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第59話 街道整備

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トロールの再度の襲撃が有るといけないので、ハジメ達はこの町で一泊する事にした。町の名前はルギーという田舎町で有名な特産品も無いらしく住人達は細々と暮らしていた。周辺で現れるモンスターも普段はゴブリンやコボルト程度だった事もあり気の緩みから周囲の警戒を怠ってしまい今回の襲撃で多くの若者が命を落とす結果を招いてしまった。

「もっと早く見つけていれば、あいつらを死なせずに済んだのに・・・」

残された者はその後悔の念で押し潰されそうになるが、そこから先へ進まない限り町を守る為に死んだ者達の魂が安らぐ事も無いだろう。

「なあアグナード、何か良い方法はないか?」

「そうですね、街道でも整備しますか」

「街道?」

「ええ、ダイナスとルピナスを結ぶ街道です。幸いにも先日魔王夫婦が直線上の邪魔な木々の除去を無償で行ってくれたお陰でここルギーは街道を整備すれば宿場町として良い立地条件が揃っております。街道整備する人員の宿を借り受け更に人員の警護としてルピナスから冒険者を派遣すれば王国に対しても筋は通せると思います」

つまり街道を整備する作業員の宿としてルギーの宿を使う事で町にお金を落とし、その警護として冒険者を派遣する事で町の治安維持も引き受けるのか。でも、それだとこちらが全部負担する事にならないか?

「王国にも当然支援を求めるのだろ?でないと自治領の財政を圧迫させないか?」

「いいえ、この事業は我々だけで行います。その見返りとしてルギーを自治領の一部として吸収合併します」

「交通網の強化は王国にとってもメリットは高いですが、現状そこまでお金や人員を回す余裕は有りません。その結果、町1つで済むならその方が安上がりだと判断される可能性が高いです」

「自治領側がルギーを手に入れるメリットは何だ?」

顎に手を当てながらアグナードは適切な言葉を選び答えを返してきた。

「王国に一定以上の魔界の技術の流入を防ぐ事が出来ます」

「技術の流入を防ぐ?」

「はい、今後【大型転移陣(ビッグゲート)】の運用が始まりますと魔界から様々な物が入る様になります。それは物資だけでなく技術や人材も含めてですが・・・」

ここでアグナードは一旦間を置いて重要な事を語り始める。

「優れた技術や人材を王国が手に入れてしまいますと要らぬ野心を抱く者がきっと現れます、今の王がそれを抑えられる内は良いのですが抑えられなくなった時1番近い公国が標的となり攻め入られる事となるでしょう」

「それは困る」

「ですのでルピナスとルギーで魔族の優れた技術と人材を積極的に採用し取り入れます、現時点の協和自治領の国力は連合王国の中でも最低ですから冒険者や技術者として加える事で国力の強化を図るつもりです」

更にアグナードは王国に技術を流さない為のもう1つの方策まで考えていた。

「それともう1つ行おうと考えているのはルギーの先に分岐路を作りやはりコルティナ公国とルピナスを結ぶ直線の街道を整備する事です。どうしても余剰してしまう人材を王国ではなく公国側に流す事で王国内での力を均等にして戦闘を回避する目的も有ります。その為、ルギーを交通の要所・物流の拠点に変えて最終的には城砦都市まで発展させようと思います」

どうすれば、ここまでの計画をすぐに立案出来るのか不思議でならない。するとアグナードはすぐに種明かしをしてくれた。

「実は元々自治領主を引き受けた時点でルピナスだけでは魔族の方々を受け入れきれないので、街道を整備して新しい町を築く計画を考えていたのです。しかし、魔王夫婦のお陰で新しい町を築く必要が無くなりそうなので修正を加えただけです」

アグナードはルギーの町長を呼び出すと今後の計画について相談を始めた、王国から協和自治領に所属を変える事に難色を示す住人も居たが

「このルギーは今後半世紀の間で最も繁栄する地となります、その地を守り抜いた死者の方々に胸を張って誇れる都を共に作りましょう」

このアグナードの言葉に心を打たれて反対意見は無くなり街道整備計画はスタートする事となった。



急ぎルピナスに戻るとお騒がせ魔王夫婦カルーラ&アーシュラはミシェルの実家の宿で彼らのパーティーと一緒に食事をしていた・・・。

「お~ハジメ、久しぶりだな。支部は今ミリンダさんの辞任や本部壊滅からの独立で大騒ぎになっているぞ、後任が決まらずに押し付け合っている感じだな」

「ではその騒ぎ、私が静めてきます」

ミリンダがゆっくりと立ち上がるとミシェルは思わず後退りしてしまう。

「いえ、ミリンダさんのお手を借りなくてもいずれ解決しますので・・・」

「これから、忙しくなりますからね。そんな小事に時間を割く余裕など有りません、私の采配に口出ししてくる奴が居たら首を落としてさしあげますわ」

ヒィッ! ミシェルの両脇に居たソニアとキャシーが怖がっているのでハジメはミリンダの頭を叩く。

「こら、ソニアとキャシーを怖がらせるな。彼女達にも今後協力を頼めなくなってしまうだろうが」

「すいません、ハジメ様」

頭を撫でながらも嬉しそうな顔で喜んでいるミリンダを見て、ソニアとキャシーはどうすればこの元ギルド長がここまで従順になるのか不思議に思えてしまうのだった。ミリンダが支部の方に向かう為に宿を出ると、それまで黙っていたアーシュラさんが急に笑い出した。

「ふふふ、あなた達は何時でもあんな感じなのかしら?こちらのミシェルさんから婿殿と初めて出会った際の出来事とか聞いていたのだけれど凄く楽しませてもらったわ」

「ミシェル、お前アーシュラさんに話したのかよ」

「お~悪い悪い、ところでこのアーシュラさんのご夫婦は一体何者だ?立ち居振る舞いは勿論だが食事をしている時も一切隙を見せない、並みの冒険者のレベルじゃないぞ」

「正直に答えて婿殿達に迷惑を掛けてしまってはいけないから、今まで話さずにいたのよ」

舌を出しておどけるアーシュラさん、絶対に確信犯だ。

「はぁ・・・逃げなくても平気だから絶対に驚かないでくれよ。こちらに居る男性が今代の魔王のカルーラさんでそちらが奥さんで前代の勇者でもあるアーシュラさんだ」

ハジメ達が戻るまでの間、宿で普通に会話して一緒に食事をしていた相手が魔王夫婦だと全く知らなかった者達はミシェルの親父さんも含めて全員気を失う事となった。



「っという訳で、ダイナスとコルティナ公国までの2つの街道を作るのに人手が足りません。魔族の方の協力を頂きたいのですが?」

アグナードの提案を聞いてカルーラとアーシュラは暫し思案する。そして先に口を開いたのは夫であり魔王のカルーラだった。

「アグナード殿、これはルピナスとルギーで人族と魔族が共存していく為の下地作りも含まれておりますね?」

「はい、その通りです」

カルーラの問い掛けにアグナードはあっさりと白状した。しかし、カルーラからの返事は芳しくない。

「その提案にすぐにでも協力したいところではあるが、魔界でも早急に片付けねばならぬ事案が発生しているのだ」

「その事案とは?」

今度はアグナードが問い掛ける番だった。

「【大型転移陣(ビッグゲート)】の魔界側出口付近でキングブラウンスライムが繁殖し、個体数を増やしているのだ。これを片付けないと最悪ゲートを破壊されてしまう恐れが有る、アーシュラにこちら側に連れて来られたので部下に任せたままの状態となっているから急いで戻ってやらないと部下に要らぬ犠牲を出してしまう」

「ハジメ様、前に話したキングブラウンスライムの試食会をついでにやってしまわぬか?」

ここで会話に割って入ったのはランだった。

「サリーネ、マリアは内臓が酸に耐えられるか難しいかもしれないがミリンダやセシリアであれば平気であろう?サリーネとマリアには別のモンスターを食べてもらって、我らはキングブラウンスライムを食べるというのはどうだろう?」

(そういえば以前、ランと2人で狩りに出かけた時にそんな話をしたな?)

ハジメは先にこちらの問題から片付ける事を選んだ。

「ラン、その試食会とやらをついでにやってしまおう。上手くすれば魔族の方と交友を深められるかもしれない」

先にキングブラウンスライムの問題から片付ける事が決まり、それぞれ準備に取り掛かる為に解散しようとした時ハジメは大事な事を思い出してアーシュラに話しかけた。

「アーシュラさん、大事な話が有る」

「あら、婿殿。私にはカルーラという大切な夫が居るのよ、それを承知の上で口説こうとしているの?」

「そんな冗談を言っている場合じゃない、実はルギーの町を襲ったトロールの群れを率いていたのがフュージョンエティンというシスティナが使命を終えた勇者を抹殺する為に作り出されたモンスターだった。俺はもちろんランもそうだったが勇者と勇者の血を継ぐ者の攻撃を全て反射する加護を与えられていた」

「・・・」

「更に問題なのが、俺の【鑑定眼】によるとアーシュラさんが魔界に居る間に繁殖してもう2体がこの世界のどこかで生きているという事だ」

アーシュラさんが目を瞑ると強烈な殺気が身体を覆い始めた、続いて宿の窓の数枚にもヒビが入る。

「あの女、やっぱり私を殺すつもりだったのね。魔界へ逃げてやはり正解だったわね、きくの恨みを晴らす前に死ぬ訳にいかないもの」

きく?初めて聞く名前だった。

「アーシュラさん、きくって一体誰なんだ?」

うっかり自分の口から漏れていた事に気付きアーシュラは口を押さえた、だが聞かれてしまった以上正直に答えるしかない。アーシュラは夫のカルーラしか伝えていない秘密を娘のランやハジメ達の前で明かす事を決意した。

「きく というのは菊江という妹の事で、私が短くそう呼んでいたの。でもあの日、私がシスティナに召喚される際に一緒に巻き込まれてしまった。そして・・・」

「そして?」

「あの女・・・システィナは大切な妹を汚物でも見るような目で見ながら私の目の前で殺した上で灰になるまで燃やしてしまった。システィナは殺しても殺し足りない妹の仇よ」

アーシュラさんはその時に起きた出来事を静かに語り始めた・・・。
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