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アツモリ、地上の女神に出会う

第44話 本当にそうだとは思ってませんでした

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 エミーナのたった一言でセレナ王女の態度が激変した!

 さっきまで紅茶を片手に優雅に振舞っていたのに、急に落ち着きがなくなってソワソワしているし、肩が小刻みに揺れている。心なしか額から汗が滲み出ているようにも思えるし、何よりも瞬きの回数が急に多くなった。

「・・・そ、そのような事を考えたことなど、い、一度もご、ございません」
「セレナ様、明らかに挙動不審ですよ」
「そ、それは・・・」
 セレナ王女は無理して振舞っているのが敦盛の目にも分かるから、思わず苦笑してしまったけど、エミーナに対しても「おいおい、いきなり本題に入るなよ」と言いたいほどだったが、この短時間で、しかもセレナ王女の僅かな言葉のミスで本心を見抜いたエミーナの知識には感心していた。
「・・・セレナ様、恐らくセレナ様はアツモリの事をイズモの国の密偵だと思ってますね。それも、イズモの国の女王から直接命令を受けて、大陸西方の事情を探るよう命じられて、ファウナの冒険者ギルドに所属しながら情報を集めていると思ってませんか?」
「そ、それは・・・」
「・・・セレナ様がそう思うのも無理ありませんね。魔界と地上界を結ぶゲートが現れたのは、大陸のほぼ中央、魔法王国の王都だった帝国領の廃墟アストレア。冒険者でも滅多に近付かない『地上に残された迷宮ラビリンス』が魔王軍の拠点に変わったせいで、大陸の東西を結ぶ主要ルートだった通称『天空の道』と『砂漠の道』は通行不能になったし、通称『氷の道』と『海の道』は危険度が以前より増して、大陸の東西の交易は殆ど途絶えているに等しい状態だ。そんな中、伝説の英雄ローレルにも匹敵するような凄腕の男は大陸東方系の漆黒の髪の持ち主で、しかもイズモの国の服を着てイズモの国の武人しか使わない武器『カタナ』を持っている。そんな人物が目的もなく大陸の西の果ての国をフラッと尋ねるのは不自然極まりないから、何らかの意図があって大陸の西方に来ていると考えるのが自然ですよね、違いますか?」
「・・・・・」
 セレナは王女は沈黙したまま完全に俯いてしまった。いや、その態度を見る限りでは、敦盛でもセレナが俯いてしまった理由はエミーナの指摘が正しいと認めているに等しいと気付いたほどだ。
「・・・セレナ様、あなたは自分の事がモンゴリア帝国やイズモの国でどう言われているか、それを知りたがっている。たしかにデルヴォー王国ではアプリオ元皇帝の事を悪魔呼ばわりする人で溢れかえっているし、そのアプリオ元皇帝は今でも存命だ。コスタノバ王国のディアマンテ王から見たら、伯父にあたるアプリオ元皇帝の身元引受人になった事で他国からは恨まれるし、国民からはアプリオ元皇帝の首か国王の首のどちらかを差し出せと暴動が起きている始末だから、今となっては『悪魔の手先』と世界中で恨まれる存在だ。その孫娘であるセレナ様ご自身は、この国の国民や難民たちからは『聖女様』と呼ばれているけど、デルヴォー王国やコスタノバ王国を始めとした他の国の国民からは『悪魔が仮面を被っている』とまで言われているのはセレナ様自身も知っているはずだ。そんなセレナ様の事を大陸東方ではどのように呼ばれているかを知るチャンスは滅多にないから、公務がキャンセルになったという理由でアツモリを招待した、違いますか?」

 エミーナはセレナ王女を相手にして言葉を選ばず迫ったが、セレナ王女は俯いたまま沈黙している。
 やがて「はーー」とため息をついたかと思ったら顔を上げたけど、その顔は何かの決意を秘めていると敦盛は感じた。
「・・・魔術師というのは歯に衣着せぬ物言いをすると聞いてましたけど、本当にそうだとは思ってませんでした」
 そう言うとセレナ王女は「はーー」と再びため息をついたけど、先ほどまでのような落ち着きのない仕草はしておらず、むしろサバサバした表情でエミーナを見ている。
 そのエミーナも顔色一つ変える事なくセレナ王女を真っ直ぐに見ているが、逆に冷静すぎて怖いくらいだ。
「・・・誉め言葉としてとらえておきますよ。魔術師というのは事実を冷静に判断し、時として冷酷とも言える進言をします。『物事を正しく伝えない魔術師は単なるペテン師だ』、その言葉を最初に言ったのはセレナ王女殿下の御先祖様、具体的に言えばこの国の初代の王ダットサン1世です」
「それを言われたらこっちの負けです、やはり魔術師相手に隠し事は出来ませんね。エミーナ様の仰る通り、大陸東方でわたくし自身がどう見られているのか、それを聞ける絶好かつ唯一の機会だと思ってアツモリ様を招待したのは認めます」
「では、ボクがアツモリに代わってセレナ王女殿下の疑問に答えます」
「お願いします」

 セレナ王女は立ち上がってエミーナに深々と頭を下げたが、そのまま座る事なくエミーナを見続けている。いや、むしろ不安そうな表情でエミーナを見ている。
 そのエミーナは一度「エヘン」と空咳をしたかと思ったら、右手で魔法の杖を持ちながらゆっくりと立ち上がった。
「・・・まず最初に言っておきます。アツモリの存在は、バレンティノ神が遣わした勇者であり、この世界の救世主です。アツモリがどの国の誰かなどという事を探るというのは、バレンティノ神の意思に背く事になります。アツモリはバレンティノ神が地上に派遣した勇者!それ以上でもそれ以下でもありません。もしこれ以上アツモリの素性を探るような事をしたら、逆にバレンティノ神が怒りの鉄槌を下す事になります。そうなったら王女殿下、あなたは耐えられますか?」
「たしかにエミーナ様の仰る通りです。バレンティノ神の意思に背いてもまでアツモリ様の素性を知りたがった、わたくしが愚かでした。バレンティノ神に深くお詫びしなければなりません」
「よろしい。では、本題に入りますが、時間という物は前に進む事は出来ても後ろに戻る事はありません。これは古代魔法王国の魔術師どころか神でも出来なかった事です。過去に囚われていては駄目です。今、人間がやる事は力を合わせて魔王を倒す事です。その為には、自分たちが出来る範囲で、最善の事をすればいいのです。過去の罪を消せとは言いません。むしろ、その罪を自覚した上で前へ進めばいいのです。罪を償うのは全てが終わってからでも出来ます。ですが、今はその事で後ろを向いている場合ではないのです。事実に目を背けている者たちには、いずれ神が怒りの鉄槌を下すでしょう。セレナ王女殿下、今は前を向くべきです。あなたなら出来る筈です」
「言われてみれば単純な事ですけど、改めて言われるとグサッと来ますね。バレンティノ神に仕えるルシーダ様がエミーナ様の発言を止めないのは、エミーナ様の発言が『バレンティノ神を名を騙る不届きな発言ではない』と宣言していると理解しておりますから、バレンティノ神の意向、わたくしも深く受け止めました」
「王女殿下、魔王を倒すというより、地上界を人間の手に取り戻すために人間は力を合わせるべきです。魔王を倒すのは魔王を倒せるだけの力を持った者の役割であり、周りの人間は何をやれば良いのか、何をするのが自分の、ひいては周りの為になるのかを考えればいいのです」
 その言葉を言ったエミーナは初めてニコッと微笑んだけど、それを見たセレナ王女もニコッと微笑んだ。そのままセレナ王女は右手をサッと差し出したから、エミーナも杖を左手に持ち替えてから右手を差し出し、二人はガッシリと握手をした。
 
 結局、これを最後にトゲトゲした雰囲気は無くなった。再び和やかなムードとなって、今は完全なお茶会と化している。

 相変わらずではあるがエミーナの口が止まる事はなく、セレナ王女とエミーナの二人で喋っていて他の2人は時々相槌を打つ程度だ。
「・・・という事は、アツモリ様はコペン様の薦めでギルドの入会試験を受けたのですか?」
「そうです。アツモリも個の力だけで魔王を倒せるとは思っていません。それに、人間には手に余る魔物モンスター魔人デーモンなど魔王以外にも強敵はいます。騎士団の力を無視しているのではありませんが、アツモリのような一騎当千の強者に加え、特殊な技能を持った者たちと連携して魔王軍に当たるべきです。世界中の冒険者ギルドにはアツモリが望むべき人材が揃っていますが、残念な事に今のアツモリにはギルドの者を動かすだけのカリスマ性がありませんから、アツモリが声高々に『魔王を倒そう』『地上界を人間の手に取り戻そう』と言っても誰も協力してくれません。アツモリは竜殺しドラゴンスレイヤーの称号を持っている訳でもなく、魔人将アークデーモンを倒した訳でもないので、それではアツモリを中心とした勢力を作り上げるという目的を果たせなくなります。あくまで対等の立場で結束する事が重要なのです。アツモリが名声を得れば、後は周りが勝手にアツモリについてきます。アツモリはあくまで周りを動かすためのコアで、勇者の名声は周りが勝手に作り上げてくれますよ」
「仰りたい事は分かりました。この国には騎士団か近衛騎士団の隊長クラス以上の推薦があれば騎士叙勲できる制度があるのとは全然違うのですね」
「そういう事です。ただ、騎士団を悪く言う訳ではありませんが、あのセドリック王太子殿下も推薦の形で騎士叙勲されている筈ですけど・・・」
「はーー・・・ホントに魔術師というのは地獄耳ですね。あのセドリックが剣を握った所どころか馬に乗っている所を見たという者はハッキリ言いますが皆無です。騎士でないと王太子として示しがつかないから騎士にしただけで、下手をしたら、いや、下手をしなくても見習い騎士どころか、王宮の侍女メイドや調理人にも勝てないでしょうね」
「セレナ王女殿下は厳しい事を仰りますねえ」
「先ほどのエミーナ様には敵いません」
「いえいえ」
「はーー、本音を言えばアツモリ様をわたくし直属の騎士として採用したいくらいですよ。アツモリ様ほどの腕を持つ武人を今の時代に手に入れるのは至難の技ですからね」
「あー、それはダメ。アツモリはボクが呼び寄せた聖騎士パラディンだから、言い換えればボクはアツモリの主人でアツモリはボクの騎士だ。いくら第1王女といえども、直属の騎士を勝手に引き抜くのはバレンティノ神が許しませんよ」
「それなら、エミーナ様も一緒にわたくしが直属の魔術師として採用します。わたくしが女王として即位したら宮廷魔術師になる事も出来ますし、今のままでも第1王女専属の魔術師としての称号と栄誉、それと王国内における王族と同等の待遇を保証しますよ」
「有難うございます、と言いたいのですが、王宮というのは息苦しい場所ですから、ボクにとって荷が重いですから遠慮させて下さい。ただ、セレナ王女が女王として即位した暁には、三食昼寝付きという条件でなら専属魔術師になってもいいですよ」
「ホント、魔術師というのはズケズケ言いますねえ」
「本音と建て前を使い分けるのが職業柄、下手なだけですよ」

 セレナ王女とエミーナの話は延々に続くかと思われたけど、マーチ侍女メイド長がセレナ王女の右側に歩み寄って「王女殿下、そろそろお仕度をしないと間に合わなくなります」と小声で言った事で終わりを迎える事になった。
 セレナ王女はウンと軽く頷くと敦盛たちを見渡しながら
「・・・わたくしも本音では今日は1日中、アツモリ様たちとお話をしたかったのですが、わたくしも王女殿下としての公務があります。7つの教団には魔王軍に住み慣れた土地を追われた人、肉親を魔王軍によって奪われた人たちの保護をお願いしているので、王国を代表して感謝の意を伝えると同時に情報交換をしなければなりません。何卒ご理解願います」
 セレナ王女は立ち上がると深々と頭を下げて敦盛たちに詫びたけど、敦盛たちも立ち上がってセレナ王女に感謝の意を伝えた。
「・・・わたくしもアツモリ様たちを出来る限り支援していく事をお約束いたします」
 そう言うとセレナ王女はニコッと微笑んで、後ろに控えていた赤い髪の侍女メイドに向かって
「・・・ピノ、あれを」
「はい、セレナ様」
 赤い髪の侍女メイドピノはそう言うと後ろのテーブルの上に置いてあった小さな箱を両手に持って、それを恭しくセレナ王女に手渡した。その箱は宝石箱のようにも見える・・・
 セレナ王女は自らその小さな箱のフタを自ら開けたが、そこに入っていたのは指輪だった。

「・・・アツモリ様、時として王権を振りかざした方が物事を進めるにあたって早い場合があります。その指輪には第1王女の紋章が描かれていますから、それを使えば第1王女の代理者として振舞う事が出来ます」
「そ、そんな事をしたら王女殿下の迷惑になりますよ」
「アツモリ様なら大丈夫かと思います。というより、ルシーダ様がいれば、この指輪の使いどころを間違えるとは思いません。それに、その指輪を持っていれば、わたくし本人と直接会いたいと思った時でもスンナリ話が通ります。仮にわたくしが不在であっても、王宮にはマーチ侍女メイド長かセフィーロのどちらかが残っている筈なので、そちらに伝言すれば、わたくしに話が伝わります。いずれにせよ、持っていて損はない筈です」
 セレナ王女はそう言ってフタを再び閉じると敦盛に差し出した。敦盛は正直、これを受け取るかどうか迷ったからエミーナとルシーダをチラッと見たら、二人とも首を縦に振ったから受けとる事にした。でもそれは同時にセレナ王女からの期待に表れだと気付いた。セレナ王女が自分に求めている期待の大きさを考えると、こんな事で舞い上がっていては申し訳ないと思うと同時に、この指輪に見合うだけの活躍をしなければならないと強く心に誓った。

 指輪はエミーナが代理で受け取り、それを『魔法の巾着袋マジックポーチ』に入れ、セレナ王女は自ら直属の侍女3人とセフィーロ執事の4人を引き連れる形で王宮の門まで見送りに出た。

「・・・アツモリ様、これからも頑張ってください」

 セレナ王女は敦盛にニコッと微笑みながら激励の言葉をかけ、敦盛も力強く頷いた。セレナ王女はエミーナとルシーダにも「アツモリ様の事をお願い致します」と言葉をかけ、エミーナとルシーダも力強く頷き、そのまま3人は馬車に乗り込んだ。

 こうして敦盛たちは、ドルチェガッバーナ王国の第1王女、セレナ王女との朝食会を無事に終え、同時にセレナ王女の信用を得た。勿論、これはエミーナの手柄ではあるが、エミーナはその事を鼻にかける事はなかった。
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