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ありがとうの数だけ人は強くなる
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ハンスは駆け寄る俺をただ見ている。
「ハンス! このタイミングで来るとは思わなかった。ありがとう!」
久しぶりに再会した友人がするようなハグをしたくて俺が近づくと、ハンスが後ずさる。
俺はムッとした。
「何だよ?」
ハグしたくないってのか?
それとも質素な生活が染み付いた俺はもういらないってのか?
そんな薄情な男じゃないだろ……。
ハンスは戦った後で顔が赤い。
周囲に視線を泳がせながら
「いや、今すぐ純を抱き締めて……口付けてしまいそうだ。ここでは人目に付く」
「なっ、何だよそれ!! ハンスが我慢すれば良いだけだろ!!」
俺は勢い良くハンスの胸に飛び込んだ。
これは久しぶりに再会した恋人がするハグだ。
「俺はここでキスしてもいいんだよ? 皆知ってるから」
「お、お前……! ……迎えに来るのが遅くなってすまなかった」
ハンスの抱き締める力が強くなった。
「体は大丈夫か? 先ほど……」
ハンスからは俺が掘られてる真っ最中に見えたかもしれない。
「大丈夫だよ。すんでのところでハンスが来てくれたんだ。ハンスは? 長い間牢に入れられたんだろ?」
「ああ、詳しいことは帰還中に説明しよう。お前が無事だっただけで満足だ」
完全に俺とハンスだけの世界になったのを、フレデリクが割って入った。
「2人とも仲良しなのは良いだけど、王宮に帰ってからにしてよ」
そうだったと俺たちは密着させた体を離した。
「団長もひどいよねぇ。俺たちを置いて真っ先に出て行っちゃうんだから。俺たちが来なかったら、団長1人であれだけの人数を相手するつもりだったの? ギガゼトラもたったの1頭じゃ、100頭のダインパオオザヒに倒されるって子供でも分かるよ」
ギガ……、ダインパ……??
虎ハンス?
「すまない。いてもたってもいられなかった。だが、お前たちなら来ると信じていた」
フレデリクは肩をすくめた。
「そういうことを言われると、俺たちの士気が上がるって分かってるんだから、ズルいよねー。俺は団長じゃなくて、可愛い女の子からの信頼が欲しいんだけど」
ハンスとフレデリクは良い友人なんだな。
2人はとてもリラックスして会話している。
「あ、そうそう、ハニーも王宮に帰れることになったよ!」
俺はフレデリクのウィンクを見事に交わし、ハンスに
「赦されたのか?」
と訊ねた。
「ああ、俺とお前は罪人じゃない。だからここには――」
「待って。ここには罪人なんて1人もいない。皆、俺たちみたいに濡れ衣を着せられた人たちだ。本当に良い人たちなんだ……」
俺はここで受けたたくさんの優しさを思い出し、涙ながらに訴えた。
「俺は王宮に皆を連れて帰りたい!!」
ハンスは戸惑っている。
王宮に帰ること以外を、俺が望むとは予想してしなかっただろう。
罪を背負わなくて良いのは嬉しいが、俺だけ自由になるのは違うと思うんだ。
だって俺たちは家族だから。
ナタリーたちは俺とハンスのやり取りを聞いていた。
「いいんだよ。アタシたちはここがすっかり居場所になってしまった。刑を終えても帰る場所なんてない。ここを終の棲家にするつもりだよ」
「家族ごっこはやめだ!! お前みたいな悪ガキは食い扶持減らすだけで、何の役にも立たん!! とっとと出て行け!!」
ブルーノ……なんてひどい言い草だろう。
だが、そんなに泣いてたら全然説得力がない。
俺はブルーノを見て、ますます涙が溢れた。
「さっきは……うっ、助けてっ、く、れて……あり……がとうぅ……。あ、んたは……、ここっに、いなくても、かっぞく、なんだから……、胸、張って、……帰りな、さいよっ」
「アリス……」
アリスは泣きじゃくりながら
「あ、んた、こっいつを、泣かせたら、わたっしが、承知しな、いからっ!!」
とハンスの腹に右ストレートをお見舞いした。
全然痛くないパンチ。
ハンスは腹部に手を当てた。
「確かに受け取った。俺が純を幸せにする。純は素晴らしい人たちに囲まれていたのだな」
「すげぇあったかい人ばっかりで、別れるのが辛いよ……」
空が白み始める。
もうじき出発しなければならないだろう。
別れの時間を惜しむのも、終わりが迫っている。
俺はハンスに、アリスはナタリーになだめてもらって、溢れる涙がようやく止まった。
テレサとフィリップはスヤスヤと眠るイヴを起こさないようにあやしている。
俺たちの方がよっぽど手のかかる赤ん坊だ。
「ハンス、出発する前に皆に挨拶していいか」
俺は皆に別れの言葉を告げた。
「皆! 短い間だったけど本当に楽しかった! 永遠の別れとは思ってなくて、また必ず顔を見せに来るよ! 本当に、本当にありがとう!!」
心から感謝する時、人ってのは自然と頭が垂れるものなんだな。
「ジューンが来る時は、もっとご馳走を用意するからね」
「家も畑も今よりずっと立派になってるに違いねぇ!」
「ワシらはもう少し長生きせんといかんなあ」
「アリス!! 俺がいなくなって寂しなっても知らないぞ?」
「手のかかる弟がいなくなれば、仕事も楽になるわ!! ……そっちこそ、寂しくなったらすぐに会いに来なさいよ」
アリスが妹だと思っていたが、俺が弟なのか!?
「ハハッ、分かってるよ。俺たちは離れていても家族だ」
俺たちはもう泣かなかった。
「じゃあ皆、またなー!!」
何もないような荒れ地。
だが、ここはたくさんの愛情で満ちていた。
「ハンス! このタイミングで来るとは思わなかった。ありがとう!」
久しぶりに再会した友人がするようなハグをしたくて俺が近づくと、ハンスが後ずさる。
俺はムッとした。
「何だよ?」
ハグしたくないってのか?
それとも質素な生活が染み付いた俺はもういらないってのか?
そんな薄情な男じゃないだろ……。
ハンスは戦った後で顔が赤い。
周囲に視線を泳がせながら
「いや、今すぐ純を抱き締めて……口付けてしまいそうだ。ここでは人目に付く」
「なっ、何だよそれ!! ハンスが我慢すれば良いだけだろ!!」
俺は勢い良くハンスの胸に飛び込んだ。
これは久しぶりに再会した恋人がするハグだ。
「俺はここでキスしてもいいんだよ? 皆知ってるから」
「お、お前……! ……迎えに来るのが遅くなってすまなかった」
ハンスの抱き締める力が強くなった。
「体は大丈夫か? 先ほど……」
ハンスからは俺が掘られてる真っ最中に見えたかもしれない。
「大丈夫だよ。すんでのところでハンスが来てくれたんだ。ハンスは? 長い間牢に入れられたんだろ?」
「ああ、詳しいことは帰還中に説明しよう。お前が無事だっただけで満足だ」
完全に俺とハンスだけの世界になったのを、フレデリクが割って入った。
「2人とも仲良しなのは良いだけど、王宮に帰ってからにしてよ」
そうだったと俺たちは密着させた体を離した。
「団長もひどいよねぇ。俺たちを置いて真っ先に出て行っちゃうんだから。俺たちが来なかったら、団長1人であれだけの人数を相手するつもりだったの? ギガゼトラもたったの1頭じゃ、100頭のダインパオオザヒに倒されるって子供でも分かるよ」
ギガ……、ダインパ……??
虎ハンス?
「すまない。いてもたってもいられなかった。だが、お前たちなら来ると信じていた」
フレデリクは肩をすくめた。
「そういうことを言われると、俺たちの士気が上がるって分かってるんだから、ズルいよねー。俺は団長じゃなくて、可愛い女の子からの信頼が欲しいんだけど」
ハンスとフレデリクは良い友人なんだな。
2人はとてもリラックスして会話している。
「あ、そうそう、ハニーも王宮に帰れることになったよ!」
俺はフレデリクのウィンクを見事に交わし、ハンスに
「赦されたのか?」
と訊ねた。
「ああ、俺とお前は罪人じゃない。だからここには――」
「待って。ここには罪人なんて1人もいない。皆、俺たちみたいに濡れ衣を着せられた人たちだ。本当に良い人たちなんだ……」
俺はここで受けたたくさんの優しさを思い出し、涙ながらに訴えた。
「俺は王宮に皆を連れて帰りたい!!」
ハンスは戸惑っている。
王宮に帰ること以外を、俺が望むとは予想してしなかっただろう。
罪を背負わなくて良いのは嬉しいが、俺だけ自由になるのは違うと思うんだ。
だって俺たちは家族だから。
ナタリーたちは俺とハンスのやり取りを聞いていた。
「いいんだよ。アタシたちはここがすっかり居場所になってしまった。刑を終えても帰る場所なんてない。ここを終の棲家にするつもりだよ」
「家族ごっこはやめだ!! お前みたいな悪ガキは食い扶持減らすだけで、何の役にも立たん!! とっとと出て行け!!」
ブルーノ……なんてひどい言い草だろう。
だが、そんなに泣いてたら全然説得力がない。
俺はブルーノを見て、ますます涙が溢れた。
「さっきは……うっ、助けてっ、く、れて……あり……がとうぅ……。あ、んたは……、ここっに、いなくても、かっぞく、なんだから……、胸、張って、……帰りな、さいよっ」
「アリス……」
アリスは泣きじゃくりながら
「あ、んた、こっいつを、泣かせたら、わたっしが、承知しな、いからっ!!」
とハンスの腹に右ストレートをお見舞いした。
全然痛くないパンチ。
ハンスは腹部に手を当てた。
「確かに受け取った。俺が純を幸せにする。純は素晴らしい人たちに囲まれていたのだな」
「すげぇあったかい人ばっかりで、別れるのが辛いよ……」
空が白み始める。
もうじき出発しなければならないだろう。
別れの時間を惜しむのも、終わりが迫っている。
俺はハンスに、アリスはナタリーになだめてもらって、溢れる涙がようやく止まった。
テレサとフィリップはスヤスヤと眠るイヴを起こさないようにあやしている。
俺たちの方がよっぽど手のかかる赤ん坊だ。
「ハンス、出発する前に皆に挨拶していいか」
俺は皆に別れの言葉を告げた。
「皆! 短い間だったけど本当に楽しかった! 永遠の別れとは思ってなくて、また必ず顔を見せに来るよ! 本当に、本当にありがとう!!」
心から感謝する時、人ってのは自然と頭が垂れるものなんだな。
「ジューンが来る時は、もっとご馳走を用意するからね」
「家も畑も今よりずっと立派になってるに違いねぇ!」
「ワシらはもう少し長生きせんといかんなあ」
「アリス!! 俺がいなくなって寂しなっても知らないぞ?」
「手のかかる弟がいなくなれば、仕事も楽になるわ!! ……そっちこそ、寂しくなったらすぐに会いに来なさいよ」
アリスが妹だと思っていたが、俺が弟なのか!?
「ハハッ、分かってるよ。俺たちは離れていても家族だ」
俺たちはもう泣かなかった。
「じゃあ皆、またなー!!」
何もないような荒れ地。
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