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腰抜けの右手

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「お探しの物はその中か? 残念だったな」

 このイケメンは、ハンス・ユーホルト!?


 近くで見ると、色々とすげぇ。

 背が高くて、顔は小さくて、モデルじゃん。

 悪事が発覚したにも関わらず、芸能人を生で見た時のような感想しか出てこない。


「宝物庫の鍵が開いているからおかしいと思って来てくれば、……お前はオーケルマンの男娼か? ハッ、とんだ泥棒だな」

「俺は男娼じゃない!!」

 イケメンだからって、調子に乗りやがって。

 脊髄反射で言い返してしまった。


 ハンス・ユーホルトの表情はより一層侮蔑の色を濃くした。

「盗人猛々しいとは、まさにこのことだな。オーケルマンに囲われ、民の苦しみも知らず、その上国宝まで欲しがるとは……。恥知らずの男娼には、己の罪の重さすら分からないようだ」


 確かに俺はロマーリア王国にとって損失を被ることを企てた。

 だが、ここまで罵っておきながら、王の前では命を捧げるだ何だと澄まし顔で言うコイツもおかしいだろ。

「他人ののっぴきならない事情を知らないのに、恥知らずとか決め付けんな。かっこいい鎧を纏って戦うだけが仕事じゃない! 腹くくってる人間を馬鹿にして良い身分なんてないんだ!!」


 ハンス・ユーホルトは表情一つ変えずに、服を脱ぎ始めた。

 何で上半身裸になる!?


 パンプアップされた美しい肉体。

 コイツは着痩せるタイプのようだ。

 俺とは違って控えめな乳首に目が行ってしまう。

 これじゃあ、俺が変態みたいじゃないか。


 半裸のハンス・ユーホルトは、俺ににじり寄って

「俺がここの鍵を持っていると言ったらどうする?」

 コイツが最後のキーパーソン!?

 
 俺たちの距離は確実に近づいていき、ついに扉を背に追い詰められた。

 ハンス・ユーホルトの右腕が俺の頭の上あたりで、ドンッと打ち付けられた。

 俺は今、かつて全ての女子が憧れたという「壁ドン」をされている。


「どうって……」

 ああ、そういうことか。

 コイツにとって俺は男娼なんだ。

 勇猛果敢な騎士様は、きっとあっちの方もお盛んなんだろう。


 2秒、いや3秒見つめ合った。

 こんな形でコイツの目の色を把握することになろうとは。

 色素の薄いグレーの瞳は、俺を逃がしてくれない。


 俺はハンス・ユーホルトの唇を目指して、ゆっくりと背伸びをした。

 ハンス・ユーホルトは体をかがめ、俺たちを隔てる距離がどんどん短くなる。


 オーケルマンとは大違いの良い香り。

 香水とかじゃない。

 甘くクラクラするような強者にしか出せない強い男の香りだ。


 唇が触れる直前、俺の太ももにゴリっとした感触!

 俺は咄嗟に頭を後ろに逸らし、ハンス・ユーホルトを見た。

 コイツ、今わざと……!?



 ハンス・ユーホルトの男の色気に耐えられなかった。

「ハッ、何を怖気づいている? 腹をくくっていると、お前が言ったんだぞ。今日はこれで勘弁してやる。さっさとおウチへ帰れ」

 勝者が敗者に浴びせる言葉は、いつだって冷たい。

 
 視界を塞いでいた体が移動し、帰り道が示された。
 
 俺は走って逃げようと、足を前に出した。

 が、力なくその場に崩れ落ちただけだった。


 過度な緊張感のせいで、全身をガクガク震わせている。

 早く逃げたいのに!

 何やってんだよ、動けよ!!


 ハンス・ユーホルトは服を着替えながら

「ご期待に添えず申し訳ないが、俺は鍵を持ってはいない。次は俺が王宮を空けた時に狙うんだな」


 ようやく立てるようになった俺は、言い返すこともできずに敗走した。

 あれほどきれいだった宝も、今は俺を嘲笑うように下品な輝きを放つ。

 天の声、オーケルマン、宝の山、真実の愛、そしてハンス・ユーホルト。

 全てが俺を手のひらで弄んでいる――!



 自室に戻ると、服を返して欲しいジュンが待っていた。

「マヤ様! どうでしたか?」

「ごめん、ちょっと一人にして欲しいんだ。今はそういう気分じゃないから」

 ジュンの前では優しい兄ちゃんでいたいのに。


 俺は服を脱ぎ、ジュンに雑に突き返した。

「あっ、失礼しました……」

 ジュンはきっと傷ついただろう。

 まともに顔を見ることができなかった。


 子供に裸体を見せるのが悪影響だからか?

 それは半分正解。

 偽善であり、建前なんだ。


 俺はその場に座り、今にもはち切れんとするソレを力任せにしごいた。

「うっ……うぅ……っ」

 泣きながら、嗚咽と吐息を漏らしながら、治まらない熱を一人で慰めた。
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