出しながら、真剣な面持ちに変わる。
「ラシルケ殿! 何かわかったのか?!」
「わかった、というほどでもないけど。とにかく落ち着いて聞いてよリザードちゃん」
***
「つまり……もう、私に生えてはこないと?」
リザードマンは固まっていた。
普段の表情からはまるで想像もつかないような唖然とした顔つきで、浅く息をしている。
「そうとは言ってないよ。そもそもリザードマンの尻尾は極限状態になると再生を後回しにするそうなんだ。その後また安全な場所で栄養をたくさん摂ったら生えるようになる、とは言われてるんだけど……」
「麻痺毒はわたしが解毒魔法で取り除いたはずです。なのになんで」
そこが問題を複雑にしている、とラシルケは言う。
「これはあくまで仮説だよ。治癒魔法というものは治癒力を無理やり働かせて傷や毒を治している。つまり彼の身体は、耐えるにしても治すにしても、無理をしすぎた、ということなんだ。再生のスイッチが壊れてしまうほどにね」
ソフィアは「わたしのせい……」と呟いたがジャロウの言葉にかき消された。
「ならば! 時間が経てば元に戻るやもしれんということか?!」
ラシルケは否定も肯定もしない。ただ一枚の紙を取り出しながら言った。
「どうせならその時間を有効活用してほしい。聞いてくれるかい?」
その紙は『依頼書』だった。
期限は無制限、要望は『リザードマンの約束の地』を探すこと。
「古い資料に興味深い記述があってね。どうやら大きな問題を抱えたリザードマンたちが、頼りに訪れた特別な地があるらしい」
メガネを爛と輝かせ早口に語りだす。
「そこは傷が治るとか、食べ物がたくさんあるとか、そういった次元じゃなくてもっと神秘的な何かが存在していると踏んでいるんだ。そこでならきっと」
尻尾がまた、生えてくると。
その晩は事務所を宿に借りた。
狭いソファの上で横になるジャロウは、これからのことを悶々と考えている。
約束の地――。そんな場所の存在は聞いたことが無かった。村で教わった自分たちの場所と言えば、魚獲りの川や果物のなる木がある林、それから我が家。
今となってはもう関係のない場所ではあるが、また戻りたいような気持ちも無いわけではなかった。
ジャロウは何度も寝返りを打つ。
(おれは、弱い)
自分で捨ててきたものを、惜しむのか。この離れられない気持ちは、今まさに『約束の地への旅』へ向かおうとするジャロウの大きな足かせとなっていた。
「あの……ジャロウさん」
暗闇の中には、いつの間にかソフィアが立っていた。
「眠れませんよね。ちょっと星でも見ませんか」
*
夜の町は静かだった。
頭上には満点の星がまたたいていたが、ジャロウは足元の暗闇に気を取られていた。
「そこ、段差があるぞ」
「大丈夫ですよ。暗いところは慣れてますから」
洞窟でのことを思い出す。あれからもう一週間近くたったが、目の前の注意するべきことが多くて、ゆっくり話す時間はあまりとれていなかった。
「ソフィアよ、何故おぬしは冒険者をしているのだ?」
なんとなく、聞いてみたかった。
「……なぜなんでしょうね」
息を吸い、少し考えてから、ため息をつくように吐き出した。
言葉を濁している、というより本当にわからないような少し遠い目をしていた。
「今は、この町にいたいから、ただここにいる。そんなところです」
「身寄りは無いのか?わたしのほかに共にあるものは?」
どさどさと踏み込んでくる、あまり好い会話とは思えなかった。だけど。
「わたしも帰るような場所はないんです。飛び出て冒険者になっちゃったので」
「ならばどうして、この町にいたいのだ?」
ソフィアの歩きが少し遅くなった。口を閉じる少女が理解できなかったが、冒険者には止むに止まれぬ事情があることは、なんとなく把握できた。
「……申し訳ない。聞きすぎたな」
やがてふたりは広場にあるベンチに腰掛けた。
活気も人通りもない道は、町から人が誰もいなくなったような気がして奇妙だが、それゆえ安心できた。
「姉を探して、この町に来たんです」
急にソフィアが口を開いた。その顔はジャロウの方ではなく一つの家に向けられている。
「冒険者になったのも、姉を探すためで。この町にいるのも、姉がいたからなんです」
「その、帽子をくれたという姉か?」
「はい。だからわたしの旅は、ここで終わってるんですよ」
「自分じゃ離れられないんです。離れたほうが楽なのに」
いまいち意味が掴み取れなかったが、察することはできた。今ここにその姉はいないのだと。
「でもジャロウさんはこれから、ですよね」
こちらをまっすぐ見ながら言う。
ああ、このヒトは。まさに魔法使いだ。
自分の悲しみさえも、他人の力に変えられる。
ジャロウはいつの間にか立ち上がっていた。
「ああ! その通りだな。ならば明日にでもすぐに町を出よう。共にだ!」
ソフィアはきょとんとした顔をしている。
「え……? 今わたし、町から離れられないって」
「そなたがおれの背を押してくれるなら、おれもそなたの手を引こう!」
次々と言葉が口からあふれてきた。
「ひとりの旅が終わったなら、今後はふたりで旅をしようではないか」
勢いで口に出してしまったが、ふと小恥ずかしいなる。
「あぅ! 別に三人でも四人でも問題ないのだぞ! 今はまだおれと二人というだけで」
ぷふっとソフィアが小さく吹き出して笑った。
「ジャロウさん、やっぱり無理して『私』なんて使わない方が自然で良いですよ」
*
次の日の朝はずいぶんと早起きだった。
村を初めて出たときの高揚感が、いやそれ以上の温かさが胸を包んでいた。
「おはよう、ソフィア」
「おはようございます。ジャロウさん」
目的地、というにはかなり大雑把だがとにかく各地のリザードマンの村を目指して『約束の地』の伝承を確かなものにしなければならない。そのため大きな町で村の所在を明らかにする必要があった。
「ソフィ、リザードちゃん。何かあったらギルドに手紙出してよ。助けになるから」
「俺もついていきたいっすけど、こっちはこっちで仕事があるっすからね~」
ラシルケたちからの選別は大いに役立つものばかりだった。レイが予備としておいてあったサーベルから、大きめの寝袋、スライム燃料のランタンや救難信号として使える一角ウサギの角笛まで。
荷物が充実しているということは、それだけ旅が困難である証拠で。ジャロウは身の引き締まる思いとなった。
「では、行ってきます。今まで本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げる少女と、それを真似するように頭を下げるリザードマン。
その日トルミクの人々は、町のあちこちでそんな二人の姿を目にしたという。
ラシルケの事務所の扉が勢いよく開かれた。
「っおいおい! もう営業時間外……」
そこにいたのは、大量のキノコを背負ったあの二人組。
ああ、と半ば呆れたように息を吐き、足先から頭のてっぺんまで観察する。どうやらただ茸狩りをしてきただけ、ではないようだ。
「おかえり。随分遅いご帰還だね」
そのまま事務所の奥へと招かれたジャロウたちは携行食をとりながら報告を始めた。
「へぇ~! フクロウが? あの噂って本当だったんだ!」
「はい。でもそのせいで紅樹草をとる時間があまり無くなってしまって……ジャロウさんの尻尾と毒が関係してると思ったんですけど」
「毒……か。たしかに、それも一因ではあるだろうね」
少年は分厚い本を取り出しながら、真剣な面持ちに変わる。
「ラシルケ殿! 何かわかったのか?!」
「わかった、というほどでもないけど。とにかく落ち着いて聞いてよリザードちゃん」
***
「つまり……もう、私に生えてはこないと?」
リザードマンは固まっていた。
普段の表情からはまるで想像もつかないような唖然とした顔つきで、浅く息をしている。
「そうとは言ってないよ。そもそもリザードマンの尻尾は極限状態になると再生を後回しにするそうなんだ。その後また安全な場所で栄養をたくさん摂ったら生えるようになる、とは言われてるんだけど……」
「麻痺毒はわたしが解毒魔法で取り除いたはずです。なのになんで」
そこが問題を複雑にしている、とラシルケは言う。
「これはあくまで仮説だよ。治癒魔法というものは治癒力を無理やり働かせて傷や毒を治している。つまり彼の身体は、耐えるにしても治すにしても、無理をしすぎた、ということなんだ。再生のスイッチが壊れてしまうほどにね」
ソフィアは「わたしのせい……」と呟いたがジャロウの言葉にかき消された。
「ならば! 時間が経てば元に戻るやもしれんということか?!」
ラシルケは否定も肯定もしない。ただ一枚の紙を取り出しながら言った。
「どうせならその時間を有効活用してほしい。聞いてくれるかい?」
その紙は『依頼書』だった。
期限は無制限、要望は『リザードマンの約束の地』を探すこと。
「古い資料に興味深い記述があってね。どうやら大きな問題を抱えたリザードマンたちが、頼りに訪れた特別な地があるらしい」
メガネを爛と輝かせ早口に語りだす。
「そこは傷が治るとか、食べ物がたくさんあるとか、そういった次元じゃなくてもっと神秘的な何かが存在していると踏んでいるんだ。そこでならきっと」
尻尾がまた、生えてくると。
その晩は事務所を宿に借りた。
狭いソファの上で横になるジャロウは、これからのことを悶々と考えている。
約束の地――。そんな場所の存在は聞いたことが無かった。村で教わった自分たちの場所と言えば、魚獲りの川や果物のなる木がある林、それから我が家。
今となってはもう関係のない場所ではあるが、また戻りたいような気持ちも無いわけではなかった。
ジャロウは何度も寝返りを打つ。
(おれは、弱い)
自分で捨ててきたものを、惜しむのか。この離れられない気持ちは、今まさに『約束の地への旅』へ向かおうとするジャロウの大きな足かせとなっていた。
「あの……ジャロウさん」
暗闇の中には、いつの間にかソフィアが立っていた。
「眠れませんよね。ちょっと星でも見ませんか」
*
夜の町は静かだった。
頭上には満点の星がまたたいていたが、ジャロウは足元の暗闇に気を取られていた。
「そこ、段差があるぞ」
「大丈夫ですよ。暗いところは慣れてますから」
洞窟でのことを思い出す。あれからもう一週間近くたったが、目の前の注意するべきことが多くて、ゆっくり話す時間はあまりとれていなかった。
「ソフィアよ、何故おぬしは冒険者をしているのだ?」
なんとなく、聞いてみたかった。
「……なぜなんでしょうね」
息を吸い、少し考えてから、ため息をつくように吐き出した。
言葉を濁している、というより本当にわからないような少し遠い目をしていた。
「今は、この町にいたいから、ただここにいる。そんなところです」
「身寄りは無いのか?わたしのほかに共にあるものは?」
どさどさと踏み込んでくる、あまり好い会話とは思えなかった。だけど。
「わたしも帰るような場所はないんです。飛び出て冒険者になっちゃったので」
「ならばどうして、この町にいたいのだ?」
ソフィアの歩きが少し遅くなった。口を閉じる少女が理解できなかったが、冒険者には止むに止まれぬ事情があることは、なんとなく把握できた。
「……申し訳ない。聞きすぎたな」
やがてふたりは広場にあるベンチに腰掛けた。
活気も人通りもない道は、町から人が誰もいなくなったような気がして奇妙だが、それゆえ安心できた。
「姉を探して、この町に来たんです」
急にソフィアが口を開いた。その顔はジャロウの方ではなく一つの家に向けられている。
「冒険者になったのも、姉を探すためで。この町にいるのも、姉がいたからなんです」
「その、帽子をくれたという姉か?」
「はい。だからわたしの旅は、ここで終わってるんですよ」
「自分じゃ離れられないんです。離れたほうが楽なのに」
いまいち意味が掴み取れなかったが、察することはできた。今ここにその姉はいないのだと。
「でもジャロウさんはこれから、ですよね」
こちらをまっすぐ見ながら言う。
ああ、このヒトは。まさに魔法使いだ。
自分の悲しみさえも、他人の力に変えられる。
ジャロウはいつの間にか立ち上がっていた。
「ああ! その通りだな。ならば明日にでもすぐに町を出よう。共にだ!」
ソフィアはきょとんとした顔をしている。
「え……? 今わたし、町から離れられないって」
「そなたがおれの背を押してくれるなら、おれもそなたの手を引こう!」
次々と言葉が口からあふれてきた。
「ひとりの旅が終わったなら、今後はふたりで旅をしようではないか」
勢いで口に出してしまったが、ふと小恥ずかしいなる。
「あぅ! 別に三人でも四人でも問題ないのだぞ! 今はまだおれと二人というだけで」
ぷふっとソフィアが小さく吹き出して笑った。
「ジャロウさん、やっぱり無理して『私』なんて使わない方が自然で良いですよ」
*
次の日の朝はずいぶんと早起きだった。
村を初めて出たときの高揚感が、いやそれ以上の温かさが胸を包んでいた。
「おはよう、ソフィア」
「おはようございます。ジャロウさん」
目的地、というにはかなり大雑把だがとにかく各地のリザードマンの村を目指して『約束の地』の伝承を確かなものにしなければならない。そのため大きな町で村の所在を明らかにする必要があった。
「ソフィ、リザードちゃん。何かあったらギルドに手紙出してよ。助けになるから」
「俺もついていきたいっすけど、こっちはこっちで仕事があるっすからね~」
ラシルケたちからの選別は大いに役立つものばかりだった。レイが予備としておいてあったサーベルから、大きめの寝袋、スライム燃料のランタンや救難信号として使える一角ウサギの角笛まで。
荷物が充実しているということは、それだけ旅が困難である証拠で。ジャロウは身の引き締まる思いとなった。
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