上 下
66 / 77

俺にできること②

しおりを挟む
 調理場は相変わらず楽しげな会話で満ちていた。

「テレサさんが!!」

 俺の緊迫した表情と声で、空気が一変した。

 ナタリーをはじめとした女たちは、すぐに炊事を止めた。


「こっちです!!」

 血の気が引き始めた俺を先頭にして、テレサの元へ向かった。


「皆さん……ありがとう。……ご迷惑を……」

「謝ることじゃないよ! これから長い戦いが始まるよ!!」

 ナタリーはテレサと他の女たちを鼓舞し、団結力を強めた。

 各々が散らばって、出産に必要な準備を始めている。


 ……俺はどうしたらいいんだ?

 出産に立ち会ったことなんてないし、テレサはとても痛がっていたがあれが普通なのか?

 俺にできることがあるのか、ないのかさえ分からない。

 女たちは命の誕生を目前にして、全く動揺していない。

 むしろいつもより冷静で、地に足が着いた感じだ。


 オロオロする俺を見かねたカールが

「俺たちにゃ、何もできねぇよ。1人増えた分の食い物を確保しなきゃならねぇ。農作業に精が出るなあ!」

 と俺を畑へと誘導した。


 女の何人かは出産のサポートに専念するわけだし、余った人間で農作業から家畜の世話、大工、炊事まで全部こなさなくてはいけないんだ。

 俺はできるだけ平常心でいられるように、赤ちゃんのことは考えずに黙々と作業した。



 テレサが小屋に入ってから長い時間が経ち、日はすっかり落ちてしまった。

 フィリップが松明を持って落ち着きなく動き回っている。

「火を持って危ねぇぞ。こっちは大丈夫だから、お前はテレサと腹の赤子の心配をしろ」

 と松明を取られている。


 俺は自分の子供でもないのに慌てたんだ。

 フィリップは尚更気が気でないだろう。

 日中からずっとテレサの苦しむ声が響いている。


「ぎゃあああああああ゛」

 日中より叫び声がひどくなっている。

 聞いているだけで、俺も色んなところが痛くなってくる。


「カールさん、あれ何ですか?」

 朝にはなかった奇妙な……祭壇?

 胸の高さくらいまである木組みの台に、収穫した野菜が載せられている。

 台の四隅には松明が刺さり、絶対にこの野菜は食べるな!!

 ってのは伝わる。


「あれはブルーノのおっさんが作ったんだ。元気な赤子が生まれてくるように、神様に供え物をすんだよ」

 あのブルーノが?

 ブルーノは明かりがギリギリ届く遠くに座り込んでいる。


「ブルーノさんって子供好きだったんですね」

「あの人は子供っつうより、人間、生き物が好きなんだろうなあ」

 俺は嫌われてるっぽいけどな。


「お前はブルーノが嫌いか?」

「えっ!?」

 いくら俺に冷たいからって、悪口は言いたくないぞ。

「いやあ、分かんないですね~」


「顔に書いてるぞ」

 ……バレてしまった。

「だってブルーノさんは俺のこと嫌いみたいだから……」

「どうしてそう思った? どうせ顔が怖えとか、口がわりぃとかだろ?」

 その通りだと、頷いた。


「あの人はそういう人なんだ。人が大好きなクセして不器用なもんだから、誤解を受けてきた人生。お前がここに来た日、何て言ったか知ってっか?」

 初日、まだ俺がブルーノという名前すら知らなかった頃だ。

「あのしかめっ面で『純粋な若者が来てしまった。騙され陥れられ、なんと不憫な』ってよ? 俺は笑っちまったねぇ。あまりにも顔と言ってる内容が違う過ぎて、おかしいのなんのって」

 カールはクククと思い出し笑いしている。


「ブルーノはお前のことを嫌ってるんじゃねぇ。どう接して良いか分からねぇんだ。若ぇ娘を強姦から助けたのに、礼すらもらえねぇで強姦魔として仕立て上げられても、『傷ついた娘がいなくて良かった』とぬかすお人好しだ。人は見た目によらんもんだ」

 俺は見た目でブルーノを判断してたんだ。

 ――最初から決めつけずに、その人をちゃんと見れば――

 フレデリクが言っていたことを、今ようやく理解した。


「カールさん、俺ちょっと行ってきます!」

「おう。殴られねぇように気をつけろー」


 ブルーノは船を漕いでいた。

 祭壇まで用意して、疲れているんだ。

 起こすのはマズイか?

 だが、これを逃したら素直に話せる日がどんどん遠くなってしまう。


「……ブルーノさん?」

 ブルーノは体をビクッとさせ

「何だ? まだ働けってのか?」

 と不機嫌モード丸出しだ。

 カールを疑いたくなるが、多分、思っていることと口から出る言葉が違うタイプなんだろう。


「すみません!」

 ブルーノは目をぱちくりさせている。

「俺、ブルーノさんのこと誤解してました! もっと仲良くなりたいんで、明日、一緒に畑やりましょう!!」

 ブルーノは目をそらして

「疲れてるって言ってるだろ。うるせぇ声で体が休まらねぇ。……昼の眠気覚ましにはちょうど良いかもしれねぇな」


 これはつまり、これから仲良くしようって意味だよな?

 ブルーノの隣に失礼して、ニヤニヤもといニコニコする。

 今どんな顔してるのか気になる。


「俺はお前のそういうところが嫌いだ」

「どういうところですか?」

 ブルーノの人となりを知らなければ、喧嘩になるところだ。


「ちゃっかり甘い汁だけ吸おうって魂胆が丸見えだ。器量の良さや知識は貴族には必要かもしれんが、貧乏人になっちまえば苦労の原因だ」

 やっぱり俺は貴族だと思われてるのか?

「いいか、要領よく振舞ったって若いもんにしか通用しねぇ。人がやりたがらねぇことをやってこそ、働くってもんだ。それができねぇと、歳を食ってから後悔する」

「人がやりたがらないってのは、野菜の虫を取る、とか? ブルーノさんは真面目で働き者だから安心ですね!」


「バカ野郎!」

「イテッ」

 パーンと後頭部を平手打ちされた。

「後悔しねぇ人間はいねぇんだよ! だが、そうならんよう努めることが大事だっつってんだ。若いもんには腐るほど時間が残ってる。俺ができなかったことをお前はできるかもしれねぇだろうが。それにいつかここを出るんだろ?」


「必ず迎えに来るって言った不器用なヤツがいるんです。ブルーノさんみたいな人ですよ?」

 ハンスも頑固なオッサンになるかもしれない。

「俺はそういうところを嫌いだと言ったんだ!」

「痛いですよぉ~」

 背中をバンバン叩かれたが、ブルーノ流ハイタッチということにしておこう。


「俺、テレサさんが急に痛がり出して焦ってしまって……。大事な牛乳をこぼしたんです。皆に謝りたいんですけど、今はそういう雰囲気でもなさそうですね」

「命より大事なもんがあってたまるか。この期に及んで牛乳の心配するとんまはいねぇよ」

 そんな会話をポツリポツリと交わした。


「あ、そういえば、あの祭壇はブルーノさんが――」



「おぎゃあああああああああああ」


 外で待機していた男性全員が、小屋の方を見た。

 
 ナタリーが出てきて

「フィリップ、中に入んなさい! 元気な男の子だよ」

 と言うやいなや、外で待機していた男たちは、うおーーーーーーーーーーっと、ずっと押さえ込んでいた熱気で沸き立った。


「ブルーノさん、聞きましたか? 男の子ですって!」

 ブルーノは顔を涙でぐしゃぐしゃにしている。

「見るんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ」

 この人にとっては孫みたいなものだろう。

 いつもの怒り顔で泣いているから、俺は笑ってしまった。


 生まれてきてくれてありがとう――。

 誰もがそう思い泣いて笑った、何でもない日の夜。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

騎士さま、むっつりユニコーンに襲われる

雲丹はち
BL
ユニコーンの角を採取しにいったらゴブリンに襲われかけ、むっつりすけべなユニコーンに処女を奪われてしまう騎士団長のお話。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

捨てられ子供は愛される

やらぎはら響
BL
奴隷のリッカはある日富豪のセルフィルトに出会い買われた。 リッカの愛され生活が始まる。 タイトルを【奴隷の子供は愛される】から改題しました。

さよならをする前に一回ヤらせて

浅上秀
BL
息子×義理の父 中学生の頃に母が再婚して新しい父ができたショウ。 いつしか義理の父であるイツキに対して禁断の恋慕の情を抱くようになっていた。 しかしその思いは決して面に出してはいけないと秘している。 大学合格を機に家を出て一人暮らしを始める決意をしたショウ。 母が不在の日に最後の思い出としてイツキを抱きたいと願ってから二人の関係は変化した。 禁断の恋に溺れ始めた二人の運命とは。 … BL  なお作者には専門知識等はございません。全てフィクションです。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...