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性癖と功績は別のもの②

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 集団の一人が言った。

「ハンス様、握手してくださーい」

 これを皮切りに、女性たちは口々にハンス・ユーホルトへ欲望をぶつける。


「私と結婚してくださらない?」

「ダメよ。ハンス様はアタシと結婚するの!」

「ちょっとアンタの頭でハンス様が見えないじゃない!!」

「あんたみたいなブスが出しゃばらないで!!」


 俺たちを囲む輪がどんどん小さくなり、女性たちの暴言もエスカレートしていく。

 理由は何であれ、これはちょっとしたハーレム状態だ。


 この女性たちは全員未婚というわけではなさそうだ。

 子連れの女性もいて、小さな子供たちはおしくらまんじゅう状態で苦しそうにしている。

 イケメンに気を取られて、我が子を危険に晒すのはいただけない。


 対してオーケルマンは驚きと怒りを超えて、怯えている。

「何だこれは!? ユーホルト、何とかしろ!」

 女にトラウマでもあるのか?


 女性たちはひしめき合いながら、ハンス・ユーホルトへ手を伸ばし始めた。

 少しでも良いから触れたい。

 できることなら髪の毛1本くらいもらっておこう。

 そんな身勝手な欲望が聞こえてくるようだ。


 ギラギラした女性たちの無数の手は大きな生き物となり、ますます輪が小さくなる。

 俺たちが食らい尽くされるのは時間の問題だ。


「いい加減にしないか!!」

 ハンス・ユーホルトの怒号が街中に響いた。

 不思議なもので、あれほど制御不能だった女性たちの動きがピタリと止んだ。


「私は王国のため、民のために命を捧げると誓った。だが、今、ご婦人方は私を無闇矢鱈と担ぎ上げ、よもやつまらぬことで争いを始めようとしている」

 女性たちは恥ずかしさのためか、表情を曇らせた。

 さっきまで罵り合っていた人たちも、急にしおらしくなった。


「民が傷付く原因が私にある時、どうやって罪を償えば良いのか。王国は王や貴族だけのものではない。あなた方も含まれているのだ。これ以上何を捧げれば、愛する王国を守ることができるのか!」

 女性たちは俯いて後退りし始めた。

 俺たちを取り囲む輪郭がぼやけ、解散となった。

 苦しそうだった子供も怪我はないようで、安心だ。

 今はしょんぼりしている女性たちも、数日も経てばハンス・ユーホルトの武勇伝みたく語り草にしていくのだろう。

 

「若造が……。王国は王と我々の物だ」

 喉の奥からひねり出したような小さな声だったが、確かにオーケルマンはそう言った。


 まあ、理想とか解釈の違いってヤツだな。

 一生平行線だから世界は一つになれない。

 だからこそ保たれる均衡もある。


 俺は政治が分からない。

 友を人質にして走るヤツよりは、現状を冷静に捉えることができるけれども。

 だからどちらの見方も否定できないし、肩を持つ気もない。


 ただ、ハンス・ユーホルトは命懸けで戦っているってことは伝わった。

 俺が時間を犠牲にして、ギャフンと言い負かさないといけない憎き敵ではないんだ。


 居心地が悪くなった女性たちは、散り散りにその場を離れていく。

「おーい、姉さーん。だから止めとけって言ったんだよ。騎士団長様にご迷惑かけるなよ!」

 小麦色に焼けた好青年が、姉を迎えに来ていた。


「ほう……」

 ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 ヤバい。

 オーケルマンは、あの青年を妾にするつもりだ!


 そんなことをされたら、新品が大好きなコイツのことだ。

 俺は今のように自由に動けなくなるかもしれない。

 それに機械が発達していないこの国で、男は重要な働き手だ。

 妾にする代わりに金を渡したとしても、一生安泰である保証にはならない。


 俺は姉弟に目を向けた。

「ごめんねぇ。お母さんには内緒ね?」

「母さんも知ってるよ……。早く帰って畑仕事するよ!! あと今日は姉さんが夕飯係だよ~」


 あんなに仲良しなのに、弟は妾にしますって引き離すのは酷だろ。

 こんなオッサンに掘られるより、多少貧しくとも家族で食卓を囲む方が価値があるに決まってる。


 オーケルマンは今にも青年に声を掛けようとウズウズしている。

 オーケルマンの提案は半ば強制だ。

 あの姉弟にこのオッサンを近づけてはいけない!


 俺は舞台役者顔負けの大げさな身振りと、馬鹿でかい声で

「あーイタイイタイーー!!」

 と叫んだ。

 
 やった!

 こっちを見たぞ。

 他の関係のない人たちからも変な目で見られてるけど。


「旦那様ー。マヤは死んでしまいますー。ああー頭がー」

「何っ!? どこか悪いのか?」

 さあ、今すぐ君たちはここから逃げて!!

 って2人とも俺を心配して、その場に留まっちゃってるよ!


 仕方ない。

 ならこちらからフェードアウトだ。

「うぅ……。マヤは病気を患っております。でも馬車で休めば大丈夫です。ですから今すぐ馬車へ……」

「そうか。ワシのことはいいから、早く馬車へ帰りなさい」


 何と薄情な……。

 お前のお気に入りが死にそうだって言ってんだぞ?

 まだあの青年を諦めてないのか!!


「ダメです~。めまいがするので一人では歩けません~」

「ならばユーホルト、お前が介抱してやれ」

 お前を馬車へ連れて帰るのが任務なんだよ!!


「旦那様! マヤは旦那様の前で他の男に触れられるくらいなら、死んだ方がマシです……。うぅ、頭がぁぁぁぁ」

 オーケルマンは名残惜しそうに姉弟の方をチラチラ見て

「仕方ないのう。ほれ、ワシに寄りかかって歩け」


 かくして、俺はオーケルマンの魔の手から青年を救ったのだった。
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