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SS:朝の風景

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 凪の朝はとても早い。朝ご飯と二個のお弁当を作るため、六時前に起きなければならない。
 冬至の頃よりは明るくなってきているが、二月が始まったばかりの今朝はまだ薄暗い。冷えているリビングの暖房と照明をつけながら、凪は乱れた昨夜のことを思い出していた。
 
 昨夜は浴室での濃厚なセックスの後、手かせをしたままの章と凪は仲良く湯船につかった。お湯をかけ合ったり、湯に潜ったりして遊んで、二人は初めて一緒に入った風呂を大いに楽しんでいだ。
 そして、風呂をあがって寝ようとした凪だが、章の欲情は収まりきらず、彼に求められるままリビングでもセックスをしてしまい、結局二人が眠りについたのは日付が変わってからだった。
 体が少しだるいと凪は思ったが、章が起きてくる七時頃までには、朝食を用意しておかなければならない。

 本日の朝食はパンである。
 このキッチンにはホームベーカリーもパンスライサーも揃っていた。章の一人住まいでは絶対に使わないだろう器具を、なぜ購入したのか凪には理解できないが、お金持ちとはそういうものなのだろうと彼女は無理やり納得していた。
 とにかく、焼き立てのパンはとても美味しいと章にも好評なので、凪は隔日にパンを焼いている。昨夜も寝る前に材料を入れて、朝にパンができるようにタイマーをセットしていた。
 
 パンとは別に凪はご飯も炊いている。お弁当にするためだ。安い胸肉を昨夜から味付けしておいたので、小麦粉と片栗粉を混ぜたものをつけて唐揚げにする。これが1つ目のお弁当のメインになる。ポテトサラダと茹でたブロッコリーを入れ、ご飯には炒り卵と味付け海苔を載せる予定だ。
 もう一つには鮭と梅のおにぎりを入れようと凪は思っていた。おかずは冷凍しておいたハンバーグを照り焼きにする。エリンギと炒めた小松菜や煮たかぼちゃを飾れば、二個目のお弁当も完成する。
 テキパキと凪はお弁当のおかずを作っていく。

 もうすぐ七時になる頃に、凪はスライスしたベーコンをフライパンで焼き始めた。その横で目玉焼きを作る。
 キッチンにはパンが焼けるいい香りが立ち込めている。今日も時間通りにパンが出来上がった。

「おはよう、凪。焼き立てのパンはやっぱりいい匂いだな。味噌汁の匂いも捨てがたけどな」
 時間通りに章がダイニングまでやってきた。やはり少し眠そうだ。
 凪は朝食としてパンとご飯を交互に用意していた。章はどちらも大好きなので、朝食をとても楽しみにしている。とくに今朝は空腹を感じていて、パンを一斤ぐらい食べられると思っていた。
「おはよう。章、疲れていない? 今日は最後の授業があるのでしょう? 昨日は無理をさせてごめんね」
 そもそも、誕生日に何が欲しいと訊かれて、章が一番欲しいと答えたのは凪であった。リビングで凪を求めたのは章だったが、原因は自分にあると凪は思っている。
「俺の方こそごめんな。昨日は俺が何度も求めてしまったから。今日は高校の授業がある日なので、凪は早く起きなければならないと知っていたのに。凪は大丈夫か?」
「私は大丈夫。昼寝もできるもの。でも、章は仕事と授業が夜まで続くから、体が心配よ」
「俺は平気だ。昨日凪から元気をもらったからな。気力が漲っているぞ」
「本当に無理をしないでね」
 こんな会話はちょっと恥ずかしいけれど、何だかとても幸せだと凪は思っていた。章もまた幸せを感じている。


 凪は焼き立てのパンをスライサーで切り分け、たっぶりの野菜が盛られた皿にベーコンと目玉焼きを置いた。そして、それらをダイニングテーブルに運ぶ。
 コーヒーを淹れれば朝ごはんの完成だ。
 詰め放題で百九十八円だった小ぶりの八朔は、十二個も袋に詰めることができたので、ジャムにしてみた。ちょっと酸っぱいジャムは爽やか甘さで章も大好きだ。
 百円均一の店で買った可愛いビンに入った黄色いジャムもテーブルに置かれている。

 六人掛けの大きなテーブルの対角に座った凪と章は、距離はそれなりにあるが、心はとても近いとでもいうように、時々微笑み合いながら、楽しそうに朝ごはんを食べていた。


 午前七時半を回って、章の出勤時間が迫っている。
 章が持っていく二個のお弁当もようやく完成した。

 そんな時間にチャイムが鳴った。
 凪がモニタで確認すると、部屋の玄関前に章の母親が立っている。母親はカードキーを持っているので、マンションの玄関は自分で開けて入ってきていたのだ。

「章、お母さんがいらっしゃったの」
 凪は驚いて章の部屋をノックした。部屋で着替をしていた章が慌ててリビングにやってくる。

「何の用だ? 俺はこれから出勤するので忙しいのだが」
『わかっているわ。今日は凪さんに用があって来たの。章は高校がある日で遅くなるのでしょう? 章が帰ってくるまでには凪さんを解放するから、私と一緒に来てくれないかしら』
 インターフォン越しの母親の声を聞いて、章が不機嫌そうに眉を寄せる。母親が章の結婚に反対をしていて、凪を脅して結婚を止めさせようとしているのではないかと章は心配していた。

「凪に用はないはずだ。帰ってくれ」
『とにかくドアを開けて。凪さんと話をしたいから』
 そう母親が頼んでも、モニタに映された母親を睨んだまま章は動こうとしなかった。
 凪はそんな章をおろおろしながら見ている。
 章の両親に嫁として望まれていないのはわかっている凪だが、せめて嫌われたくないと思っていた。凪の母親のように舅や姑に嫌われてしまえば、甲斐田家で居場所がなくなってしまうだろう。自分一人ならそれでもいいが、子供にまで肩身の狭い思いをさせたくないと凪は考えていた。

「あの、私はお義母様とお会いします」
 モニタの前には章がいるので、凪は少し離れて立っている。インターフォンに声が入るように彼女は大きな声でそう言った。
「それじゃ、俺は今日仕事を休んで、凪と一緒にいる」
『それは駄目よ。今日は女性が多くいる場所に行く予定だから。章は心配しなくもていいから、しっかり仕事をしてきなさい』
 凪が仕事を休むと言い出した章を止める前に、母親が止めた。
 凪は母親の目的がわからなかったので不安だったが、とりあえずドアを開けなければならないと玄関へと急ぐ。
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