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アツモリ、地獄の養成所へ行く

第78話 悲痛な覚悟

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 その夜、敦盛たち8人はアリアドネの酒場に行った。

 とは言っても、全員が私服に着替えてる。敦盛も満里奈も黒髪のままだけど、この国の一般市民と同じような服を着て酒場に普通に座っていれば『大陸東方系の若者』としか見られない。敦盛は2本の武器を腰に差しているから、一般の市民から見たら傭兵だ。シルフィに至ってはエミーナが『幻影イルージョン』の呪文を使って耳を人間に見せ掛けているくらいだ。

 敦盛たちは適当に料理を注文したけど、その料理を食べながらバネットが今回の依頼の背景を説明している。
「・・・今回の目的地、通称『地獄の養成所』は、正しくはレパード子爵の領地にある別荘の事で、このアリアドネからは徒歩で行くと2日くらい掛かります」
 バネットは言葉を選ぶようにして話してるけど、その話し方だけでなく食事の仕方も敦盛から言わせればウットリする位に美しく、その表情もセレナ王女に激似といってもいいから、まるでセレナ王女がお忍びで食事をしているようにも見える。でも、セレナ王女が剣を握るなどという話はエミーナが知らないのは今までの言動で確実なのだから、セレナ王女に似ている別人だろうが食べ方や姿勢を見る限り、元は相当高貴な家柄出身の令嬢か元王族だとしか思えない程だ。
「・・・歩いていく時間が勿体ないので、明日、ルキナに行く馬車に乗って途中にあるイーリスの村で降りましょう。その日はイーリスの村に宿泊して、日が昇ると共に村を出て子爵の別荘に向かいましょう」
「・・・ちょっと質問していいですか?」

 満里奈がバネットの話の腰を折るかのように手を上げたけど、そのバネットはニコッとしながら「どうぞ」と言った。
「・・・日が昇ると同時に出発する理由は、もしかして夜は不死生物アンデッドが出るから、という理由ですかあ?」
「いいえ、不死生物アンデッドは昼夜問わず出ますよ」
「「嘘でしょ!?」」
 バネットの言葉に満里奈だけでなく敦盛も思わず大声を出してしまったけど、誰もこのテーブルに注目しない。何故なら、エミーナが『立入禁止キープアウト』の呪文をテーブルの周囲にかけてあるからだ。結界を使うと逆に秘密の話をしているというのに気付かれる可能性があるけど、『立入禁止キープアウト』は相当近付かないと魔術を使っている事に気付かれないし、術をかけたエミーナ以上の魔法力を持っていなければテーブルに近付きたなくなるし、気にもかけなくなるという、非情に便利な呪文なのだ。
 そのバネットはニコッと微笑むと敦盛と満里奈に
「・・・たしかに普通の市民にも勘違いしている人は多いですが、不死生物アンデッドは負の力で動いているから、太陽の光が及ばない夜や地下、建物の中では最大級の力を発しますが、太陽の光がある場所では力が半減します」
「という事は、夜は2倍の強さになる、と解釈すればいいんですか?」
「仰る通りです。ですから、日の出と共に村を出れば仮に不死生物アンデッドと遭遇しても半分の力しか出せないので、戦闘は楽になります」
「ナルホド・・・」

 満里奈は感心したかのように『ウンウン』と首を縦に振ったし、敦盛も納得して首を縦に振った。
「・・・話を元に戻しますが、子爵は2か月ほど前から行方不明になってます」
「「「「「「 行方不明? 」」」」」」
 バネットの言葉にモコ以外の6人は思わずハモッてしまった程だけど、モコだけは事前に知らされているとみて黙って頷いただけだ。
「死亡が確認されれば爵位は息子に移りますが、生死不明だから、今でも当主はレパード子爵のままです・・・」
 バネットは淡々と言ってるが、その表情を見る限りでは感情を押さえて喋っているようにも見えないくもない。いや、敦盛はそう思いたいのだが、少々不自然さを拭いきれないのだ。
「・・・レパード子爵は、魔王軍に連合騎士団や各国の騎士団が翻弄される現実を目の当たりにして、今から1年半くらい前に、今までの騎士団の概念を覆す新たな部隊の創設を提唱しました。だけど、国王サファリ3世や貴族だけでなくティーダ宰相まで笑い飛ばしたから、グロリア大公に掛け合って、自分の領地を提供する事を条件に構想を認めさせ、グロリア大公がティーダ宰相に命じて国家予算で部隊創設費や訓練費を出させて、新たな部隊の訓練を始めました。レパード子爵が提唱した新部隊とは、グロリア大公に言わせれば『魔法騎士団まほうきしだん』です!」
「「「「「 魔法騎士団? 」」」」」
 バネットが言った『魔法騎士団』という言葉にモコとエミーナを除いた5人がハモった。という事は、エミーナは『魔法騎士団』の構想を知っていた事になる。実際、『地獄の養成所』という名前を知っていたのだから『魔法騎士団』を知っていても不思議ではない。

 バネットは相変わらず淡々と言葉を続けている。
「・・・弓兵は遠距離戦は強いが接近戦や乱戦では使い道がありません。歩兵は重武装すれば攻防に優れた兵になりますが、重い鎧のせいで機動力に劣ります。格闘家は接近戦では強さを発揮しますが弓兵とかに遠距離から狙われたらオシマイです。魔術師は火力に優れてるけど体力がないから剣は全然ダメ、神聖魔法の使い手は宗教上の理由で刃物が持てないなどと、各々、一長一短です。だから各国の騎士団は、歩兵隊、騎兵隊、弓隊、槍隊、魔術師隊、神官戦士隊などに分類され、それを小さな部隊ごとに、あるいは1か所にまとめて運用するから、結構面倒なのです。それらは機動力の無さ、小回りが利かないという事でも証明されているから、ゲリラ戦のような戦闘をする魔王軍に振り回されています。レパード子爵は『それなら、騎士が自分で魔法を使えばいい』、つまり魔法騎士を提唱し、それらを集めた魔法騎士団という新組織を作ると言い出したのです」
「ちょーと待ってくれ!」

 バネットの話の腰を折るかのように敦盛が手を上げた。敦盛的には今の説明に納得がいってないのだ。それは満里奈も同じだった。
「・・・どうしましたか?
「素朴な疑問なんだけど、どうして魔法を使える剣士や格闘家がいないんだ?例えば若い頃に魔術師になって、ある程度熟練した段階で転職すれば済む話だと思うけど・・・」
 敦盛には、ゲーム『ドナクエⅢ』の転職システムの事が頭にあるから、なぜ転職をして複数のスキルを習得しないのか疑問なのだ。満里奈も同じ感想を持ったから敦盛の言葉に『ウンウン』とばかりに首を縦に振ってるけど、その話を聞いたエミーナが憮然とした表情になった。
「・・・それを全ての人間がやれれば苦労しない!だいたい、以前にも話したと思うけど、魔法使いというのは天性の才能が必要で、それを持っている人の方が圧倒的に少ない!しかも、3つの魔法使いで必要な能力は全然違う。簡単に言えば魔術師は知力と言語理解力、神官は神への信仰心、精霊使いは精霊を感じる能力と精霊と一体化できるだけの感受性だ。でも、破壊的衝動で魔法を唱えると、その威力は自身に降りかかるんだ。つまり、騎士や剣士、格闘家のように、破壊的衝動で自分の感情を高めて相手を攻撃するのは自殺行為に等しいんだよ!」
「つまり、魔法使いはどんな時にも冷静に呪文を唱えられる精神力が必要だけど、逆に戦士系は、どんな時でも戦闘できるだけの強い精神力、破壊的衝動が必要だから、相反する事は出来ないのか・・・」
「そういう事だ」
「でも、戦う聖職者『僧兵モンク』はいるんだろ?」
「あのさあ、『僧兵モンク』は、簡単に言えば格闘家がどこかの宗教の専属の傭兵をやってるのと同じなんだぞ」
「「マジ!?」」
「本当だ。聖職者は刃物を持つ事が禁止されているから、素手もしくは棒術になるけど、『僧兵モンク』で神聖魔法が使える人は誰もいない。これは歴史が証明している」
「「へえー」」
「話を元に戻すけど、魔法が使えて同時に戦士系と同じ事が出来る人を専門用語で『多重マルチ能力者アビリティ』と呼ぶけど、人間には殆どいない。とある推計値から計算すると、たしかに人間でも存在するけど1万人に1人、いや、10万人に1人いればいい方だ」
「「うっそー!?」」

 敦盛と満里奈はエミーナの言葉に思わず互いの顔を見合わせてしまったほどだ。ゲーム『ドナクエⅢ』の転職システムがこの世界には存在しない、というのを知らされた格好なのだから。
「・・・歴史を遡れば、魔法王国を滅ぼした『十字軍クルセイダー』のリーダーだったプリウス団長や、神聖エルメス帝国の初代皇帝パルサーは、無類の強さを誇る剣士であり、同時に統治能力に優れた人物だったから多重マルチ能力者アイリティだったと言われている。他にも、伝説の大魔導士センチュリーは数々の魔法道具マジックアイテムを発明した魔術師でありながら、精霊とも会話して精霊魔法も使いこなした多重マルチ能力者アビリティだから大魔導士という尊称を与えられた」
「「へえー」」
「でも、ここで落ち着いて考えて欲しい。10万人に1人の多重マルチ能力者アビリティが戦争とは無縁の分野、例えばパン屋の主人だったとすれば、魔法を使える剣士は現れない事になるだろ?」
「「た、たしかに・・・」」
「まあ、『テンペスト』のリーダーのカルタスさんは、剣の腕は白金プラチナで格闘はゴールドという凄腕だし、連合騎士団の団長のギャラン卿は元は拳闘士だ。でも、それはただ単に「器用な人」の部類だから多重マルチ能力者アビリティと言わない。ドワーフは全体の2割ほどが多重マルチ能力者アビリティ、つまり戦士でありながら神聖魔法を使えると言われているし、エルフは全員が生まれつきの白金プラチナ弓兵アーチャーかつ精霊使いだ。でも、人間の多重マルチ能力者アビリティはドワーフよりも少ないんだよ」
「「ナルホド・・・」」
 エミーナは最後まで憮然とした表情で話したけど、今の話を初めて聞いたのはシルフィと敦盛、満里奈だけなのだ。つまり、これらは半ば常識として知っている話であり、人間の常識を殆ど知らないシルフィ、この世界の生まれではない敦盛と満里奈以外にとっては極々当たり前の話をしていたに過ぎない・・・

 エミーナが憮然としたまま沈黙したから、再びバネットが口を開いた。
「・・・レパード子爵は、騎士を魔法使いにするのは理論上、難しいというのが分かっていましたから魔法使いを集めて騎士を養成する事で魔法騎士をつくろうとしたのです。自身の私兵という形で各国の傭兵団に所属していた魔法使いやフリーの魔術師、神官、精霊使いを相場の2倍以上の報酬金で集めて、それを自分の別荘とその周辺の敷地を使って訓練を始めました。でも、予想通りと言っては失礼ですが、やはり魔法の暴走が後を絶たず、噂では怪我をしなかった人は誰もいなくて半分以上は魔法の暴走が原因で死んだと言われています・・・」
「だから『地獄の養成所』と呼ばれたのか・・・」
「そういう事です」
 ここまで言うとバネットは「はーー」とため息をついたが、敦盛にもバネットがため息をつきたくなる理由が何となくだが分かる。敦盛でさえ「何というアホな事をしてくれたんだ、馬鹿野郎!」と怒鳴りたいくらいなのだから、バネットがため息をついたり、エミーナが憮然とした表情をしている気持ちが分からない事もない。
「・・・挙句の果てにレパード子爵が行方不明になってしまいました。結局、100人以上いた魔法騎士団候補生のうち、生存が確認されたのは、たった3人、それも全員が『戦の守護者アルマーニ』の神官でした。まあ、アルマーニ教徒は喜びの野に行く事を恐れてなかったから生き残ったのかもしれませんが、アルマーニの神官でも生き残ったのは半数以下でしたし、3人ともアルマーニ教団の大神殿で最高司祭直属の神官という形で保護してますが、口を揃えて『二度とドルチェガッバーナ王国に行きたくない』と言ってるくらいですから、まさに地獄だったのでしょうね」

 バネットはここで再び「はーー」とため息をついたのだが、急に真面目な顔になった。いや、何か急に使命感にかられたかのように顔に血の気が戻ったというか、言わなければならない事を言う気になったような表情になった。

「・・・結果的に魔法騎士団構想は崩壊したのですが、問題はここからなのです」

 バネットが急に真剣な表情で話し始めたから、エミーナも思わず「あれっ?」と思って身を乗りだした程だし、モコを含めて全員がバネットに注目しているほどだ。
「・・・3人からレパード子爵が行方不明という話を聞いた子爵夫人が、心配になって使いの者を別荘に向かわせたのですが、戻って来ませんでした。夫人は盗賊団か魔物モンスターに襲われた可能性を考慮して騎士団を派遣したのですが、わずか5人を残して全員が戦死しました。生き残った者たちは夫人に『不死生物アンデッドに行く手を阻まれて別荘に入る事が出来なかった』と恐る恐る報告したのです」
「「「「「「「 ・・・・・ 」」」」」」」
「事態を重く見た夫人は周辺の土地を封鎖すると共にグロリア大公に内密に接触して事態を報告しました。グロリア大公も自分が許可を出した構想が失敗しただけでなく、国内に魔王軍の拠点が出来てしまった可能性を考慮し、自身の騎士団の半数と全ての私兵、数にしたら子爵の騎士団の20倍もの兵力を投入して子爵の別荘に向かわせたのですが、結局、誰一人として帰って来ませんでした・・・」
「「「「「「「 ・・・・・ 」」」」」」」
「これはあくまで想像でしかありませんが、元々、魔法騎士団構想で集められた魔法使いというのは、冒険者ギルドのランクで言えば青銅ブロンズ程度なのですが、彼らが不死生物アンデデッド化して闇の力を得ているなら、昼間ならともかく夜や建物の中では確実に1ランク上がります。ただ、ここで問題になるのが、レパード子爵が提唱した『魔法騎士』は、青銅ブロンズでもシルバー級の実力者になれると言われてましたから、魔法騎士として不死生物アンデデッド化したら、2ランクアップ、つまりゴールドに匹敵する事になります」
「「「「「「「 ・・・・・ 」」」」」」」
「あくまで魔法使いが魔法騎士に覚醒していたら、という仮定での話です。まあ、普通に考えれば魔法の暴走による事故死だから覚醒していたとは思えませんが、可能性はゼロだとは言い切れません。それに、亡くなった魔法使いの数は100人を軽く超えてますし、夫人の話によると、生き残った騎士たちが別荘周辺で『見た事がない魔物モンスターを見た』と話していたとの事ですから、ある意味、魔王軍の砦がアリアドネ周辺に出現したのと同じなのです。昼間でも魔法使いだけで100人以上もいる砦ですから、騎士団が全滅しても不思議ではないのです。レパード子爵やグロリア大公の騎士団が全て不死生物アンデッドとなってしまったら、本当の意味で手遅れになります」
「ちょっと待ってくれ!となると支部長もセレナ王女も、俺たちに『死ね!』と命じたのと一緒だぞ!」
 敦盛は思わず大声を出してしまったが、その点はエミーナも分かっていた。だから余計に依頼を受けたくなかったのだ。

 バネットは敦盛の方を向いたけど、そのまま首を横に振った。
「・・・グロリア大公自身は持っている全ての情報を公開してます。これは魔術師協会の幹部が会談に同席して宣誓してますから間違いありません。その時にグロリア大公は『夫人が何かを隠している可能性が高い』と言ってます。グロリア大公もティーダ宰相も、最終手段として国内にいる全軍を派遣してでも子爵の別荘を落とすつもりでいますが、情報が何もないと被害を大きくするだけです。最後の最後にレクサス支部長がこう仰ってましたよね、『命を大事にしろ。最悪、目的を達成できなかったとしても、内容次第では依頼料を満額支払うのを約束する』と。これは『情報を持ち帰れ』というのをさり気なく言ったに過ぎないのです。もちろん、我々が全て解決すれば国内の全軍を派遣するなどというアホな事をしなくても済みますが、少なくとも子爵が行方不明になった理由と、別荘の現在の状況を持ち帰る必要があります」
 バネットはそう言って7人を見渡したが、その表情からは悲痛なまでの覚悟が感じられた。たった8人で、100人以上もの不死生物アンデッドがいる砦に辿り着いて、しかも戻って来いなどという、殆ど無謀にも近い作戦を決行しようとしているのだ。バネットでなくても悲痛の表情をしたくなるのは敦盛にも分かる。
 
 でも、やるしかないのだ。
 敦盛は『ウン』と力強く頷いたし、満里奈やエミーナ、ルシーダもココアもシルフィもモコも、敦盛に続いて首を縦に振った。バネットはそれを見て「ありがとうございます」と言って深々と頭を下げた。敦盛はその様子を見て、セレナ王女が深々と頭をさげたようにも感じたが、今はそんな事を気にしてる場合ではないと思い出し、決意を新たに任務に取り組む事を誓った!
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